第二十四話 ゆうわく

4.にどめ


 家に帰ったおれは、ドアに鍵をかけ窓を閉めた。 グラスに氷とウィスキーを注ぎ、ソファに座って一気にあおる。

 ”大丈夫だ……あのバーにいかなければ……”

 自分にそう言い聞かせる。

 ”あいつは、おれの家を知らない。 ここに現れることはない……”

 自分に言い聞かせて、横になった……

 
 それから一週間後の金曜日。 おれは『バー・シュルテン』にきていた。

 ”いらっしゃい”
 バーテンの声を受け流して、カウンターの奥に目をやる……いた。

 ”……”

 おれは、カウンターの反対側の端に座り、水割りを頼んだ。

 ”どうぞ”

 バーテンの置いたグラスを傾けつつ、あの女の様子を伺った。 彼女は一度こちらを見たが、それきり何も言わず、自分のカクテルグラスからチェリーを

つまみ上げ、口の中で転がしている。

 ”……”

 おれは焦れてきた。 あの女のばけものは、どういうつもりなのか。 逡巡の後、意を決してグラスを持ち、女の隣に移る。

 ”いいかな?”

 ”どうぞ……”

 気だるげにな答えた女は、こちらを見ようともしない。 おれは言いようのない怒りを覚え、小声で女に話しかけた。

 ”どういうつもりだ?”

 ”なにが?”

 ”……あんな伝言を残して……おれが、お前の……誘いにのるとでも……”

 女はおれの問に答えず、カクテルの残り飲み干してバーテンにお代わりを頼んだ。 余裕たっぷりの態度に、さらに怒りがつのる。 ”おい……”

 さらに問い詰めようとしたとき、はぐらかすように女が答えた。

 ”その気があれば、お相手する。 それだけ……”

 ”お待たせしました。”

 バーテンが女の前にカクテルグラスを置く。 タイミングを外され、おれが黙ったのを横目で見つつ、女がカクテルを一口飲む。

 ”……”

 おれは深呼吸し、無理やり気持ちを落ち着かせる。

 ”……その気がなければ、どうするんだ?”

 ”……ほかのお相手を見つけるだけよ……”

 気のない様子で女が答えた。

 ”……その気はないんでしょう?”

 切れ長の目がこちらを見た。 濡れた黒い瞳に、心がざわめく。

 ”……そ、それは……当たり前だろう……あんな……”

 ”ならこれっきりにして……”

 予想に反した女の態度におれは困惑していた。 これでは、おれが女に絡んでる様にしか見えないだろう。 いや、事実絡んでいるのだが。

 ”……こ、これっきりにしていいんだな……”

 ”ええ”

 あっさりと答えた女は、残りのカクテルを口にすると、バーテンにお愛想を頼む。

 ”河岸を変えることにするわ”

 ”え?”

 ”袖にした女の顔は見たくないでしょう?”

 なんでそう言う話になるんだと思いつつ、おれは女を引き留める

 ”まて、まだ話は終わって……”

 
 1時間後、おれは彼女とホテルにいた。

 ”なんでだろう……”

 ”いまさら何を言ってるの。 貴方が誘ったのよ?”

 彼女の言う通り、引き留めて話をしているうちにこういう流れになってしまったのだが……

 ”そのつもりはなかったとでも?”

 ”と、当然だろう……あんたは……人じゃないだろうが”

 俺がそう言うと、彼女は不思議な笑みを浮かべた。

 ”それが何か?”

 ”何?”

 ”特定の相手と会いを交わしたいんじゃなくて、欲望を満たしたいだけなんでしょう?”

 説教めいたことを言われ、戸惑うおれ。

 ”誰でも……いいえ、なんだっていいんだったら、女の形をしていれば人形だって、動物だっていいんでしょう? だったら『ばけもの』相手でも構わないん

じゃなくて?”

 論点がずれていると思ったが、女の言っていることは正論でもあり、おれは何も言えなくなった。

 ”それに、私のからだが気に入ったんでしょう?”

 そう言いながら、彼女はしなやかな腕を俺の首に巻き付けてきた。

 ”ん……まぁ……”

 ”……うれしい”

 女の唇が俺の唇に重なり、香しいにおいが鼻孔を満たす。 おれは彼女に押し倒されるようにしてベッドに体を預ける。

 
 ”くはぁ……”

 ”あふぅ……”

 一回目は普通に終わった。 もっとも、しなやかな彼女の体は極上の女ではあったが。

 ”最初は普通なんだな……”

 ”ん……アレ?”

 女が上気した顔を、おれの胸に埋める。

 ”ああ……アレ……お前のアレは……いや、お前はなんなんだ?”

 女の体に回したおれのうで、それが女の体に深く食い込み、そして女の中に沈み始めた。

 ”知らない……”

 女はそう言って、おれの胸を舐める。 ザラリとした感触が、胸板が心地よい。 甘美な感触が、次第におれの体に染み込んでくる。

 ”はぐらかすなよ……”

 ”そうじゃないの……私はこれが普通だとおもっていたわ”

 女は下半身を、おれ自身にさかんに擦り付けてくる。 トロリとした感触が俺自身を包み、女の中へと呑み込まれていくのが判る。

 ”う……”

 甘い疼きが次第に下半身に広がってくる。 視線をそちらに投げると、女の体とおれの体が下半身で溶け合い、一つになろうとしていた。

 ”普通なモノかよ……これが……”

 そう言いながらも、おれは自分から女の体にめり込ませていく。 初めての先と違い、今回はこうなると判っていたので、慌てることはなかった。 いや、

むしろ……

 ”う……こんなの……ああ……ほかの……”

 ”ん……違うの?……やっぱり……”

 そう言いながら、女はおれを抱きしめる。 一度達し、上気していた女の体は、恐ろしくやわらかなり、いたるところでおれの体と溶け合おうとしていた。 

そして、溶け合ったところから女の感覚が、おれの体に伝わってくる。

 ”こ、こんなの……ほかの女じゃ……無理……”

 ”そう?……うれしい……”

 ”あ……”

 『うれしい』、その感情が俺の中に流れ込んできた。 歓喜の感情がおれを満たし、一瞬のうちにおれの心は女と一つになった。

 ”いい……”

 ”ああ……”

 体が溶け合い、心が一つになることは、無上の喜びだった。 おれたちは、男と女の歓びに満たされ互いを貪る肉の塊となり、そして『ゆうごう』の極みへと

駆け上がっていく。

 ”あぁぁぁぁ……”

 一つの女の形になったわたし、ベッドの上で歓喜の極みを堪能する。

 ”いい……わぁ……”

 甘い喘ぎを漏らし、わたしはベッドの上で悦楽に浸る……何もかも忘れて……

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