第二十二話 こたつ

2.山小屋の『こたつ』


 『赤』『青』『黄』は互いに顔を見合わせ、それから女を見た。 小屋の入ってすぐの場所は畳四畳ほどの土間で、その先は畳八畳ほどの板の間になって

いる。 こたつが置いてあるのは板の間中央辺りだ。

 「山小屋に……こたつ?」

 「ふつうはストーブか……せめて囲炉裏じゃないか?」

 『赤』と『青」が首をひねった。

 「まぁ、いいじゃないか。 暖を取れるなら」

 『黄』が登山服の雪をはらいながら言い、他の2人も頷いた。 三人は、板の間の端に腰を下ろし、分厚い手袋を取って登山靴の紐をほどき、女が暖を

取っている『こたつ』に歩み寄った。 近くで見ると、天板もこたつ布団もかなり年季が入っているようだった。 三人は口々に礼を言いながら、こたつ布団を

めくって足を突っ込んだ。

 「どうも、どうも。 ここは貴方の小屋ですか? すみませんがちょっと温まらせてください」

 「いやあ助かった……お?」

 「掘りごたつ? ははぁ、囲炉裏か何かのあった場所を使ったんですね」

 温もりを求めて足を突っ込み、手を布団の中に入れた。 思ったほど暖かくない。

 「なんか……ぬるいですね」

 「のぼせない様に、火を絞ってるんだろう」

 「火? 電気じゃなくて?」

 「掘りごたつなら、炭火じゃないんですか? ねぇ」

 わいわい言いながら、三人はあらためて女を見た。 整った顔立ちをしているが、年齢が良く判らない。 最初は自分たちと同年代のように見えたが、

近くでみるともっと年がいっているようにも見える。 薄青色の着物を着ていて、それほど厚着しているようにも見えないが、寒がっている様子もない。

 「あまり熱いのは宜しくないでしょう……」

 彼女はそう言って微笑んで見せた。 奇妙に色っぽい笑みで、三人は背筋がむずむずするのを感じた。

 
 ピト……

 (ん?)

 『黄』は足首の辺りに何かが触れるのを感じた。 靴下ごしなので良く判らないが、少し冷たいもののようだ。

 (だれかの足だな。 『赤』か『青』か……)

 ちらりと二人を見ると、視線がぶつかった。 二人も同じように感じているようだ。

 (なんだ? 子供じゃあるまいし……)

 『黄』は、二人のうちどちらかが足を伸ばしたらしいと思った。 こたつ布団をめくってみれば一目でわかるのだろうが、向かいには女の人が座っている。 

こたつの布団をめくるのは失礼と言うものだろう。 さりとて、小屋の主の前で口論を始めるのもみっともないだろう。

 (やめろよな)

 心のなかで言いながら、足を少し動かして触っているものを軽くけった。

 ピトリ……

 (あれ?)

 誰かの足をけったつもりだったが、けりごたえが軽く、紐か何かの様だ。 そして、その紐みたいなものが足首に軽く巻き付いたようだ。

 (んー……電気のコードか何かか? 誰かの足に引っかかって、こっちの足に触れたのか?)

