第二十二話 こたつ

5.『中』から『外』へ


 「あ、『赤』が……」

 「な、な、な……なぁっ!」

 『青』と『黄』はシュラフを破かんばかりの勢いで開き、枕にしていたリュックを掴むと、板戸を開いて外へと逃げだそうとした。

 ゴウッ!

 猛烈な吹雪が白い壁となって二人を押し戻そうとする。 しかし恐怖に後押しされ、二人は白い闇の中へと飛び出した。

 「逃げろ! 逃げるんだぁ」

 「ああ!」

 ためらっている場合ではない。 いかに吹雪が凄まじかろうとも、女の化け物に喰われるよりはましだ。

 ゴゥゥゥゥゥ!!

 「前、前が見えねぇ!!」 『黄』がゴーグルをはらいながら言う。

 「進むんだ! 戻ったら、『赤』と同じ目にあうぞ!!」 『青』が『黄』を叱咤する。

 叩きつける雪が石つぶてのようだ。 一歩進むのに、渾身の力が必要だ。

 「あの小屋から離れるんだ!!」 『青』が言った

 「どこまで逃げりゃいいんだぁ!?」 『黄』が聞き返す。

 「あの行き倒れの骨の辺りだろう!?」

 『青』の答えに『黄』が考えこむ。

 「このままだと……やっぱり俺達も行き倒れの仲間入りか」

 「とは限らんだろう! ここを離れてビバークできる場所を見つければ……」

 答えた『青』だったが、猛烈な吹雪は容赦なく二人の体力を奪っていく。

 「くそう……む?」

 突然目の前に黒い壁が現れた、触ってみると板でできた小屋の壁だ。

 「ここにも、小屋が?」

 「いや、これはさっきの小屋だ!?」

 二人は顔を見合わせた。

 「ばかな、ずっと風に向かって歩いていたんだぞ!?」

 「風が巻いているのかも! この吹雪じゃ方向も判らんし!」

 板壁に風が当たって渦を巻いている。 しかし、壁の傍は開けた場所よりは風の勢いがないようだ。

 「ここに雪洞を作ろう!」 『青』が言った。

 「ばかな、中にはあの女が!?」 『黄』が反対する。

 「だから中に入らず。 ここで吹雪がやむのを待つんだ」 『青』が主張する。

 「……」

 考え込んだ『黄』だったが、選択の余地はなさそうだった。 二人は小屋の周りをまわり、風が一番弱くなる場所に雪洞を作り、中に入り、小屋の板壁を背に

して座り込んだ。

 「リュックの中に手足を入れるんだ」 『青』が指示する。

 「ああ……ストーブで温まるか」

 「一つずつ使おう」

 ストーブを点火すると、狭い雪洞の中が炎の色に照らし出される。

 
 「……」

 「静かになったな……」

 二人はなんとなく耳をすました。 この板壁がさっきの小屋であれば、この向こうにはあの女がいるはずなのだ。

 「ホラー映画だと、この後は板壁をぶち抜いて化け物が……」

 「よせよ。 この状況じゃシャレにならないぞ」

 『青』が『黄』をたしなめ、二人は押し黙った。

 ……あ

 ビクッ!

 二人は顔を見合わせた。 板壁の向こうから、女の声が聞こえたのだ。

 「や、やっぱり」

 「ああ」

 ……ああ……もっと……もっと……

 「……おい『青』」

 「なんだよ」

 「まだ続いているという事は……『赤』は女の中で、生きているんじゃ」

 「ばか言うな。 お前も見たろう。 『赤』が女の胎内に呑み込まれるのを……」

 「ああ、しかしあそこは女の口じゃないよな」

 『黄』が言うと『青』は呆れたように言い返す。

 「そんなことわかるもんか? あの『穴』があの女の何なのかなんて?」

 「だからさ……あれは女の……」

 ……秘所……

 「そう、それ」

 『黄』はそう言ってから怪訝な顔をした。

 「『青』お前か? 『秘所』って言ったのは」

 「俺じゃないぞ」

 『青』はそう言ってから、声を潜めた。

 「中に聞こえてるんじゃないのか? ここにいることが知れるとまずいぞ」

 「う……そうだな……」

 ……ふふ……そこは寒いでしょうに……

 『黄』が真っ青になった。 中の女に居所がばれたと思ったのだ。 『青』が首をかしげた。

 「声のした方が違ったような……」

 「そ、そうか?……どっちでもいい、ここを離れた方が……」

 『黄』がそう言った時、雪洞の入り口から見える闇の中に、ぽっと明かりがともった。

 「や?」 「なんだ?」

 『青』と『黄』はそちらを見て息を呑んだ。 いつの間にか、雪洞と向かい合う様に雪の家……『かまくら』ができていたのだ。 二人が見た灯りは、その中に

灯された灯りだったのだ。

 ……ふふふ……そこは寒いでしょうに……

 『かまくら』の中から、女の声がする。 小屋の中の女の声に似た、艶っぽい。ねっとりとした声だ。

 「あ、あれ……」

 「こ、『こたつ』……」

 二人はそこに、『こたつ』に入った女がいるのを見た。 暖かそうな灯りの中で、女が手招きしている。

 ……さぁ……オイデなさい……暖かいですよ……

 女の声は、ねっとりと耳に絡みつく様だった。 灯りに照らされた『かまくら』の中は、居心地がよさそうに見えた。

 「あ……」

 「あったかそう……」

 二人は、目を開けたまま夢を見ているかのような気分になってきた。 白と黒の非現実的な世界の中で、『かまくら』の中の温もりだけが、現実であるか

のように見えた。

 「……」

 女を見つめたまま『青』が雪洞を出る。 荒れ狂っていた吹雪は、いつの間にかぴたりとやみ、サクサクと『青』の足音だけが静かに響く。

 「……あ……」

 『黄』は『青』を呼び止めようと口を開きかけた。 しかし声が出ない。 いや、声は出ているはずなのに音にならないようだ。 まるで、『青』が女の元に

向かうのを邪魔させないために、闇が音を吸い込んでいるかのようだった。

 
 サクサクッ……

 『青』は『かまくら』にたどり着くと、吸い込まれるように中に入った。 中には小屋の女とよく似た雰囲気の、薄青色の衣をまとった女が、『こたつ』のなか

から手招きしている。

 「おいでなさいまし……」

 女に誘われるまま、『青』は『こたつ』に足を入れる。 中は生暖かかった。

 「ようこそ、おいでなさいました……」

 そう言って、女は嫣然と微笑んだ。 

 「あ……ああ」

 『青』は生返事をして、女の顔をまじまじと見つめた。 『こたつ』の温もりがじわじわと体に沁みとおり、冷え切った体がほぐれてい行く。

 「暖かい……」

 呟くと、女が含み笑いをする。

 「それはようございました。 ゆるりと温まってくださいまし」

 女がそう言うと、ヌルヌルとした生暖かいものが『青』の足に触った。 ヌルヌルした感触で、足に絡みついてくる。

 「これは……」

 ぼーっとした口調で『青』が尋ねる。

 「ほほ……それは私の『秘所』の一部……さぁ……温めてあげましょう……」

 ヌルヌルとしたそれは、人肌の温もりを足に伝えながら、蛇の様に『青』のズボンの中へと潜り込んできた。

 ブルッ

 『青』の体が震えた。 しかし、それは寒さの為ではなかった。
 
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