第二十一話 骨喰の宿

29.格安の宿 その拾弐


 ザーッ……

 TV画面を砂嵐が覆い、それが井戸の画像に変わった……が、すぐに4人が首をかしげた。

 「何か変ね?」「白いけむり?……」「いえ、湯気みたい?」「ポッポー♪」

 井戸から白い着物を着た女が、ズボッ!という感じで飛び出してきた。 その全身から、湯気が立ち上っている。

 「あれ?井戸が温泉になったの?」と麻美。

 「違うわ。 怒りの感情が燃え上がっているせいよ、きっと」とエミ。

 エミの見方が当たっているようで、白い着物の女は肩を怒らせ、ズンズンズンと足音を響かせてこちらに迫ってくる。 

 「うわー、無茶苦茶怒っている」と麻美。

 「怖いことは怖いけど、ちょっと違うわね……さてどうするの?」

 エミがミスティを振り返ったが、彼女は気にした様子もなくヘラヘラ笑っている。 その間に白い着物の女はTV画面のすぐ向こうまでやって来て、ズボッ!と

いう感じでこちらに半身を突き出す……が、そこでぴたりと静止した。

 「あら?」

 麻美とエミは首をかしげ、ミスティを振り返って得心する。 ミスティはビデオのリモコンを手にし、『一時停止』ボタンを押していたのだ。

 「なるほど」とエミが手を打つ。

 「ふっふっ。 今度はこれだ♪」

 ミスティがポチッと『巻戻し』ボタンを押すと、白い着物の女は画面の中に戻り、そのまま後ろ向きに歩いて井戸の中に姿を消した。

 「どうだ!電脳小悪魔の力! 恐れ入ったか!」

 「そんな御大層なものなの」と麻美。

 「ビデオのボタンを押しただけじゃないの。 せいぜい、家電小悪魔がいいところよ」

 「『家電小悪魔』? それは何? 炊飯器を操ってごはんを炊いたり、洗濯機を操って服を洗うの?」とスーチャン。

 「それじゃただのお手伝いさんよ」とエミ。

 あはははーと三人に笑われ、むくれるミスティ。 その時、ビデオが『巻戻し』から『再生』に切り替わった。

 「あれ? また出てくる気かな? しょうこりもなく♪」

 ミスティの言った通り、画面の中では井戸から白い着物の服の女が出てくるところだった。 しかし、今度は勢いが違った。 井戸から勢いよく飛び出し、

そのままズドドドドと地響きを立てて全力でこちらにかけてくると、勢いよくこちらに飛び出してきた。

 「甘い♪」

 ……が、彼女が半身を突き出したところでミスティが『巻戻し』をかけた。 引きずり込まれるようにTVに戻りかけたが、白い着物の女はがっしとTVの枠を

掴み、引き戻されまいと抵抗する。

 ウンウンウン……

 ビデオデッキがうなりを立てて空回りをしている。

 「むむむ、抵抗するか。 ならば三倍速だ!」

 カチカチカチッと『巻戻し』ボタンをミスティが押すと、耐えきれなくなったのか白い着物の女の手がTVの枠から離れてしまう。 そして足から井戸に向かっ

て一直線に飛んでいき、井戸の中に吸い込まれるように消えた。

 ドッポーン!!

 盛大に水しぶきが上がったのを見て、ミスティとスーチャンが手を叩いて喜ぶ。

 「おいおい、ちょっとやりすぎでないの?」とエミ。

 「そうよ。 本気で呪われたらどうするの?」と麻美。

 呪いに本気や手加減があるのか判らないが、麻美が心配するのも無理は無いだろう。 しかし、ミスティは気にする様子もなくリモコンを構えて待ち構え

ている。

 「あはは、性懲りもなく出てきた……あれ?」

 TVの中、三度こちらに向かってきた白い着物の女がぴたりと動きを止めた。 そして、そのまま後ろ向きで井戸に戻っていく。

 「誰か『巻戻し』かけたぁ〜?」とミスティ。

 麻美とエミ、スーチャンが揃ってブンブンと首を横に振る。

 「おっかしいなぁ〜……えい!」

 ガチャガチャとリモコンをいじっていたミスティ、『停止』と『再生』ボタンを押しなおした。 TVの中では白い服の女が出てきて……すぐに引っ込んだ。

 「壊れた?」と麻美。

 「かもね。 もう終わりにしたら?」

 「むー」

 おもちゃを取り上げられた子供の様にふくれっ面になるミスティ。 「そだ」と小さく叫び、喜々としてリモコンをビデオに向ける。

 「ふっふー『早送り』があった♪」

 ポチッとボタンを押すミスティ。 TVに横線が走り、白い着物の女がチャカチャカチャカと井戸から出てくる。 が、それを見たエミが叫んだ。

 「いけない、罠よ!」

 「え?」

 ミスティが小さく叫んだ時には遅かった。 すごい勢いで飛び出してきた白い着物の女がミスティにとびかかり、その手からリモコンを奪い取る。

 「やられた! 自分から後ろ向きに動いて壊れた様に見せかけたのね!」とエミ。

 「敵〜に渡すな大事なリモコン♪」とミスティ。

 「とられちゃってるじゃないの! どうするのよ!」 半泣きの麻美。

 白い着物の女は、TVの前に仁王立ちになって、ミスティら睨みつけている。 流石にミスティも難しい顔になり、何か考えているようだ。 と、彼女が何か

思いついたのか、指をパチンとならす。

 「命名!『ビデ子』!」と白い着物の女を指さすミスティ。

 「なんか、トイレの幽霊みたいな名前ね」ぽつりとつぶやくエミ。

 ……クワーッ!!!