 『黄』は布団の中で何が起きているのか、あれこれ考えたが、しっくりくる答えが見つからない。 そっと表情を伺うと、『赤』と『青』も怪訝な表情をしている。 

と、『赤』が口を開いた。

 「誰だ? 俺の足に触ってるのは」

 言いながら『赤』は布団をめくって中を見た。

 「失礼じゃないのかい」 と『青』が言った。

 「そうだったな……ん?」

 顔を上げかけた『赤』が眉をしかめ、『こたつ』の中を凝視する。 それを見た『青』が再びたしなめようとした。

 「うわぁ!?」

 突然『赤』が叫び声をあげて飛び下がり、そのまま小屋の壁まで後ずさる。

 「おい、静かにしないか。 何をふざけてるんだ」 と『青』が言った。

 「な、な、中に……いや、中が……」 『赤』が『こたつ』を指さす。

 「は?」

 『青』は眉をしかめて『赤』を見た。 『赤』は恐怖の表情で『こたつ』を見ている。

 「何があるってんだ、まったく…… すみません、あいつ悪ふざけが好きな奴でして。 ちょっと中を拝見します」

 『青』は女に断ると、『赤』と同じようにこたつ布団をめくった。

 「……ん?……え?」

 『青』は、瞬きして目を擦り、もう一度『こたつ』の中を見た。

 「……うわあっ!?」

 『青』は一声叫ぶと、『赤』と同じように『こたつ』から飛び離れた。 残された『黄』は、途方に暮れた様に『赤』と『青』を交互に見る。 二人とも、驚愕と

恐怖の入れ混じった表情をしている。 『黄』は仕方なく女に頭を下げた。

 「すみません。 こたつの中を拝見してよろしいでしょうか」

 「どうぞ……」 笑みを絶やさぬまま女が応えた。

 「……」

 『黄』は無言でこたつ布団をめくり……そのまま固まった。 それからおもむろに天板を持ち上げて脇の床に置き、布団と『こたつ』を一気に取り払った。

 『!!』

 こたつが取り払われた後の床に、直径2mほどの丸い穴が開いていた。 そしてその穴は……生きていた。 いや、生き物のように見えた。 穴の中は

赤黒く、ヌメヌメと光り、緩やかに蠢いている。 そして穴の壁にはいく本かの触手の様なものが生え、ゆらゆらと蠢いている。

 「こ、こ、こ……」 『赤』が恐怖の声を上げる。

 「これは何なんです、これは……あっ!?」

 女に詰問しかけた『青』は、途中で声を詰まらせた。 女の体が、穴の縁にくっついているに気が付いたのだ。 そして女には、足がなかった。

 「……つ、つ、つまり。 この穴はあ、あ、貴女の体の一部、いや、貴女がこの『穴』の一部……」

 「ど、どっちでもいい!! ば、ば、化け物だぁ」

 『黄』が叫び、土間へと飛び降り登山靴に足を突っ込む。

 「置いてくなぁ!!」

 「おれも!」

 『赤』『青』が続き、三人は登山靴をつっかけて板戸に突進、押し開けようとするがびくともしない。

 「閉じ込められたぁ!!」 絶叫する三人。

 「引き戸ですよ」 背後から冷静に女が指摘する。

 一瞬三人は顔を見合わせ、慌てて引き戸をがらりと開けた。

 ゴォォォォォォォォ!!

 渦巻く吹雪と容赦ない風に怯み、三人は後ずさる。 それから勢いをつけて吹雪の中に飛び出し、慌てふためいて走っていった。

 「……外は寒いでしょうに……うふふ……」

 女が含み笑いをすると、引き戸がひとりでに閉まり、小屋の中に静寂が戻った。
 

 「ここはどこだぁ!!」

 「小屋から20mぐらいだろう!!」

 三人は、吹雪に負けない様に大声を出しながら進む。

 「し、しまった!! リュックを置いてきちまった!!」

 『赤』の叫びに『青』と『黄』は愕然とする。

 「何をやってるんだぁぁぁ!!」

 「ばっかやろう!!」

 「お前だって忘れてきたろうが!!」

 ののしり合いながら歩を進める三人。 と『赤』は何かを踏み砕いたことに気が付いた。 足元の雪をかき分けると、足の下で人骨らしきものが砕けていた。

 「み、みろ!! きっとあいつに喰われたんだ!!」 『赤』が言った。

 「……来るときに見た骸骨もそうだったのか!!」 『青』が同意する。

 「いやまて!! あの女、穴の縁から生えてたぞ!!」 『黄』が考えながら言った。

 「それがどうしたぁ!!」

 「ひょっとして、あそこから動けないんじゃないのか!!」

 「何言ってる!! じゃぁこの骨はなんだぁ!!」

 「俺たちみたいに、逃げ出してきて……ここで凍死した……」

 『黄』の言葉の最後の方は二人には聞こえなかったが、言いたいことは伝わった。

 「このままじゃ……俺たちも凍死か……」

 「あすこに……戻ろう」

 『黄』の言葉に、二人が驚愕する。

 「正気か!?」

 「あの女が動けないとすれば、近づかなければ大丈夫だ」

 「そんなこと、判るものか!」

 「ここにいれば、確実に凍死する。 荷物を回収して、土間でビバークすれば凍死は免れるだろう」

 『黄』の提案に、『赤』と『青』は考え込んだ。

 「化け物に喰われるか……凍死するか……」

 「あの女が人食いの化け物とは限らない。 リスクはあるが、100%の凍死よりはましだ」

 三人は顔を見合わせた。

 「やむを得ん」

 「ああ」

 「あの小屋に戻ろう」

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