第二十一話 骨喰の宿

27.格安の宿 その拾


 お面売りの夜店を後にした一行は、小一時間ほどして格安の宿へと戻ってきた。

 「お帰りなさいまし……あら? そちらのお客様はどうされました? まるで雪山で遭難でもされたみたいですが?」

 宿の女将がそう言ったのは、ミスティが真っ白に凍り付き、エミに背負われていたからだった。

 「ははは……実は『うらない・ゆきおんな』の夜店と言うところに行ったんですけど……」 エミが苦笑いしながら答えた。

 「この桃色悪魔が、『ゆきおんな』さんの顔を見て笑いだして……」疲れた様子の麻美が続ける。

 「『目じりに小じわがある〜♪ うれない・ゆきおくれだぁ』なんて言ったから、『ゆきおんな』さんが激怒して……この有り様」 とエミがため息交じりに答えた。

 「『とっととこの、うかつな・ゆきだおれを持って帰れ!』って店をたたきだされちゃった」 とスーチャンが締めくくった。

 「それはそれは」 とこちらも苦笑する女将だった。

 「どうもすみません。 麻美さん、私はこの『ゆきだおれ』を温泉に放り込んで来るから、スーチャンと部屋に戻って入浴セットを持ってきてくれる?」

 麻美が頷くと、エミはミスティを背負ったまま温泉に向かう。 麻美は女将に、部屋に戻る旨を告げてそこを離れようとした。

 「あ、少しお待ちを」 女将が麻美を呼び止めた。

 「はい?」

 「こちらに来るときに、『お札』を剥してお持ちになっていますね。 すみませんが、回収させていただきます」

 「え?そうなんですか?」

 「はい、結構高価なんですよ」

 幸い麻美が札を持っていたので、彼女はそれを女将に渡し、スーチャンと共に部屋に向かった。


 「麻美お姉ちゃん。 お札返してよかったのかな。 確かローソクの力を発動させるのに、お札を使うと言ってなかったっけ」

 「あ……しまった」

 スーチャンが言ったローソクとは、『百物語』用にミスティが用意したものだった。 これに火をつければ、4人は『百物語』の場に召喚される。 この『骨喰い

の宿』から逃げ出す必要がある場合の切り札であった。 しかし、その為には『骨喰いの宿』ら来たと言う証拠の品が必要で、さっき返したお札がその証拠と

なるはずだったのだ。

 「まずったぁー……なんかほかのモノないかしら」

 「この浴衣は?」

 「柄は入っているけど、『骨喰いの宿』なんて書いてないから……どうかしら」

 危なくなったら使うものだから、あまり適当なもので代用するわけにはいかない。

 「てぬぐい、布団、枕……TVなんてどうかしら」

 「どこにでもあるものだと思う」

 麻美とスーチャンは、何か『骨喰いの宿』に来たという証拠を探し、部屋の中を引っ掻き回す。 その様子はたちの悪い観光客が、金目の備品を持って帰ろ

うとしているかのようだった。

 「そうだ! このお面!」

 スーチャンはそう言って自分の顔を指さす。 彼女は『謎のお面屋』から手に入れた『変身お面』を被っている 確かにこれは、他で手に入るものではない

だろう。

 「そうね!……あー、でも宿の品物じゃないわよねぇ」 と麻美が複雑な表情で言った。

 「悪くすると、スーチャンしか帰れないとか」

 「スーチャンはそれでもかまわないけど?」

 「こっちはかまうわよ!」

 そう言って麻美は、TVの下のビデオの説明書きを手にした。

 「『テープを貸し出します』か……スーチャン、ビデオテープを何か借りてきて」

 「何かって、なにを?」

 「なんでもいいから」

 麻美はそう言って、スーチャンに500円玉を渡した。 スーチャンはそれを受け取ると、小走りで受付に向かう。 すぐに一本のテープを持って帰ってくる。

 「これを貸してくれたよ」

 「VHSだって。 小さいときに見たきりよねぇ」

 そう言いながら、麻美はテープのタイトルを確かめた。

 「『〇』……何?これ」

 背ラベルには、マジックで丸印が付けられているだけだ。 これでは何のビデオか判らない。

 「どう使うの?」 スーチャンが尋ねる。

 「ちょっと待って……操作ボタンの記号はCDと同じね……」

 EJECTボタンをグイっと下げると、ビデオデッキの上側が勢い良く開く。

 「わっ、こんなところから入れるの? 随分古そうね」

 ガチャガチャと音を立て、黒いビデオテープをデッキに押し込み、蓋を閉じる。 続いてPLAYボタンを押して、TVをつけた。 「あら? 入力切替がない? 

