第二十四話 ゆうわく

5.いま、そして


 「そして二人に戻る……か」

 ベッドの上でおれは呟いた。

 「なあに?」

 女はいたずらっぽく笑い、おれの胸に顔を埋める。

 
 この女と出会ってから、これが何回目の『交わり』になったろうか。 最初こそ驚き、恐怖したものの、数回の逢瀬で平気になってしまった。 むしろ……

 「一度知ってしまうと病みつきになる……」

 「そう? そんなに気に入った?」

 くすりと笑った女と口づけを交わす。

 「ああ……もっとも、普通のも悪くないが」

 「あらら、どっちなのよ」呆れたように言う女。

 この女と、文字通り一つになる『交わり』は、極上の快感なのは間違いない。 ただ『重たい』感じがしていた。

 「お前と『交わる』ときは、相当気が入ってないとだめだろう?」

 「そうね……」

 女は相槌を打つと。シャワーを浴びるためにベッドを離れた。 水の音を聞きながら、体の芯に残る気だるい快感の余韻を楽しむ。

 (遊びのつもりじゃ『交わり』に入れないものな)

 『交わる』時、女の体はおそろしく柔らかくなり、軟体動物が獲物を捕らえるかのようにおれを求める。 だが、それ以外の時は女の体は普通の人間と

変わらない。

 「誘うときも、どこかそっけないしな……」

 思いが口に出た。

 「何?」

 女が髪をタオルで拭いながらバスルームから出てきた。

 「別に」

 あいまいに答え、ベッドに座った女の髪に触れる。 指の間をサラサラした手触りが抜けていく。

 「そう」

 短く答え、女はサイドテーブルのハンドバッグからルージュを取り出し、唇に引いた。

 「そうだ、『誘う』で思い出したけど」

 「なんだ?」

 「そろそろ、最後までいく?」

 女がこちらを見た。

 「最後?」

 おれは首をかしげる。 最後まで行くとはどういう意味だろうか……

 ズクン

 「ん?」

 おれの中で何かが動いた。 何かがこみあげてくるような感触。

 「そう、最後。 私もそろそろちゃんとしたいし」

 「そうか、ちゃんとね……」

 ちゃんとしたい……普通の相手であれば、結婚の決断の意味だが……

 ズクン……

 再びおれの中で何かが動いた。

 「今、答えないとダメか?」

 「来週もう一度。 その時決めて」

 「ああ……」

 そしておれし女はホテルを後にした。

 
 自宅に戻った俺は、ベッドに転がって天井を見る。

 「最後まで……どういう……」

 時計の音が妙に大きい。 白い天井に薄い影が揺らめいて見える。

 (水槽の反射だ……)

 頭がボーっとし、気だるい心地よさが蘇ってくる。

 (ああそうだ……)

 女との『交わり』を思い出す。 互いに溶けあい、一つになっていく感覚……

 (蕩けていく……)

 最初の内は、一つに溶け合っても何か違和感があった。 今は、自然に溶け合えるようになった。

 (でも……)

 しかし、まだどこかに壁を感じていた。 女の方ではなく、自分の中に。

 (一つになり切れていない……)

 壁を作っているのは自分の心だった。 それは判っている。

 (受け入れなきゃ……)

 壁を取り払い、心を開く。 それが『最後までいく』こと……

 (うん……)

 自分に言い聞かせる。 そして意識が闇の中に沈んでいった。


 翌週、おれは女とバーで会い、いつものようにホテルに入る。

 「どうする?」

 「いく、最後まで」

 「そう、いける?」

 「ああ」

 女が微笑み、おれの首に手を回してきた。

 「うれしい……」

 おれたちはベッドに倒れ込む。

 「ああ……」

 「くうっ……」

 いつものように互いを高めあい、一度達した。

 「ああ……もう我慢できない……」

 女の体が柔らかくなり、おれの体と溶け合い始めた。

 「いいよ……ううっ……」

 放ったばかりの俺自身を、女の中へと突きこんだ。 ウネウネと滑る粘体が、おれを捕まえて蕩けさせる。

 「ああっ……やる気だな……」

 「ええ……」

 女はおれの腕に自分の腕を絡め、ぐいと引き寄せた。 二つの乳房が俺の胸に優しく粘りつき、柔らかく蕩けていく。

 「柔らかい……」

 「かき回してぇ……」

 粘りついた腰をゆすると、粘る女の肉の中におれの腰が沈み込んでいった。 二人の体は、胸と腰で溶け合い一つになっていく。

 「はぁ……」

 「くふぅ……」

 互いの快感が相手に伝わっていき、快感に溶けた体が一つの生き物へ変わっていく。 ここまではいつもと変わらない。 ここからだ……最後まで行くのは。

 「さぁ……」

 促され、おれはは彼女の唇を奪った。 互いの舌が絡み合う。

 (来て……)

 彼女の顔にさらに深く顔を近づける。 何か幕のようなモノが顔に……いや、触ったような感じがした。

 (いくよ……そして……おいで……)

 おれは彼女の中に入ろうとし、同時に彼女を誘う。 お互いの中に入りあう。

 (!)

 (ああっ)

 一瞬の後、わたしは甘酸っぱい快感のスープへと変わった。 ぐるぐると渦を巻き、溶け合い、身じろぎする。

 (ああん……)

 よがり、悶える……たまらない快感の中で、わたしは形を失う。

 (溶けちゃう……)

 トロトロと蕩けて渦を巻くわたし、その渦からで新しい形が生まれてくる。

 (あ……ああ……)

 (は……ああ……)

 熱い誕生の歓喜。 わたしたちはそれに満たされる。

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