第二十二話 こたつ

3.『こたつ』の『穴』


 三人は小屋に向かった。 相変わらず激しい吹雪が続いているが、不思議なことに迷うことなく戻ってこれた。

 「中には……」

 「いるだろうな……どうする?」 『青』が呟く。

 「さっきの様子だと、あの女『穴』の一部の様だった。 あそこから動けないんじゃないかな」と『黄』が応じた。

 「希望的観測過ぎないか? それって」『青』不安そうに言った。

 「ああそうだな。 しかし、あそこから動けるなら、俺達を取り逃がすこともなかったし、あの骸骨たちもあそこに転がっていることもないんじゃないのか?」 

と『赤』が言った。

 僅かに迷った三人だったが、思い切って扉を開けて中に入り扉を閉めた。 途端に不自然な静寂が三人を包む。

 「お帰りなさいまし」

 背後からの声に恐る恐る振り向くと、さっきと変わらぬたたずまいで、こたつに入った女がこちらを見ていた。

 「どうぞ、こちらにて暖を取られなさいまし」

 絡みつくような女の誘いを無視し、三人は扉のすぐわきの土間に腰を下ろし、携帯ストーブを出して暖を取りはじめた。 背中に女の視線を感じながら、

この後のことを相談する。

 「どうする?」

 「無視するにかぎる……あ、いや、一人が必ず起きていて、怪しい動きがあったらすぐに逃げ出す」

 「そうだな。 シュラフに入っていれば、体温も維持できるだろう」

 「食料がほとんど残っていないからな……せめて茶を呑むか」

 コッヘルに雪をつめて、ストーブで溶かすと、すぐに白い湯気が立ち上りはじめた。 三人は、リュックの中からティーバッグを出して茶を入れ、黙ってそれを

口にした。 茶のぬくもりに凍えた体が溶けていく様だった。

 「俺がしばらく起きてる。 お前らは先に休め」

 『赤』の言葉に、『青』と『黄』が頷いた。 二人はシュラフに潜り込んで横になった。

 
 「……」

 『赤』はシュラフで寝ている二人をみ、ちらりと背後に視線を投げる。 あの女は相変わらずこちらを見ている。 こたつの下に空いた『穴』の縁から生えた

化け物女が。

 (しかし……一体あの女はなんなんだろう……)

 外でみた骸骨は、ここから逃げ出して行き倒れたのだろう。 自分たちも、あそこに留まっていれば同じ運命が待っていたのだろう。 しかし……

 (ここに留まっていたら、どうなるんだ?)

 一瞬しか見ていないが、あの『穴』の内壁は生き物の粘膜の様に見えた。

 (とすると腸のような消化器官……いや、女の下腹の『穴』と言うと……だはは)

 『赤』はじぶんの下卑た考えに苦笑した。

 (妖怪か何かか? 雪女みたいな……イメージが違うなぁ……)

 「もし、『赤』い服の方」

 「ひっ!?」

 突然女から話しかけられ『赤』は飛び上がった。

 「お、脅かすな!」(ちっ、答えちまった。)

 「すみません。 いかがです? こちらに来て温まりませんこと?」

 「……」

 『赤』は不機嫌そうに黙り込み、女に背を向けた。

 (余裕たっぷりの態度が気に入らないな)

 『赤』は女を無視しながら、同時に警戒を続けていたが、これはやってみると意外に難しく、疲れるものだった。

 (あっちを見ていた方がいいのかな……しかし、意識していると思われるのも……)

 「ふふっ……」

 女が含み笑いをしたようだった。 その笑い方がまた癇に障る。

 (何かする気か?)

 「何かする気か……とお思いですか?」

 『赤』は思わず振り向いた。

 「心を……読めるのか?」

 「いえいえ……皆さん、同じようになさるので」

 女は笑みを含んだ声で答えたが、『赤』は女が自分の心を読んだ、という疑い拭いきれなかった。

 (どうにも怪しいな、肩越しで見ていると首が疲れるし……こうなったら真っ向から見張ってやる)

