第二十二話 こたつ

1.吹雪の山


 蒼氷色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らし出されたのは……雪焼けした若い男だった。 あざやかな黄色の冬用の登山服を着ている。

 「……」

 しかし、いつもと違いロウソクの炎が彼の眼前で揺らめいている。 というのも彼はこたつを持ち込み、そこで暖を取っていったからだ。 そしてロウソクは、

そのこたつの上に立てられていた。 滝と志戸は、男とこたつを交互に見て、どう話を切り出したものかと悩んでいた。

 「えと、良いこたつですね……」

 「年季を感じますよ……」

 志戸はそう言ってから、こたつが相当に古い品であることに気が付いた。 

 「この……こたつにまつわる話をしようと思っています」

 「そ、そうですか……」

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 ごうごうと音を立てて雪が舞う。 荒々しい雪の嵐に覆われた山、そこに動物の気配はない。 あるものは洞窟にこもり、あるものは木のうろに身を隠し、

あるものは岩の陰に隠れ、無慈悲な白い死神の鎌が通り過ぎるのをじっと待っていた。 

 ゴォォォォォォ

 白い死神が咆哮する詩の世界、そこに果敢に挑む男たちの姿があった。 赤、青、黄の登山服に身を包んだ三人の男たちが、一寸先も見えない白い闇の

尾根を、一列になって歩いている。

 「……こ……ど……」

 先頭の赤い登山服の男が何か言ったが風の音にかき消され、ほとんど聞き取れない。

 「……ば……と……」

 2番目を歩く青い登山服の男が答えたようだが、これも全く言葉になっていない。

 「ど……どこかに避難しよう!!」

 しんがりの黄色い服の男が大声で言った。

 「んなことは判っている! こんなところじゃ、雪洞も掘れん! なんとか風が当たらん場所に!!」

 『青』が『黄』に言い返し、『赤』が三人を繋ぐザイルを引っ張った。

 「無駄口叩くな!! 体力を消耗するだけだ!!」

 「じゃぁここはどこなんだよ!!」

 『青』が怒鳴り返し、『赤』は登山服のポケットからGPSを取り出し、表示を改める。


 『(-_-;)……』

 
 「ふざけるな! ここはどこだぁ!! なんでもいいから表示しろい!!」

 ぶんぶんとGPSを振り回し、再び表示を確認する。


 『……Magister……』


 「は?……マギ……いや、マジステール?……おわぁ!?」

 突然『赤』の足元が崩れ、体が宙に舞った。

 「雪庇か!?」

 「滑落するぅ!」

 三人の男は、白い闇の中、雪の斜面を転がり落ちていった。

 
 「……いてて」

 「お、生きてるか」

 「あいて……どこだ」

 三人は、吹き溜まりの中からはい出した。 相変わらずの吹雪だが、尾根から中腹に落ちたせいか、風がやや弱まったようだ。

 「お? ここは平地だぞ!!」

 「本当だ……まさか沢の上じゃないのか!!」

 「判らん。 斜面を上がろう!!」

 滑落したのだから、近くに斜面があるはずだった。 しかし、ぐるりを見回しても斜面も崖も見当たらない。

 「おかしいなぁ!!」

 「まて、向こうに何かある!!」

 『赤』が大声で言い、吹雪の向こうを指さした。 『青』と『黄』がそちらを見ると、白黒の視界の中に、かすかに赤いものが見えた。

 「なんだあれは!!」

 「判らんが、人工物に間違いない!!」

 「よし、行ってみよう!!」

 三人は、一列になって赤い何かを目印に歩き始めた。

 
 「確かに何かだったが!!」

 「俺たちの未来か!!」

 「縁起でもない!!」

 三人の足元には、赤いアノラックを着た骸骨が転がっていた。 遺体は一つではなかった。 登山服やぼろ切れをまとった骸骨が、ほかにも3つ転がって

いる。

 「ここは、サルガッソー山かぁ!!」

 「なんだぁそれはぁぁぁ!!」

 風に負けないように怒鳴り合っているので、しゃべるだけでも体力がいる。 しかし、骸骨を前に黙ってしまうと気持ちが萎えてしまいそうで、三人とも

怒鳴り続けていた。

 「まて、なんか変だ!!」

 『黄』はそう言うと、骸骨たちを指で示した。

 「見ろよ!! みんなこっち向きに倒れてる!!」

 「だからどおした!!」

 「風のせいじゃないのかぁぁぁ!!」

 「みんな、あっちから来たってことじゃないのかぁぁぁ!!」

 『黄』は骸骨の足の方を指さし、『赤』と『黄』もそちらを見た。

 「おい……何か見えなかったか!!」

 「気のせい……いや、何かあるぞ!!」

 「どうする!!」

 三人は顔を見合わせた、骸骨たちの足が向いている方だから、彼らはそこから来たのかもしれない。

 「行こう!!」

 「ここにいても!! 骸骨が増えるだけだ!!」

 「縁起でもない!!」

 三人はリュックを担ぎなおし、骸骨たちの足のほうに歩いて行く。 5分と歩かないうちに、小屋が見えてきた。

 「や、山小屋だぁぁ!!」

 「助かったぁぁぁ!!」

 三人は、歓声を上げ『山小屋』に駆け寄った。

 「……随分と華奢な造りだなぁ!!」

 「と言うか、古い造りだぞ!!」

 その『山小屋』は木造で、電線も煙突もアンテナも見当たらなかった。 現代の山小屋であれば、ほとんどの場合、電気が引かれているか、自家発電

装置が備わっているだろう。 緊急避難用の無人の小屋だとしても、通信機が置かれ、アンテナぐらいはあるはずだ。

 「昔の炭焼き小屋じゃないのか!!」

 「だとしても今は助かる!! 中に入ろう!!」

 三人は、小屋の周りを周って板戸を見つけ、そこを引き開けて中に飛び込んだ。 寒さを断ち切ろうと、扉を急いで閉める。

 「うわぁ、助かった!!」

 「大声出すなよ。 ここは静かじゃないか」

 『赤』がそう言い、『青』と『黄』は顔を見合わせた。 確かにさっきまでの猛吹雪の風の音がしない。 しかし外では大声で怒鳴り合ってさえ、聞き取り

ずらいほどの風の音がしていたのだ。 板戸一枚で遮れるような音ではなかったはずだ。

 「……」

 『黄』は少しだけ板戸を開けてみた。 ものすごい風の音が、隙間から小屋の中に流れ込んできた。

 ピシャン

 板戸を閉めると、小屋の中に静寂が戻ってくる。

 「すごい防音効果だなぁ……」

 「ええ、外の音は全く聞こえませんわ」

 背後から女の声がし、三人は驚いて振り向いた。

 「寒かったでしょう。 どうぞお入りなさいな」

 小屋の中、板の間の中央に『こたつ』が置かれ、薄青色の着物を着た女がそこで暖を取っていた。

 「さ、どうぞ」

 女は三人に微笑んだ。

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