第二十二話 こたつ

7.狂気の選択


 「わわわわ……」

 『黄』はガタガタと震えながら『かまくら』から後ずさった。 『青』の姿はもう見えない。 女の、あの『こたつ』の穴の中に消えてしまったのだ。 次は自分だ。

 「た、助けてくれぇ!!」

 月並みなセリフを残し、『黄』は走りだした。 『かまくら』から、山小屋から、遠くに離れようと。

 ゴォォォォォォ……

 正面から吹雪が吹き付けてくる。 彼を行かせまいと、風と雪のが壁のように立ちはだかる。

 「この、この……このう……」

 前かがみになり、両手をつきだし、もがくように、這うように前進する『黄』。 しかし一歩進んでは転び、起き上がれば強風で後ずさるを繰り返し、進んで

いるのか、戻されているのか自分でもわからない。

 (ここは、吹雪でできたアリジゴクだ……)

 『黄』はそう考えながら、そうであってほしくないと強く願った。

 (逃げるんだ、逃げるんだ……逃げるんだ……)

 ”……きて……”

 (え?)

 ”そっちは寒いわ……”

 「……ひ、ひぃぃぃぃぃ!」

 轟轟とうずまく吹雪の中で、その声ははっきりと聞こえた。 呼んでいる、あの女か、その仲間か知らないが、自分を呼んでいる。 「い、いやだ!」

 ”きて……”

 ズン……

 足が重くなった。 いままでも吹雪の壁で進みずらかった。 しかし、今度は足が鉛のように重くなり、前に進めなくなったのだ。 ”さあ……こっちよ……

こっちは……温いわよ……”

 『温い』、その一言が耳にこびりついて離れない。 『黄』は足を止めた。

 (俺は……何をしているんだ……)

 渦巻く吹雪に逆らい、果てしない道のりを一歩一歩と進んでいる。 しかし、少し戻れば暖かい『こたつ』と、あの女が腕を広げて待っているのだ。

 ”さぁ……きて……”

 女の声には、抗いがたい響きがあった。 『黄』は強まっていく『こたつ』への誘惑に、あらん限りの力で逆らった。

 「まけん、負けんぞ! こたつになんか、こたつになぞ、負けてたまるかぁ!」

 一声叫び、『黄』は地面倒れた。

 (……まけん、負けてたまるか……)

 
 …

 ……

 ………

 「?」

 『黄』はゆっくりと身を起こした。 さっきまでの吹雪が嘘のように静かになっている。 ぐるりと辺りを見回すと、どこかの林の中に倒れていたらしかった。

 「……あそこから……抜け出せたのか?」

 まだ信じられないといった面持ちで、『黄』は雪を払い落し、林の中を進み始めた。 

 
 「よく考えたら、状況はそれほど改善していないな……」

 吹雪はなくなり、あの女達の声も聞こえてこない。 しかし、現状は雪山で遭難中であり、仲間も失った。 早急に対策を取らないと行き倒れになるのは

確実だ。

 「夜が明けるまではどこかでビバークして、体力を温存しないと……」

 大きな木を選び、枝を利用して木の根元に雪洞を作って中に入って座り込む。

 「とにかく、今は生き延びることだ……」

 リュックに手足を突っ込んで極力体温を維持するように努めた。

 「……それにしても、あの女達は一体何だったんだろう……ん?」

 なんとなく外を見ていた『黄』は、遠くに微かにな光が見えるのに気が付いた。

 「明かりだ!……いや、まてよ……」

 嫌な予感がした。 よく見ると、さっきまでの『かまくら』の明かりに似ているような気がする。

 「まさか……そんな!」

 気のせいではなかった。 目が慣れてくると、あの『かまくら』が小さく見え、その入り口から明かりが見えている。 何のことはない。 吹雪がやんだだけで

彼はまだ、あの恐ろしい女達のいる山小屋や『かまくら』が見えるところにいるのだった。

 「に、逃げないと……」

 慌てて雪洞からでて、リュックを背負う……が、手足が動かない。

 「ど、どうして……」

 一瞬、あの女達が何かしているのかと思った。 がそうではなかった。 もはや逃げだす体力も残っていないのだ。

 「だ、だめか……」

 ”きて……”

 「ま、また……」

 ”そのままそこにいたら……行き倒れよ……”

 「な、なにを言う! お前たちにつかまったら……その『こたつ」の中で!」

 ”貴方は……生き倒れになりたいの?”

