第二十三話 うばがみ

2.御開帳


 横になっていると、お堂の外の虫の音が増えてきた。 聞くともなしに虫の音に耳を澄ませる。

 リーリーリー……

 「鈴虫か……」

 ジージージー……

 「おけら……」

 ガチャガチャガチャ……

 「くつわむし……」

 リ−ン……

 「……?」

 リン、リン、リリーン……

 それは虫の音に似た、しかし虫の音とはどこか違う音だった。

 「……鈴の音?……」

 リン、リン、リリーン……

 サクサクサク……

 「足音……誰か来る?……あ、まさか……『お泊り』の人が……」

 男は女将の話を思い出した。 ここは『乳母神』様のお社で、神様が赤子に乳を与えに来ると言う話だった。

 「めえったな、こりゃ。 最近は誰も来ないって話だったから、一夜の宿に借りたんだが……土地のもんに見つかったら、まじぃだろな……」

 男はそろりと起き上がり、這うようにして社の扉に近づき、格子状の扉から外を見る。

 「!」

 
 ……サク、サク、サク……

 ……リン、リン、リーン

 ……やや子、可愛や、ほうやれほぅ……

 ……泣くな、やや子よ、乳やろか……

 ……サク、サク、サク……

 
 青白い月の光のなか、白無垢の着物を着た女が歩いてくる。 神々しく整った顔立ちだが、その体は……

 「な、なんでい……あの女……」

 着物の胸元は、はしたなくも大きく開き、裾も乱れている。 一歩ごとに裾が大きくまくれ、胸元から乳がこぼれそうなっている。

 「……どっかであんなのを見たような……そうだ! 子をなくして狂った女があんなだった!」

 お産は難事だ。 赤子が無事、この世に出て来られるとは限らない。 そのことは誰もが知っている。 しかし、十月十日の間の苦労を経て、待ちに待った

子供を手にする喜びから、悲しみの底に突き落とされた母親、いや母になり損ねた女に、そのことを告げても、悲しみを減じることはできない。 その悲しみに

耐えきれず、ついに正気を失ってしまった女を男は見た事があった。

 「まだガキの頃だったな……ぼろ切れでできた人形抱いて、子守唄歌いながら町をうろついてた……」

 男は子供のころ見た『狂女』の姿を、社に近づいてくる女に重ねていた。 着物が白無垢で人形を持っていない、そして整った顔立ちであることなどの

相違点はあったが。

 「ひょっとして、あれが『乳母神』様?……」 男は呟いた。

 (土地の女で、子をなくしていかれた奴がいて、それを神様扱いしてたのか……いや?)

 女は背後の月光に押されるように、ゆっくりと歩いてくる。 その顔は、狂った女のそれではない。

 (……なんで顔が見えるんだ? 夜だし、月は女の向こうだぞ)

 あかり一つない山道、月明かりがある場所見えても、そこ以外は闇が広がっている。 現に女の周りには闇が広がっているのに、女の姿は闇から切り

出された様に白くはっきりと見える。

 (本物の神様?……いやいや、妖か?……)

 ゾクリと背筋を冷たいモノが走った。 男は床に腰を突いたまま、手でいざる。 と、その手が冷たいものに触れた。

 リリリリ……

 床を鈴が転がった。

 「!」

 
 サクリ……

 女が……『乳母神』が社の前で足を止めた。 じっと社を見据える。

 (やばい、やばい、やばい……)

 男は狼狽し、音がせぬように鈴を手ぬぐいでくるんで懐に入れる。

 (何だか知らんが、ここは無視だ。 うん、こういう時は戸を開いても、声を出してもならん。 昔からそう決まってるからな)

 心の中で呟くと、男は耳を塞いで蹲った。 なんとなくそうせねばならない様な気がしたのだ。

 「やや子はいずこ……」

 澄んでいてどこか調子の外れた声で彼女が言った。

 「やや子は、おりませぬ……」

 (!?)

