第二十五話 ART

2.粘土



 車の後ろに回ったタカシは、来た道を少し戻ってみた。 そこには曲がったガードレールとコンクリートブロックの土台が転がっていた、その先に道路の

縁石が見えた。

 「ここは林道の入り口だな。 みろよ、あのガードレールが林道を遮ってたんだぜ」

 ヒロシがタカシの所に来て、いまいましそうに転がったガードレールを足先でけった。

 「林道に入るときは、このガードレールを脇に移動させるのか」

 「霧で見えなかったんだな」

 ぶつぶついいながらタカシとヒロシはガードレールを立て、林道の端に移動させる。

 「これでいいだろう。 サトル、車をバックさせて道に戻してくれ」

 タカシが車のところいたサトルに声をかけた。 サトルが運転席に座ろうとしたとき、女の子の1人が声を上げた。

 「この先に何かあるみたいよ」

 「何かって何?」

 女の子たちは、林道の奥の方に少し進んだ。 女の子たちの背中が、霧に溶けるように見えなくなる。

 「おい、どこに行くんだよ」 サトルが声をかけると、霧の向こうから声が返ってきた。

 「うわー……つぶれたラブホテルみたい。 さっきの彼の言っていたホテルってこれじゃない?」

 「え?」

 サトルが霧の先に消え、肩をすくめたタカシとヒロシがそれに続いた。

 
 「へぇ」

 霧の中にあったのは、4階建てのラブホテルだった。 窓には原色の目隠しフィルムが張られ、建物の前は駐車スペースらしい空き地になっていて、車が

1台おかれている。 他にも2台の車が置いてあるが、こちらはサビが浮きナンバ・プレートもない。

 「霧の中の廃墟か? ホラー映画だと、殺人鬼かエイリアンの巣窟だな」

 「最近だとサメが出てくるパターンじゃないか?」

 「山奥の廃墟にサメが出るかよ!」

 「最近のサメ映画は節操ないから。 雪山、砂の中、宙を飛んでくる奴もあったぞ」

 わいわい騒ぎながら、ホテルの中に入ってみた。 ロビーと言うには狭苦しいスペースの奥に埃まみれの受付があり、その脇を抜けて廊下が奥に続い

ている。

 「すみませーん、誰かいますか?」

 ヒロシが声をかけると、奥から30過ぎくらいの女性が現れた。 手にはカンテラ型の電灯を持っている。

 「はーい、どちら様です?」

 「あ、すみません。 さっき、沢の処で石を集めている男の人に会って、近くの元ホテル創作活動をしていると聞いて」

 「ああ、彼に会ったんですか。 素材集めに出かけていたんですけど」

 「石から絵具を作るとか言ってましたけど、ここが『アトリエ』なんですか?」

 「ええそうよ」

 女性はにっこり笑った。

 「ちょうど話し相手が欲しかったの。 よかったらお茶でも飲んでいきませんか?」

 6人は顔を見合わせ、小声で相談した。

 「霧がひどいから、先に行っても景色は楽しめないかも」

 「そうよね。 それなら、暇つぶしにここを見学してみてもいいんじゃない? 絵具を作る所なんて見たことないもの」

 相談はまとまり、6人は女の人の後をついて奥に入った。 そこは小さな食堂になっていて、食器や食料の入った段ボールが置いてあった。

 6人がテーブルの周りに座ると、女の人が紅茶を入れてくれた。 一同は自己紹介をしながら、紅茶を口にする。

 「こんなところで創作活動をするのは何故です? 景色がいいからですか?」

 ヒロシの質問に、女の人が微笑んだ。

 「沢に行っていた彼には会ったのね? 実はあの沢でとれる石と水から、良い画材が作れるの。 それで沢から近いここに居を構えて、いろいろ試して

いるのよ」

 「確か、石を砕いて絵具にするんとか」

 「絵具もそうだけど、近くに面白い土が取れる場所もあるの。 それから粘土を作れるかを試しているの」

 「ここにいるのは絵描きさん達かと思ったんですけど、もしかして画材メーカの研究者の方ですか?」

