第二十一話 骨喰の宿

26.格安の宿 その玖


 エミたち4人は、お面売りの夜店があると言われた方に向けて歩いていた。 飴屋の辺りは人(妖?)通りもあったのだが、進んでいくにつれ人通りも絶え、

明かりも少なくなってくる。

 「暗いわね」 ポツリとエミが呟いた。

 「く、暗いなんてもんじゃないでしょ! 闇よ闇!」

 麻美の声が裏返っているが無理もなかった。 ここは山裾の林の中で、都会の街角とは違う。 月灯りがなければ自分の手さえ見ることが出来ない。

 「はぐれない様にね」

 エミがそう言った時、先の方に微かな明かりが見えた。

 「あれ……かしらね?」 ほっとした様子でエミが呟く。

 「は、早く行こうよー」

 そう言ってミスティが小走りに駆け出し、つられてエミ、麻美、スーチャンが駆け出す。

 「アッ」

 小さく叫んでスーチャンが立ち止まる。 履いていた宿の草履が脱げてしまっていた。

 「アン、マッテェ」

 スーチャンがミスティの背中に呼びかけたが、聞こえないようでみるみる遠ざかってしまう。

 「モゥ」

 ぷっと頬を膨らませ、脱げた草履を探す。

 
 「と、ここね……えっ」

 「わ?」

 「うひょー」

 お面売りの夜店にたどり着いた3人は声を失った。 聞いていた通り、お面売りの店にはずらりと面が並んでいた……人間そっくりの面が。

 「へ、へたな化け物より、不気味ね」 エミが呟く。

 「不気味? そんな言葉で済む物なの? これって」

 麻美が言うのももっともだった。 ほっかむりをして座っている親父(顔は見えないが)の背後、整然と並んだ無表情な老若男女の面は、人の顔をそのまま

並べたかのようで、底知れぬ不気味さを漂わせている。

 「無表情なのが帰って不気味ね……」 エミが呟いた。

 「うん……?」 麻美が首をかしげた。

 「ひっ! こっち見てる!」

 ミスティが叫び、エミと麻美も気が付いた。 すべての人面が目を見開き、こちらを見ている。 そして。

 『……わははははははははははははははははははははははははははは!!』

 すべての人面が一斉に笑い出した。

 「ひぇっ!」「きゃぁ!」「とわぁ!」

 エミ、麻美、ミスティが一斉に腰を抜かした。

 「うわっはっはっはっ! 勝った勝った!」

 無様に尻もちをついた3人娘を見て、店の親父が手を打って喜ぶ。

 「なにが『勝った!』よ! 悪趣味な脅かし方をして!」

 エミは怒って立ち上がろうとしたが、びっくりが腰に来ているのか、上手く立てない。

 「ううう……負けた」

 ミスティが半泣きで言った。 何かの勝負をしたわけではないが、尻もちをついてお面に笑われているこの格好だと、確かに敗北感はあるだろう。

 『わははははははははははははははははははははははははははは!!』

 悔しがる3人に向けて、お面は容赦のない哄笑を浴びせ続ける。

 
 「アリャ」

 草履を履きなおしたスーチャンが夜店の近くまで来ると、すでに3人は尻もちをついてお面に笑われているところだった。

 「ウーン……」

 スーチャンは腕組みして考え込む。 様子からしてどうやら負けたらしい。 いまさら自分が出て行っても、事態は変わらないだろう。

 「ドーシヨ……ット?」

 スーチャンは、その時自分が手に持っているものに気が付いた。 エミが『わらび餅』を検索して、スーチャンに見せてくれたタブレットだ。

 「……ソダ」

 
 『わはははははははは……ははっ?』

 不意にお面達が笑うのを止める。 同時にたたたっと足音がして、誰かが小走りにかけてきた。

 「スーチャン!?」

 スーチャンは、何故か浴衣を頭からかぶり、下を向いて顔を隠したまま駆けてきた。

 ザザッ……

 夜店の前で足を止め、くいっと顔を上げた。 浴衣のほっかむりの中で、緑色のスーチャンの顔がくっきりと浮かび上がる。

 「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 スーチャンが、お面売りの親父とおめん達に向かって笑い声を投げかける。