どうやって見るの?」

 麻美が慌てていると、スーチャンがビデオの上に貼ってあった取扱説明書見つけた。

 「『チャンネル2でご視聴ください』だって」

 「え? そんなところに映るの?」

 首をひねりながら、TVのチャンネルを『2』に合わせる麻美。 やや粗い画質で、ビデオの映像が表示される。

 「なにこれ?……建物?……判った! これ井戸だ!」

 麻美が言った通り、TVの画面には井戸がぽつんと写っている。 が、それ以上の変化がない。

 「そーか! あの有名なホラー映画ね、これは!……にしても画質が荒いわね。 きっと海賊版よ」

 「ホラー? スーチャン知らない」 スーチャンが首を傾げる。

 「えーとねこの後井戸の中から……クション!」

 説明の途中で、麻美はくしゃみをした。

 「いっけない、体が冷えてきたわ。 スーチャン、先にお風呂に行こう。 エミお姉ちゃんたちも待っているわよ」

 麻美はエミたちの事を思い出し、入浴セットをまとめると部屋を出る。 スーチャンも立ち上がったが、ビデオの続きが気になるようだ。

 「すぐ行く……」 とスーチャンは返答したが、まだ画面を見ていた。

 「先に行くよ」

 そう言って麻美は部屋を出た。

 
 「お待たせぇ」

 「遅い! 何してたのよ」

 エミはも温泉の脇で凍ったミスティにかけ湯をしていた。 すでに解凍できたようで、ミスティは体を丸めて震えている。

 「風呂につつければよかったんじゃないの?」 手ぬぐいと石鹸を渡しながら麻美が尋ねた。

 「部分的に解凍するのはまずいと思ったのよ」 

 エミはそう答えると、手ぬぐいでミスティの体を擦り始めた。

 「痛いよぉ」

 「我慢なさい。 血行を良くしないと凍傷になるかもしれないから」

 麻美は肩をすくめると、温泉の湯を浴び、エミを手伝った。

 
 「遅かったけど、何をしてたの?」

 3人が温泉に入って体を伸ばしたのは、5分ほどたってからだった。

 「それが大変だったのよ」

 麻美は、『お札』を返してしまい、代わりを探していたことをエミとミスティに話した。

 「『お札』を回収された!? で代わりにビデオを借りた……それで代わりになるの?」 エミが尋ねた

 「わかんないわよ。 変なホラービデオの海賊版だったけど」 麻美が答えた。

 「部屋に戻ったら、もう一度代わりを探しましょう……ところでスーチャン、遅いわね」 エミが温泉の脱衣所に目をやる。

 「……そうね」 ポツンと麻美が応える。

 「……ホラーってどんなタイトルだった?」 エミがやや不安そうに言った。

 「あれよあれ、井戸が写るビデオテープがあって、呪いが掛かっているやつ。本物かパチモンか判んないけど」

 「……パチモン?」

 「うん、前に見た奴とは違っていたもの。 こう画質が荒いし、井戸しか映ってないし……」

 「そう……え?」

 突然エミが立ち上がり、ミスティと麻美にしぶきが掛かる。

 「わっぷ」

 「な、なによ?」

 「『井戸しか映っていない』そう言ったわよね」

 エミが怖い顔で言い、気圧された麻美がコクコクと頷く。

 「あのホラーは、『井戸が映ったビデオを見た人が呪われる』話よ」 エミが厳しい表情で言った。

 「そうだけど……」 麻美が応える。

 「だったら、井戸の前にそのビデオを見ている人がいるはずでしょ!? 映っていたの!?」

 「……映っていなかった……」

 「んー? と言うと?」 判っていない様子のミスティ。

 「つまりそれは『呪いのビデオのホラー映画』じゃなくて、『呪いのビデオ』そのものという事じゃないの!?」

 「あっ!」

 はじかれた様に立ち上がる麻美、同時にエミが温泉から飛び出し、脱衣所を通り抜けながら浴衣を羽織り、そのまま勢いで廊下を駆け抜けて部屋に向かう。

 キャー!!!

 悲鳴が部屋から聞こえてきた。
      
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