 「なに?」

 ”それよりは……私たちの中に……おいでなさい……ここは……暖かいわよ……”

 『こたつ』の女が誘っている。 抗いがたい響きを持ったその声に、動かないはずの手が動き、足がそちらに向かう。

 「か、体が……俺に、なにをした!?」

 ”なにもしていないわ……”

 「嘘をつくな! 現にこうして……」

 ”私達は温もりを用意するだけ……そうしていれば山で迷った人や獣は、温もりを求めて私達の処にやって来る……ただ、それだけ……”

 「え? しかし吹雪が……そう、あの吹雪は!」

 ”ただの吹雪よ……山の形のせいで、ここを取り巻くように吹雪が起きる……だから迷った人や獣はここで行き倒れる……だから私達は、ここに巣くった

……”

 「あ……」

 彼女達の言うことが真実であれば、少なくとも吹雪については彼女達のせいではない事になる。

 "ここまで来たものは、誰も助からない……みな行き倒れて骨になる……それよりは……ね?……おいでなさい……"

 『黄』の目の前に『かまくら』があった。 『青』を誘い込んだものとは別物だ。 そして、その中には……『こたつ』が置いてあった。 『黄』の凍えた体には、

もう『こたつ』の誘惑に打ち勝つ力は残っていなかった。

 
 「暖かい……」

 『かまくら』の中は予想以上に暖かく、『こたつ』の中はまさに極楽だった。 人肌のぬくもりが、凍った手足を溶かしていく。

 「まぁ、こんなに冷え切って……寒かったでしょうに……」

 『こたつ』の向かい側にいる女が、『黄』の手をいたわる様に摩ってくれる。 女の手はやや滑っているが、冬山の吹雪で凍えて荒れた肌には干天の慈雨の

ごときであった。

 「ああ……」

 『黄』は手を女に愛撫されるがままになりながら、彼女に尋ねる。

 「あんたらは……こうやって迷ってきた人や獣を……喰うのか?」

 女は、あいまいに笑って見せた。

 「あたまから齧ったりはしません……ただこうして、私たちの中にお迎えして……蕩かしてあげるだけです」

 そう女が言うと、『黄』の足にヌルヌルしたものが巻き付いてきた。 女の秘所の一部らしい。 『黄』がやけ気味に、女にされるがままになっていると、

ヌルヌルしたものは彼の股間に優しく巻き付いてくる。

 「う……」

 ヌルヌルした感触は、肌を通して中にまで浸透してくるような感じがする。 自分自身が膨れ上がり、言うことをきかなくなっくる。

 「妙な感じだ……」

 「でも、不快ではないでしょう?」

 「ああ……むしろ……」

 股間が固くなってくるにつれ、目の前の女が愛しくなってくる。

 「……心地よい」

 「そうでしょうとも……」

 女は着物を緩め、胸元を見せる。 白い谷間が『黄』を誘う。

 「さぁ……」

 『黄』は身を乗り出し、女の胸元に顔をうずめた。 予想通りにヌメヌメする肌が彼を迎えた。 その異質な肌触りが、すぐに心地よくなってくる。

 「ああ……ヌルヌルして気持ちがいい……」

 「そうでしょうとも、皆さま随喜の涙を流して、私に、私達に身を任せられましたもの……」

 女の物言いをを聞きながら、『黄』はこの女達が妖であることを再認識した。 男を誘い狂わせる、魔性の者だ。 だが、彼にはこの女達に身を任せるか、

雪の中で凍死するかの二者択一しかない。 ならば……

 「ああ……」

 『黄』は『こたつ』の天版を払いのけ、『こたつ』を持ち上げて脇にどかした。 はずみで女の着物が脱げ、ヌメヌメと光る白い女体と、その体に続く巨大な

女陰が露わになる。 その女陰に、彼は足を突っ込んでいるのだ。

 「やるぞ……」

 そう言いい放った『黄』は、登山服を、下着を次々に脱ぎ捨てると、魔性の女の女陰に腰までをずっぼりとさし入れ、歓喜の声をあげる白い女体を抱きしめた。

 ヌメヌメと滑る女体が、彼を妖しい快楽の中へと誘う。

 「ああ……」

 『かまくら』の中が、男女の嬌声で満たされた。

 【<<】【>>】


【第二十二話 こたつ:目次】

【小説の部屋:トップ】