第二十三話 うばがみ

5.胎内巡り


 坊ゃ……坊……起きや……

 「うにゅ……」

 少年は目を開けた。 薄桃色の壁が視界を遮っている。

 「うんしょ……」
 手に力を込めて頭を上げる。 やっとのことで壁の上に顔を出すと、『乳母神』の笑顔が見えた。 壁と見えたのは『乳母神』の乳房で、かれはその腹に

突っ伏していたらしかった。

 「おお、可愛らしいのう……」

 「ん?」

 『乳母神』の言葉の意味が判らない。 首をひねって腕を組む。

 「りゃっ?」

 頼りない手ごたえに違和感を感じ、自分の手と腕をあらためた。 柔らかいそうな腕の先に、モミジの様な小さい手がついている。 もはや少年ですらはなく

童子の体であった。

 「はれ?」

 何かが間違っている気がするが、判らない。 それでも童子は、忘れたことを思い出そうと、眉間にしわを寄せて考え込む。

 「これ、坊ゃ。 お腹はくちたかぇ? 乳は足りたか?」

 「ん?」

 『乳』という言葉に童子は反応した。 何やらひどく心惹かれる。

 「ほれ、どうした?」

 むくりと『乳母神』が身を起こし、童子はお腹の上から転げ落ちそうになる。 『乳母神』は童子の体を捕まえ、床に横座りしなが胸に抱え込んだ。 丁度

乳首が顔の前に来た。 甘ったるい乳の香りが小さな鼻孔をくすぐる。

 「……ふにゃぁ……」

 トロンと半目になりながら、童子は自分の頭より大きな『乳母神』の乳に吸い付いた。 お腹が減っていたわけではなかっだ、どうにも乳を吸いたくて

たまらなかったのだ。 柔らかい乳首を吸うと、つきたての餅のように柔らかい乳房が、童子の口の半ばを埋める。

 「おおぅ……」

 『乳母神』が妖しいため息を漏らした。 その声の響きが、童子の中の『男』を呼び覚ます。

 「むちゅ……ちゅぅ……くちゃ……」

 乳を吸うだけでなく、乳首に軽く歯を立てて、舐める。

 「坊……戯れを望むかえ?……くふふ……」

 『乳母神』がぬらりと笑い、赤い唇を舐めた。 豊かな母性に、魔性の影が重なる。

 「よかろうて……たんと可愛がってくれようぞ……」

 『乳母神』はついと首を傾け、赤い舌をでろりと吐き出す。 ちゅうちゅうと乳をねぶっている童子の、無垢で可愛らしい『こけし』に蛇の様な舌が巻き付いた。

 「ちゅう……にゃ? にゃぁぁぁぁ」

 異様な感触に、童子が恐れの声を出した。 が、童子の体に閉じ込められた男の心がその感触を歓びに変えてしまう。

 「にゃぁ……ふにゃぁぁ……」

 子猫の様な声を上げ、童子は『乳母神』の舌使いに悶える。 吸いきれない乳を口の端からだらだらとこぼし、『乳母神』の乳にまみれて乳にしがみつく。

 「おお、かように乳が欲しいか……ではたんと……味わうがよいぞ……」

 『乳母神』が童子の体から手を離す。 落ちそうになった童子は、慌てて乳房にしがみつこうとする。

 「ふにぃ?」

 餅のように柔らかい乳房に、小さな手だけでしがみつけるはずもなかった。 それでも童子は、溢れる乳に滑りながら、手と足を総動員して乳房にしがみ

ついた。 小さな体が乳房の間へと滑り込む。

 「ふに……ふぃ!?」

 「ほれほれ……ここが良いのであろう?」

 童子の体を追い、赤い舌が蛇のように乳房の間に滑り込んみ、童子の『こけし』へと絡みついた。 未成熟な男の証を、『乳母神』の舌がからめとった。

 「ほうれ、ほうれ」

 やわらかな乳房の間で、乳にまみれた童子は『乳母神』の責めに悶えた。 抗うこともできぬまま、意識が白い喜びの闇に塗りつぶされていく。

 「にゃっ、にやっ、にゃぁぁぁ……」