 『赤』一度腰を上げると、女の方に向き直って腰を下ろした。 そして、女を睨みつける。

 「……」

 「……」

 こたつに入っている女と『赤』はだまって互いを見つめ合った。 気まずいような、いたたまれないような奇妙な空気が二人の間に流れる。

 「あの……こちらであたたまりませんか?」

 三度女が誘う。 『赤』は口をへの字にして耐えていたが、こらえきれなくなり口を開いた。

 「……温まるって、その『穴』はなんだ? あんたの……口じゃないのか?」

 「ええ……『下の口』でございます」

 「ち、やっぱり……って『下の口』?」

 女の答えは予想の範囲内であったが、あっさりそう言われ『赤』はちょっと顔を赤らめた。

 「……『下の口』って……そこで温まっていけって言うのか? ええ?」

 『赤』はことさらに伝法な口調で言ったが、女は平然と頷いた。

 「殿方にとって、女の体で暖を取ることはこの上なく楽しい事でありましょう? 暖かいですよ、私の胎内は……」


 フフッ…… フフフッ……


 「そ、そりゃそうだろうが……あ、あんたは化け……い、いや人じゃないんだろう?」

 「その通りですが……私は女でございますよ……」


 フフッ…… オンナヨ……ワタシハオンナ……


 「ん……そ、それは判るが……だからと言って……俺がそこで暖を取る理由はない……だろう?」

 「いえ、貴方さまは『男』でございましょう……それで十分ではありませんか……」


 クフフッ…… オトコ……アナタハオトコ……


 「……そ、それは……俺は男だが……」

 「ではそれだけでよろしいではありませんか……」


 サア…… オイデナサイ……ワタシノ……ワタシノナカヘ……


 『赤』は無言で立ち上がり、静かに登山靴を脱ぐと、足音を忍ばせる様にして女に近づき、向かい合う位置でこたつに足を入れた。 (……近くで見ると……

けっこうな……いやかなりの別嬪さんだな……)

 女の肌は透き通る様に白く、薄青色の着物の合わせ目から匂い立つような色気が溢れている。 女の匂いが『赤』の鼻孔をくすぐった。

 (……なんでおれはこんなに近くで見ているんだろう?……)

 冷え切った手を、こたつの中に入れて温めながら、『赤』は疑問に思った。 とその足にヌルリとしたものが触る。

 「い?」

 「あら、ご無礼を……」

 女が微笑みながら頭を軽く下げる。 しかし、ヌルヌルとしたものは『赤』の足をくすぐる様に触り続け、ズボンの裾から入ってきてしまった。

 「な、なんか蛇みたいなのが……足に絡んで来るぞ?」

 『赤』は冷静な口調で言った。 正体不明のモノが足に巻き付いてきたら慌てそうなものだが、不思議なぐらい心が騒がない。

 「蛇ではありませんは。 それは……その……私の淫……壁のようなもので……」

 ほんのりと顔を赤らめ、うつむき加減に女が言った。

 「その……男の方の……モノに……巻き付いて行く……習性が……」

 「そ、そうでしたか……うわ……」

 ヌルヌルした蛇の様な触手が、ズボンの中を上って来て、とうとう『赤』のパンツの中に入ってきてしまった。 恥ずかし気な様子の女と裏腹に、触手の方は

大胆に『赤』自身を弄っている。

 「ヌ……ヌルヌルして……変な感じですが……」

 「す、すみません……久しぶりの殿方に……抑えがきかなくて」

 ヌルヌルした触手は一本だけではないようで、こたつの中に突っ込んだ足に何本もの触手がからんでいる感触があった。 普通だったら嫌悪感に飛び

上がりそうなものだが、やはり『赤』は平然としていた。

 「そ、そんなに触られると……ああ……」

 「すみません……でも……よろしいでしょう?……」

 『赤』と女の息が荒くなってきた。 はた目には二人はこたつで暖を取っているようにしか見えないのだが。

 「な、なんか……息子に……被さって……」

 「うふっ……それは貴方さまをお迎えするための……あは……モノ」

 ヌルヌルしたモノが、『赤』自身を包み込み、ウネウネと蠕動している。 それも女の一部なのだろう。 不思議な高ぶりが、『赤』自身を痺れさせていく。

 「いい……気持ち……なんか……いきそうです……」

 「どうぞ……ああ……いって……きて……私の中に……」

 腰からを包む甘い痺れ、それが頭にまで上り、『赤』の全身を包み込む。 不思議なくらい優しい動きで、触手が語り掛けてくる。

 イッテ……キテ……

 「いくよ……ああ……」

 『赤』は甘い快感に身を委ねた。 体を包む痺れが股間に集まり、そして触手の中へと吐き出されていく。

 「ああっ?……ああっ……あああっ……」

 トクトクと『赤』自身が蠢き、ドロリとしたものが、『赤』自身を包み込んだ触手の中へと吐き出されていく。 『赤』は、自分がヌルヌルした触手の中に吸い

込まれ、包み込まれていく様な不思議な陶酔感に身を震わせた。

 
 フハァ……

 『赤』が息を吐き、女が満足げなため息をつく。

 「いかがでした?……」

 「とっても……いい気持ちでした……あなたの中に……吸い込まれてしまったような……」

 陶然とした顔で『赤』は答えた。

 「ええ……そのとおりです……あなたの魂は……もう私のモノ……」

 女は妖しく笑い、『穴』の縁と繋がっている自分の腹を撫でた。

 「ふぁっ!」

 『赤』はびくりと身を震わせた。 まるで自分が撫でられたかのように。

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