 気に入らなかったのか、『ビデ子』は歯をむき出して怒り、ミスティに掴みかかる。 彼女はそれをヒラリと避けると、襖を開いて廊下に逃げ出した。

 「こら自分だけ!」「待ってぇ」「ひぇぇぇ」

 ミスティに続いてエミ、スーチャン、麻美の順に廊下に逃げ出し、それを裾をからげたビデ子が追いかけてきたが……

 ビッターン!!

 大きな音を立て、ビデ子は廊下に倒れた。 その音に、廊下に逃げ出した4人が振り返る。

 「なになに、どうしたの?」と麻美。

 「見て、腰に綱が絡まっているわ……あれは井戸の釣瓶を引き上げる綱じゃないかしら」とエミ。

 「釣瓶? それなーに?」とスーチャン。

 「井戸の水をくむための桶のことよ。 ビデ子はあの綱で井戸に縛り付けられているんんじゃないの」とエミが推論を口にした。

 「じゃあ、あれ以上は動けないんだ」

 ほっとした様子の麻美だったが、安心するのは早かったようだ。 ビデ子は指をカギの様に曲げて廊下に食い込ませ、力を込めて腕を引いた。

 ゴ、ゴゴゴゴ……

 部屋の中から重々しい音がして、ずるりと綱が伸び、その分ビデ子がこちらに近づく。 

 「い、井戸にしばられてるんじゃないのぉ?」

 その不気味さに麻美が悲鳴を上げる。 しかしエミは、冷静な様子で音を聞き、ビデ子の動きを見ている。

 「3m後退」エミが呟き、手で麻美たちに下がる様に合図した。

 「え? なんでぇ……」と麻美。

 「いいから」

 エミの指示に従い、3m下がる3人。 それを追って、ビデ子は指で廊下を引っ掻きながら前進してくる。 しかし……

 プチッ

 唐突にその姿が掻き消えた。 突然のことに呆然とする麻美、ミスティ、スーチャン。

 「いったいどうして……」

 「TVのコンセントが抜けたのよ。 あのゴゴゴッて音は、TVを引きずる音だったの」エミが解説する。

 「そ、そーか……助かった」

 やれやれと力を抜いた一同。 その時、背後から自国の底から聞こえてくるような冷たい声が響いてきた。

 「お客様? これはいったいどういう事でございましょうか?」

 ぎくりとして振り向く一同の視線の先に、怒りのオーラを立ち上らせたうわばみ女将の笑顔があった。 そしてその視線はエミたちを通り越し、廊下にくっきり

と刻まれたビデ子の爪痕に注がれている。

 「えーと……これはそのお宅のビデ子が……」麻美が弁解しようとする。

 「ビデ子? 当宿にはそのようなものは居りませぬが……」

 (これはまずい……逃げるが勝ちね……)

 エミはそっとミスティに目くばせした。 流石にミスティもエミの意図を察し、例のローソクを取り出して着火した。これで彼女たちは百物語の場所に召喚され

る……はずだったのだが、何も起こらない。

 「お客様? それはなんですか?」

 「あー、すみません。 これはその、いつもこの時間に行うお祈りの準備で……ちょっと麻美さん、お札は持っていないの?」

 エミが麻美に尋ねた。 百物語の場所に召喚されるには、『語りの品』が必要で、この宿に来るために持ってきた『お札』をその品に定めていたのだった。

 「ごめん。 その女将さんに回収されちゃった」謝る麻美。

 「なんでそれを言わないの! ……スーチャン!」

 エミはスーチャンを呼び、ミスティのローソクをスーチャンに渡した。

 「なんでもいいから、部屋に戻ってこの宿にしかない品物に……えーと」

 「ローソクを立ててぇ♪」とミスティがお気楽に続けた。

 「そう、それ! いけスーチャン!」

 ローソクをもったスーチャンが、とてとてとてーと部屋の中に消え。 うわばみ女将がエミたちに、説明を求めて食って掛かろうとした。 まさにその瞬間、

辺りの風景がかすみ始めた。

 ”こら、どこに行くー!! お客様ぁ……”

 うわばみ女将の声が、遠くに去っていくのを聞きながら、エミはほうっと大きく息を吐いた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「……以上で『骨喰いの宿』のお話はおしまいよ」そう言って大きく息を吐くエミ。

 「それはまぁ……大変な目にあっていますねぇ……」相槌を打つ滝。

 「まったく、えらい目にあったわ」とエミ。

 「ほんとうに、大変な目に合っていますねぇ」繰り返し、エミの背後に視線をやる滝。

 (たいへんな目にあっている?……現在進行形?)

 エミは、滝の言葉に引っかかりを覚え、背後を見て凍り付いた。

 「スーチャン!?」

 スーチャンは、ビデ子が出てきたTVとビデオの上にローソクを立てていたのだ。 当然、TVとビデオもエミたちと一緒に召喚されていた。 そしてスーチャン

は、照明用の発電機にコンセントを差し込んでいたのだった。

 ガッチャン!

 ビデオが動き出し、TVがつく。 そしてTVの中からビデ子が現れ、つかつかとこちらに歩いてきた。 その手にはリモコンがしっかり握られている。 ビデ子

はローソクにリモコンを向け、『停止』ボタンを押す。

 プチッ

 ローソクが消え、辺りは真っ暗になる。

 ……ドドドド

 ”ひぇー”

 ビデ子がミスティを追いかける音が遠くに消えていった。

<第二十一話 骨喰いの宿 終>

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