 猫の様な声を上げ、童子は果てた。

 
 ほんに困った坊ょ……

 『乳母神』の声に目を開けると、視界に赤黒い不気味なものが映る。

 「おぎゃっ?」

 舌が回らない。 そして頭も回らない。 手に力も入らない。

 ”赤子となりはてたかぇ……今一度、胎内よりやり直すがよい……”

 赤黒いものが『口』を開けた。 それが『乳母神』の秘所であることが、赤子となった男に判るはずもなかった。

 「おぎゃっ!?……」

 ガバリと口を開けた秘所が、赤子の両足を咥えこみ、中へずるずると引きずり込んでいく。 滑る感触と、強く引き込まれる力に、普通の赤子ななら火の

ついたように泣きわめいただろう。 だが……

 「おぎゃぁ……」

 赤子の中の『男』が、またもそれを心地よいものと感じてしまう。 無抵抗になった赤子は、世に出たときと逆の順序で、女の胎内へと還っていく。

 もむ……もむ……

 「こ、これ……おいたがすぎる…ああ……ほんにしょうのない……」

 『乳母神』の下腹が盛り上がり、ぴくぴくと振るえる。 中で男が悶えているのか、さもなくば淫壁を愛撫しているだろう。

 「ああ……奥まで……」

 ポッコリと盛り上がった『乳母神』の腹。 それがボコボコと揺れ動き、そのたびに『乳母神』が喘ぎ声を漏らす。 やがて、その腹も小さくなり、もとの大きさ

に戻ってしまった。

 「はぁ……」

 『乳母神』はため息を漏らしす、優雅な身のこなしで立ち上がり、着物を身にまとう。

 「ほんにやんちゃな坊ょ……今度は良い心根に育つが良いぞ……」

 呟きながら、お腹を撫でる。 と、その腹がボコンと動き『乳母神』が眉を寄せた。

 「……でとうないのか?……ふふ……ふふふ……」

 ゆらりと足を踏み出した姥神は、重さを感じさせぬ身のこなしで社から出た。

 「では、でとうなるまで……可愛がってしんぜよう……ねんねん……ころりや……おころりや……」

 傾きかけた月に照らされた『乳母神』は、子守唄を口づさみながら夜の闇へと消えていった……

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 「……それ以来、社に『乳母神』様が現れることはなくなったんだってさ……どう? この話」

 「ど、どうって……まぁ……」

 「怪談ってより……奇譚っていうんじゃないのか……」
 滝と志戸は、引きつりながら応えた。 語を始めたのは、中年に差し掛かるぐらいの年の男だった。 それが、話を終えるころには幼児といってよい年に

なっていたのだから。

 「つ、つまり、その鈴を鳴らすと……神様がやって……」

 「うん」

 にこり笑った幼児、がその体も見ているうちに縮んでいく。 彼は、小さな手で鈴を掴み、勢いよく振った。

 リーン……

 本に困った坊ょ……だまっておんもにでおって……

 ぶかぶかの服に埋もれる様に座っている幼児の背後から、白い着物の女が幽鬼のように現れ、滑るように近づいてくる。

 「……」

 引きつって言葉が出ない滝と志戸の前で、女は幼児を背後から抱きしめるようにし、腰を下ろした。

 ズブリ……

 湿った音がして、幼児の姿が消えた。 女は、滝と志戸には目もくれず、揺らめくロウソクに手を伸ばす。

 「火の始末もせぬとは……まだまだ世に出せぬな……え?」

 女が芯を掴むとロウソクの火が消え、辺りが闇に包まれる。

 リーン

 鈴の音が一つ響き、辺りが静寂に満ちた。

<第二十三話 うばがみ 終>

 
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