 答えたのは男、いや男の口だった。 彼は答えるつもりはなかったのだが、『乳母神』の声を耳にしたとたん、口が勝手に答えていたのだ。

 「やや子はいずこ……」

 『乳母神』は男の声が聞こえていないのかのように、問を繰り返す。 彼女は社へ歩み寄り、扉を少しだけ開いて手を差し出した。

 「やや子を我に預けよ……」

 (……ま、まずい……)

 『乳母神』はやや子に乳をやるまでは帰るつもりはないらしい。 男は焦り、何か代わりに渡せるものはないか探した。

 「やや子を我に預けよ……」

 (い、いないって言ってるだろ!……ややっ!?)

 男の足が、社の入り口に向かって歩き出す。 足を叩いて止めようとするが止まらない。

 (うわぁ!)

 扉の間から白い手が突き出ている。 男の体がその手に触ってしまった。

 (ひっ!?)

 白い手が男を抱き、扉の外へそっと連れ出した。

 (あ、あ……)

 男の目の前に『乳母神』の白い顔があった。

 
 「?」

 『乳母神』は、不思議そうに自分が抱いている男を見る。 しばし後、『乳母神』はゆったりと微笑んだ。

 (ひっ!?)

 『乳母神』の微笑みは慈愛に満ち、同時に深い闇を感じさせるものだった。 男は直感した。 この女は、神かもしれないが、狂っていると。

 「これはこれは、大きなやや子よ。 乳のやりがいがあるのう」

 『乳母神』は開き気味の胸元に手をかけ、ぐいと引っ張った。 満月の様な乳房が、勢いよく飛びだす。

 (!?)

 青白い月光を浴び、濡れたように光る『乳母神』の乳房。 それを見たとたん、男の頭の中が真っ白になった。 乳房に目が吸い付けられ、何も考える

ことが出来ない。

 「さ、おあがり」

 赤い乳首が男の前にさらけ出された。 ぎくしゃくとした動きで、男は『乳母神』の乳首を咥え、吸う。 その男の頭を『乳母神』がやさしく抱いた。

 トロリ……

 口の中に水飴の様な『乳母神』の乳が入ってくる。 それは薄い甘みと、母の温もりを備えた甘露であった。

 (ああっ……)

 男は嘆息した。 それを口にした途端、何とも安らかな気分になり、全身から力が抜けていく。 固まっていたからだがほぐれ、ゆるゆるとほどけていく

かのようだ。

 「はぁぁぁ……」

 乳首を咥えられた『乳母神』が喘ぐ。 それは、女としての歓びが感じられる艶っぽい声だった。 その声に男の体が反応する。

 ムクリ……

 男自身が持ち上がり、フンドシで圧迫された。

 「ぐぅっ」 思わず声が漏れる。

 「おや、いかがした? おやおや、おしめがいかぬかえ?」

 男を胸に抱いたまま、『乳母神』が器用に男のフンドシを脱がした。 抑えを失った男自身が跳ねあがり、『乳母神』の手を叩く。

 「おやまぁ。 なんと元気なやや子であろうか」

 『乳母神』はゆったりと笑った。 その笑みに、艶っぽいものが混じっていると感じられたのは、男の見間違いではないだろう。

 「さぁ……妾が鎮めて進ぜよう」

 『乳母神』がそっと男を胸から引きはがした。 男はされるがまま、ただ立ち尽くしている。 

 「ふふ……ほんに元気なやや子よ」

 『乳母神』は男の前に膝をつき、胸元をはだけた。 もう一つの満月が飛び出し、男の下半身を柔らかく叩く。

 「かわいがってしんぜよう……」

 『乳母神』は、乳の谷間に、男自身を迎え入れた。

 「ううっ……」

 張り詰めているように見える『乳母神』の乳房。 その谷間は信じられぬほど柔らかく、そして涼しげだった。 女の肌の涼しさが、熱い男自身から熱を

奪っていく。

 「あ、ああっ……」

 『乳母神』の谷間は桃源郷の如く、柔らかく、心地よかった。 男性自身が包み込まれ、優しく揉み解される。 心地よいものが男性自身から溢れ、男の

全身へと広がっていく。

 「ああ……たまりません……」

 男は夢うつつで呟いた。
 
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