 「おおっ?……負けるな!」

 『……わははははははははははははははははははははははははははは!!』

 親父の号令一過、お面達がスーチャン目駆けて笑い声を投げつける。

 「がんばれ! スーチャン!」

 「負けるな! スーチャン!」

 「何の勝負なのよ……これは」


 5分後。

 「あはははっ……あはははっ……あはっ……」

 泡を吹いて、最後のお面が地面に落ちた。

 「わーっお前ら、しっかりしろ」

 親父が落ちたお面達を拾い上げて介抱している。

 「やった!勝った!」

 「えらい!スーチャン」

 スーチャンとお面達の笑い勝負は、5分間休みなく続き、息が上がったお面達は次々と目を回して地面に落ちていった。 そして今、最後に残ったお面が

目を回してしまったのだ。

 「アハハハハハハハハハ……」

 スーチャンはまだ笑い続けている。

 「うぬぬ……これほど息の長い娘っ子は初めてだ……負けた」

 親父が悔しそうに言うと、スーチャンは笑い続けたまま浴衣のほっかむりを取った。

 「え?」

 「あ!」

 「タブレット?」

 なんと、笑っていたスーチャンの顔はタブレットでエンドレス再生された動画だった。 それを自分の顔の前にかざしていたスーチャンは、タブレットを下ろ

してにっこりと笑う。

 「カッター!」

 「そ、それはずるいぞ」

 抗議する親父に向かって、スーチャンはちっちっと指を振って見せ、タブレットを指さす。

 「でじたるオ面」

 「おおなるほど」

 「あちらがお面なら、こちらがお面でもいいわけだ」

 うんうんと頷くエミたち。

 「ううー……しかたない、負けは負けだ」 親父は悔しそうに言った。

 「わっしに勝ったんだ、お嬢ちゃん。 好きなお面を持っていくといい」

 親父に言われ、スーチャンは地面に並べられたお面をぐるりと見まわした。

 「コレガイイ」

 スーチャンは、幼い少女の顔をしたお面を選んだ。 親父はその面を取り上げ、綺麗に拭ってスーチャンの顔に被せた。

 『おおっ』

 スーチャンの顔にぴたりとはまったお面。 その端が伸びてスーチャンの後頭部までを覆い、続いて頭に黒い髪の毛が生えていく。 数瞬の後、スーチャン

の頭はどこから見ても人間の少女に変わっていた。

 「んー……どうなったの?」

 スーチャンが尋ねた。 今まで比べると、発音が明瞭になり普通の女の子の声になっている。 エミがタブレットにスーチャンの顔を映し出し、見せたあげた。

 「わぁ♪」

 「おお、可愛くなったねお嬢ちゃん」

 親父が笑顔でスーチャンに語り掛ける。

 「今はお嬢ちゃんの顔に合わせた顔になっているがの。 そのお面はお嬢ちゃんの思い通りに顔形を変えることが出来るんじゃよ。 ちぃと慣れは必要じゃ

がな」

 「へー!すごーい!」 喜ぶスーチャン。

 「ただし気つけなよ。 お嬢ちゃんが……そう驚いたり、怒ったりして感情を爆発させると、変な風に顔形が崩れたりするから」

 「崩れる? どんな風に?」

 「その時々で違うか……例えば目が縦になるとか、鼻が逆さになるとか……」

 それを聞いたエミ、麻美、ミスティが呟いた。

 「それは……下手な化け物より恐ろしいわ」

 「夜道でであったら、一生夢に見そう」

 「いや、全く」

 こうして、スーチャンは『変身お面』を手に入れた。 
     
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