第二十五話 ART

1.素材



 限りなく白に近い水色ロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らし出されたのは、さまざまな色で汚れたシャツを着た男だった。

 (ペンキ屋?……いや?)

 肉体労働者の持つ精気が感じられない。 むしろ病気かと思うほど覇気が感じられない。

 (若いのか? そこそこ年を取っているようにも見えるが)

 男は滝の前に小さなキャンバスを置いた。 手のひらより少し大きい程度のそれは、真っ白で何も描かれていない。

 (ははあ、駅前で自作の絵を売っている画家の卵か)

 「ご職業は?」

 「……芸術家を目指しています……友達たちと……」

 上目遣いに滝を見上げた青白い顔に、滝は奇妙な艶めかしさを感じ、焦った。

 (同性の趣味の方か? その趣味の人は苦手だな)

 「友達はここには来ていない?」

 志戸が珍しく口をはさむ。 男はこくりと首を縦にふり、取って付けた様に返事をした。

 「失礼……はい、今日は僕だけです。 モデルの人たちについて、語らせてください」

 彼は白いカンバスをそこに置き、訥々と語り始めた。

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 「へぇ、魚がいるよ」

 「ヒロ、落ちるぞ」

 岩の上から渓流を覗き込む若い男、ヒロシに、背後から友達らしき男が声をかけた。

 「押したりするなよ」

 笑いながら応えたヒロシは、岩の上を飛んで岸に戻る。 そこには他に男2人と女3人がいた。

 「岩魚かな? タカシ判るか?」

 「さあ? あの人に聞いてみたらどうだ?」

 タカシと呼ばれた男が指さした方、中洲の上でやせた男がひざまずき、辺りをほじくり返している。

 「すいませーん。 この辺は何が釣れます?」

 ヒロシが声をかけると、中洲にいた男が顔を上げ、ぼそぼそと答えた。

 「……さぁ……釣りはしないので……」

 ヒロシと仲間たちは怪訝な顔になった。 大きなプラスチックのケースを持っていたので、釣り人だと思ったのだ。

 「……ぼ、ボクは石を探しているんです……」

 「石? ああ、鉱物集めか何かですか」

 タカシが尋ねると、男はちょっと笑った。

 「少し違います。 石を砕いて、絵具を作るんです」

 6人は少し驚いたようだ。

 「石で絵具を作れるんですか?」

 「色がついていれば、なんだっていいんですよ。 ボクは色々な石を砕いて、どんな色になるか試してみようと思って」

 「石の色になるんじゃないんですか?」

 「砕いて粉にすると。色が変わる石もあります」

 「へぇ」

 6人は中州に降りて、珍しそうにケースの中を覗き込む。 中には色の違う石が幾つかと、水らしきものが入ったペットボトルが入っていた。

 「これは水?」

 「ええ、この沢の上流に湧水があって、そこでとれる水を使うと、素材、いや絵具の色が鮮やかになるんです」

 「へぇ……」

 男は石を選びながら、呟くように言った。

 「この先のカーブの先に、昔ラブホテルだった建物があるんですけど、今そこアトリエ替わりにして、みんなで創作をしているんです。 尋ねて行けば皆

歓迎しますよ」

 「そうなんですか」

 ヒロシは相槌をうったが、男の作業には興味を失ったようだ。 友人たちを振り返ると、彼らも同じ思いのようだった。

 「じゃ僕らはこれで」

 「ええ」

 短い挨拶を交わすと、ヒロシたち6人はその場を離れた。

 中州で石を集めていた男は、ケースに蓋をし、重たいケースを肩に担ぐ。 と、辺りにうっすらと霧がかかり始めていた。

 「……ふ……」

 口元だけで微かに笑い、彼は中州を後にする。

 
 ヒロシたちは沢に続く遊歩道を下り、駐車場に出た。 トイレが併設された駐車場は山の途中にあり、遊歩道の入り口と道路を挟んだ向こうには、絶景が

開けていた。 しかし、今は辺りにうっすらと霧がかかり、眺めが悪くなっていた。

 「車を止めたときには晴れていたんだけどな」

 「ナントカと山の天気は変わりやすいからな」

 「ナントカって何よ」

 女の子の1人がからう様に言い、6人は駐車場にポツンと止まったバンに乗り込む。

 「これからどうする? 山頂まで行くか?」

 「そのつもりだったけど、これじゃあな……」

 霧は次第に濃くなり、視界は悪くなる一方だ。

 「いくだけ行ってみよう。 着いた頃には晴れるかも」

 「そうだな」

 ヒロシが運転席に座り、ライトをつけて駐車場から道路に出ると、山頂への道路を進み始めた。 右手は山で、左手が開けているはずだが、今は霧で

見えない。

 「なんも見えません」

 「これじゃ、街中を走ってるのと変わんないよね」

 女の子たちは、景色を取ろうとスマホを構えているが、映るのは霧ばかり。 山の方に向けると、看板らしきものが映った。 すかさず画像を記録し、映った

看板を確かめる。

 「なによこれ、ラブホテルの看板じゃない」

 「さっきの人が言ってたホテル ?『ラブホテル・マジステール』だって」

 女の子の1人がその名前を読み上げたとき、ヒロシは異変に気がついた。

 「ありゃ? GPSが……」

 ダッシュボードに組み込まれたGPSの画面が動かなくなった。 GPSを再起動させたが、やはり動かない。

 「おいおい、今時壊れるか?」

 「中古車買うからよ」

 助手席の女の子がGPSを何度もON/OFFすると、突然画面に矢印が映った。 真っ赤なそれは。真っすぐ上……前を指している。

 「なにこれ」

 「はは、前進あるのみだってさ」

 その時、不意に霧が濃くなった。 慌てたヒロシはブレーキを踏む。 が、一瞬遅くバンが何かにぶつかったような衝撃があった。

 『きゃぁ!!』

 バンの中で女の子たちの悲鳴が響き、続いて大きなショックがバンを襲う。 中にいた6人は、ショックに意識を失った。

 ……

 …………

 ………………

 「ん」

 ヒロシが目を開けた。 ハンドルを握ったまま気を失っていたようだ。 慌てて振り返ると、他の5人も意識を失っている。

 「おい、大丈夫か」

 「いてて……なんだ? どうした?」

 「なんかにぶつかったようだ。 人じゃないだろうな」

 ドアを開けて外に出ると、辺りは白い闇に包まれていて、1m先も見えない。

 「ひどい霧だな……」

 車の前にまわると、バンパーに傷があった。 そのとき、ヒロシは地面が舗装されていない事に気がついた。

 「ここは林道か? いつの間に道を外れたんだ」

 車を振り返ったが。他の5人も答えを持っていなかった。
   
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