 タカシの問に女性は笑顔で応えた。

 「研究者という訳ではないけど……いい画材や素材を探して、それを使っていい作品を作りたいと思っている『作家』かしら」

 「ふーん」

 あいまいに相槌を打つヒロシ。 それから彼らは、ここの作業を見学させてもらえるか尋ねた。

 「かまわないわよ。 ただ、元がホテルでしょう。 一部屋に何人も入れないのよ」

 「そうですか……どうする?」

 「一人か二人ずつ分かれてようか? それならどうですか?」

 「それなら構わないと思うわ……ふふ……」

 女は微かに笑うと、お茶をもう一杯ずつふるまってくれた。

 
 「タカシはどうする?」

 「んーさっき粘土を作っている人がいるとか言ってましたよね」

 「ええ。 101号室でやっているわよ」

 「そこを見せてもらっていいですか?」

 「どうぞ。 ノックして入れば、見学させてもらえるはずよ」

 「じゃあ僕は……」

 他の友人が女の人と話す声聞き流しながら、タカシは食堂を後にした。

 
 「103……102……101、ここか」

 コンコン

 ノックをすると中から返事があった。

 『どうぞ』

 ドアを開けると、中で袖なしシャツの若い女の人が、タライの中の粘土をこねていた。

 「あら? どなたかしら」

 「すみません、ボクはタカシと言います。 ここを見学させてもらえると聞いて」

 「ああ、そう言うことね。 見学は大歓迎よ」

 そう言って女の人は、粘土との格闘を再開した。 灰色の粘土を手で押し、巻き上げ、叩きつける。

 「凄い重労働ですね。 女の人がやる作業じゃない様な……」

 「そんなことないわよ。 まぁ、力がいるのは確かだけど。 人まかせにすると、触った感覚が微妙に合わないのよ」

 「へぇ……」

 灰色の塊が平たくなり、まるまったと思うと、また伸ばされる。

 「こうやって空気を抜きながら、粘土が均一になるように練り上げるの」

 女は顔を上げ、立ち上がって腰を伸ばした。 灰色の粘土はのっぺりとした塊になっている。

 「これ、ほっとくと膨らんでりしないんですか?」

 「パン種じゃないんだから、膨らんだりはしないわね」

 女はユニットバスの洗面所で手を洗い、戻って来た。 力仕事をしているためか二の腕は逞しく、黄色いヘルメットを被っていればガテン系の作業者に

しか見えないだろう。

 (……胸、大きいな……)

 粘土をこねていた時は気がつかなかったが、かなりの巨乳がシャツを押し上げ、脇から乳房のふもとが丸見えだ。

 「お茶、飲んだの?」

 「へ?」

 彼女の胸に注意がいっていたタカシは、急に話しかけられて慌てた。

 「いや、見てない。 じゃない、はい、ごちそうになりました」

 パタパタ手を振って慌てるタカシを見て、女は意味ありげなまなざしで彼を見た。

 「なーに? これが気になるの?」

 女は、シャツを押し上げている膨らみを見せつける様にした。

 「いや、まぁ……そんな薄着ですから……」

 顔を赤らめるタカシの腕を女は掴み、自分の胸に導いた。

 「あ、あの?」

 「こねてみて」

 女の意図を図りかねて、タカシは混乱した。 女の胸と顔、双方に視線を往復させる。

 「ほら」

 女の手が、タカシの手を包むように握る。 さっきまで力仕事ほしていたと思えないほど柔らかい。 タカシの手に、乳房の温もりと感触が伝わって来た。

 「どう?」

 「どうって……や、やわらかいです……」

 「ふーん……」

 女は、タカシの股間を包むように握った。

 「こっちは、随分と固そうね」

 顔を上げ、妖しく笑う。

 「揉み解してあげましょうか」
   
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