第二十四話 ゆうわく

3.はじめてのまじわり


 その日、おれは今日と同じように『バー・シュルテン』のカウンターに座っていた。 視線を感じ、そちらに目をやると彼女がこちらを見ていた。

 ”そちらに行ってもよいかしら?”

 微かな笑みを口元に浮かべ、彼女が聞いてきた。

 ”ああ”

 しばらく会話した後、おれたちは揃って店を出て、今日と同じように近くのラブホテルへと入っていた。 もちろん、服を脱ぐために。


 あ……

 は……

 ベッドにあがれば、男と女のやることは一つだ。 一度目、そこまでは普通だった……と思う。

 ”体、柔らかいな。 運動でもしてるのかい?”

 ”ベッドの上ではね……ふふ”

 彼女の肢体がおれに絡みつき、秘所がおれ自身に吸い付く。 力を失っていたそこが、柔らかな温もりの中に吸い込まれていく様だ。

 ”今度は本気で……ね?”

 ”おい、さっきのは小手調べか?……”

 随分と情熱的な女だと多少後悔したが、ここで奮い立たねば男がすたる。 焦りは隠し、股間に力を込めて彼女の中へ自分自身を突き入れる。

 ズブリ……

 深々と突き入れたものが、彼女の奥に突き当たった。

 ”あぁ”

 感極まった彼女の喘ぎとともに、おれの先端が滑ったものに包み込まれる。

 ”うぁ……”

 それは初めての体験だった。 滑る快感とでもいうべきものが、先端から俺を包みみながら根元へと迫ってきた。

 ”と、とろけそうだ……”

 腰が自然に動き、おれ自身を奥へ、奥へと突き入れる。 根元まで来た快感はそこで止まらず、腰から足にかけてがジーンと痺れる。

 ”ああ、いい……もっときて……”

 彼女がおれをねだり、足を絡めて……いるのだろうか。 足がヌルヌルと滑したものに絡まれているような、奇妙な感覚。 腰から下がとろけ、ひとつに

なっていくかのようだ。

 ”お、おれも……こんなのは……ああ……”

 夢中になって腰を動かす。 下半身で粘る泥をかき回しているようだ。 それが快感となって、おれの下半身を溶かしていく。

 ”んむぅ……”

 彼女を抱きしめて唇を貪る。 柔らかな胸が、おれの胸に吸い付きヌメヌメと心地よく蠢いた……その時だった、異変を感じたのは。

 ズブ……リ……

 ”ああ……あ?”

 彼女を抱きしめていた手が、彼女の背にめり込んでいく……そう感じられた。

 ”……なんだ?”

 勘違いだ、そう思って彼女の胸を手でそっとつかみ、ジワリと圧力をかける。

 ズ……ブリ……

 ”何ぃ!……”

 指の間から、粘土の様に彼女の乳房がはみ出してきた。 そして、おれの手が彼女の乳房の中へと潜っていく。 おれは慌てて手を引き抜こうとした。

 ズルリ……

 乳房の中から手が抜けた。 一瞬恐ろしい光景を予想したが、彼女の乳房は滑らかな形を崩さず、手が潜る前に戻っている。

 ”ふぁ……どうしたの?”

 ”どうしたって、お前! 痛くないのか”

 彼女は、上気した顔で俺を見返す。

 ”うふ……なにを驚いているの?”

 ”なにって……あ!?”

 その時おれは気が付いた。 俺たちの下半身が一つに溶けあおうとしているのに。

 ”……こ、こんなことが……”

 ”うふふ……こういうのは始めて?”

 ”な……なんなんだ!これは!”

 理解不能な現象に、おれの頭が真っ白になった。 茫然とするおれしたで、彼女は動きを再開し、下半身をよじった。

 ”感じて……”

 ”うぁ……”

 おれの背筋を熱い快感の衝撃が走り抜けた。 溶け合ってしまった下半身に、文字通り蕩けるような快感が溢れたのだ。

 ”あ……あ……”

 ”ああん……”

 喘ぎ声をあげ、彼女が下から俺にしがみついた。 互いの胸が、再び密着する。

 ”と……とろけそう……”

 ”私もよ……ああ……とろける……わかる?……私達……とろけて……交わっていくのよ……”

 彼女は、信じられない事を口にした。 だが、彼女の言う通り、おれたちは溶け一つになっていく様だった。 彼女が抱き着いている上半身も、そこから

溶けて交わり始めていたのだ。 そしてさらに恐ろしいことが起こりつつあった。

 ”あ……あ……気持ちいい”

 ”私も……あ……”

 溶け合っていくところから、言葉にできない快感が沸き起こる。 溶け合ってしまった下半身は、熱い快感のるつぼと化し、おれの頭の中に、快感の嵐を

送り込んでくる。

 ”さぁ……もっと……”

 ”ああっ……ああ……”

 まともな思考が出来なくなり、おれは彼女と激しく抱き合い、互いの体を貪るように求める。 体が密着したところが溶け、おれたちは一つになっていく。

 (互いの感覚が一つになり……)

 (快感が倍に……いえ、もっと増幅されるわ……)

 おれたちの間には言葉もいらなくなった。 互いの肉体どころか、思考も、いや魂すら溶け合おうとしている。

 (ああ……この感じ……いいわぁ……)

 (求める相手と一つになる……)

 人の交わりではあり得ない、完全な交わり。 肉の『ゆうごう』、これに勝る快感があるだろうか。 わたしは恍惚として、この瞬間を楽しんだ……

 
 ”くふぅ……”

 一つ息を吐いて『わたし』は身を起こす。 二人の肉体が一つになったので、体の大きさは二回りほど大きくなっている。

 ”よかった……”

 気だるい絶頂の余韻に浸り、天井の鏡に売った自分の姿を眺める。 元の女の形のは変わっていないが、ベッドが小さく滑稽に見えた。

 ”ふふ……うふふ……”

 少し笑ってから、『ゆうごう』を解くために、そっと秘所に手を這わせた。 熱い余韻に震える秘所が、私の指を濡らす。

 ”あ……”

 一つ溜息を洩らし、『わたし』は快感の嵐に身を躍らせた。

 
 ”……う?”

 意識が戻り眼を開ける。 彼女の顔が目の前にあった。

 ”ひ!?”

 反射的に跳ね起きた。 その後のことはよく覚えていないが、服を着て、彼女を残してホテルを飛び出したらしい。 我に返った時は、自分の部屋で荒い

息をついていたからだ。

 ”ば、ばけもの……”

 その晩は恐ろしい体験に眠ることが出来なかった。 その翌日以降も、あの女のばけものが現れるのではないかと、眠れない日が続いた。 当然、『バー・

シュルテン』には近寄りもしなかった。 そして二週間後……おれは『バー・シュルテン』のドアをくぐっていた

 ”おや、お久しぶりです……お見限りでしたが、どうしました?”

 バーテンのあいさつには応えず、おれはカウンターに座って店の中を確認した。 あの女はいなかった。

 ”……聞きたいことがあるんだが”

 ”なんですか?”

 ”二週間前に俺と一緒にいた女。 あの女は何者だい?”

 バーテンは肩をすくめた。

 ”時々見えられる方です。 名前は知りません”

 ”そうか……あれから来たのか?”

 ”一週間ほど前に……ああ、そうだ伝言を頂いています”

 ”伝言……”

 頭から血が音を立てて引いていく様な気がした。 真っ青になったと思うが、バーテンは気が付かない様子で、彼女の伝言を伝えた。

 ”金曜日にここに来るので、会いたければその日に……だそうです”

 おれは無言で立ち上がり、店を逃げ出した。

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