第二十四話 ゆうわく

6.ふたりの娘


 ドクン……ドクン……ドクン……

 『わたしたち』が脈を打つ。 ゆっくりと、深く……

 ドクン……ドクン……ドクン……

 『わたしたち』は自分の鼓動に耳を澄ます。

 ドクン……ドクッ、ドクッ…………ドクッ、ドクッ……

 鼓動が重なる。 二つの鼓動、それは別離の時が来た証。 『わたしたち』が『おれ』と『彼女』に戻るとき……いままではそうだった。

 ニュム……

 ”くっ……”

 ニュム……ニュム……

 蠢く、蠢く。 『わたしたち』の中で、柔らかい蛇がのたうつ。 それは不快なものではない。 

 ニュムン!!

 蛇が壁を擦りあげ、『わたしたち』はそれを女の快感として認識した。

 ”くはっ” ”ああっ”

 その瞬間、『わたしたち』は……『わたし』と『わたし』に分かれる。

 
 第三者がその部屋にいれば、奇怪な光景に目を疑い、恐怖に駆られて逃げ出したことだろう。

 グニュリ……グニャ……

 ベッドの上で、肉色の奇怪な塊が蠢いている。 塊から、四本の棒のようなモノが突き出してくる。 その先端は、花のつぼみの様に膨れ、ぱっと開いて

『手』の形になった。

 「うふう」「はあっ……」

 手の生えた中間に、二つの口が開き喘ぎ声を漏らす。 そして、口の周りが盛り上がって顔の形になった。

 「ふうっ……」「こほっ……」

 二つの顔がせり出し頭になる。 先に出た腕がベッドの縁を掴み、力を込めて引っ張る。 それは、腕が塊から抜け出そうとしているように見えた。

 ズブッ、ズブッ……

 塊から腕がせり上がり、肩が現れた。 肩の間には、先ほどの頭が乗っている。

 「はっ!」「くっ……」

 二つの頭は二本ずつの腕でベッドの縁を掴み、互いに逆方向に塊を引っ張る。 結果として塊はベッドの上に留まり、頭と腕が塊から抜け出し、胸が現れる。

 ブルン!

 二つの胸で、重々しく乳房が揺れた。 同時に塊がブルンと震えてつぶれる。

 「んー……」「うーん……あっ!」

 胸に続いて、腹、腰、そして足が塊から抜け出した。 塊は中身を失った風船のように、ベッドの上でつぶれてしまう。

 はぁ……はぁ……

 二つの荒い息が部屋の中に満ち、やがて静かになった。

 ……

 しばらくして、ベッドの両側で二つの影が立ち上がった。 それはどちらも若い女だった。

 
 「……無事に終わったわ、貴方は?」

 『わたし』は『わたし』に尋ねた。

 「私も大丈夫みたい……先にシャワー使うわね?」

 『わたし』はそう応えて、シャワーを浴びた。 髪の毛はおろか、体毛が全くない体に湯が刺激的だった。

 「お先したわ」

 シャワーを出ると『わたし』が、『おれ』と彼女が用意した荷を開けていた。 中には二人分の女物の服……いや、もっと多い服と化粧品、かつら、そして

現金と新しい名義の通帳が入っていた。

 「サイズが合えばいいけど」

 「大丈夫そうよ?」

 『わたし』と『わたし』は箱の中身を取り出し、身支度を整えた。

 「間をおいて出る?」

 「そうね……」

 「じゃ、これでお別れね。 私は北に行くわ」

 「ええ、私は西に」

 そして『わたし』は『わたし』と別れた。 以来『わたし』には会っていない。

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 「……これで、その男の話は終わりです」

 滝は背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 「じゃあ、あんたがその男のなれの果てなのか?」

 女は困った様に笑った。

 「そうではありません……そう、彼女と『おれ』がひとつになり、それから生まれたのが『わたし』ともう一人の『わたし』。 だから……『娘』と言うのが適当

かと」

 志戸がやや顔を引きつらせながら尋ねる。

 「あなた、いやあなたたちはなんなんだ? 人食いの化け物か?」

 女は表情を変えずに答える。

 「人……ではないでしょうね。 ただ、『わたし』は人を食べたりはしませんけど」

 「『食って』はいないかもしれないが……、溶かして吸収したのなら同じことだろう」

 志戸は平静を取り繕っていたが、手が微かに震えていた。

 「合意の上ですよ。『わたし』たちを……その、産んだのは」

 「なに?」

 「『わたしたち』は一度目では……その、最後まで行きません。 何度も、何度も交わって、最後にはどうなるか、相手に伝えます。 そして、相手の方も

承知の上で結ばれ……いえ、溶け合うのです。 文字通り一つに」

 「……同意していたと?」 志戸が聞き返した。

 「ええ」

 「そ、それは……あんたらと溶け合って、その、快感に惑わされたからじゃないのか?」

 女は笑ったまま表情を変えない。 しかし滝は、その笑みの中に妖しい影を見たような気がした。

 「そうかもしれませんね。 私たちと溶け合うのは、人にとって至福の体験だそうですから。 いままで『わたしたち』に『ゆうわく』……いえ『融惑』されて、

断ることのできた方はいないそうですから……」

 女が身を乗り出し、白い胸元が、滝と志戸を誘う。

 「試してみます?」

 ひょうと風が吹き。ロウソクの灯りが消えた。

<第二十四話 ゆうわく 終>

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