第二十一話 骨喰の宿

25.格安の宿 その捌


 「ちょっと挨拶してみましょうか」 エミが言った。

 「え? さっきの見たでしょう。 やばいんじゃない?」 と麻美が不安そうに言った。

 「その後で、子供を解放したのを見たでしょう? それほど凶悪じゃないのかも」

 エミを先頭にして、4人は木陰から出てわたあめと水飴の夜店に歩み寄った。 ほっかむりをした水飴お姉さんが、4人を迎える。

 「いらっしゃいまし……あら、女の団体さん? 珍しいですね……あら、あなたは?」

 水飴お姉さんが目を止めたのは、スーチャンだった。 体は格安の宿の浴衣に隠し、顔は魔女っ子のお面で隠しているが、手や髪の辺りを見れば、人で

ないのは一目瞭然だ。

 「なんだ、お仲間なの。 あなたは何?『わらび餅少女』かしら」 と水飴お姉さんがスーチャンに尋ねる。

 「ワラビモチ?」 スーチャンが聞き返した。

 「貴方みたいな色をした、お菓子のことよ。 貴女たちは、この子のお仲間かしら?」 水飴お姉さんが、エミに尋ねた。

 「はい、そーです!」 と麻美が慌てて応えた。

 「聞いて驚け、電脳小悪魔のミスティちゃんとは、あたしの事だ!」 とミスティが胸を張る。

 「私たち、その子の連れなの」

 エミはまとめながら、懐から大きなタブレット端末を取り出し、わらび餅の画像を表示してスーチャンに渡した。

 「はぁー、舶来の方ですか。 それはそれは、遠いところからようこそ」

 水飴お姉さんはほっかむりを取り、丁寧にあいさつを返した。 正体を隠す必要がないと悟っただろう。 わたあめお姉さんも、わたあめ機械から上半身

だけを表し、話に加わった。

 
 「ゆくぞ!わたあめ」

 「ちょこざいな!返り討ちにしてくれる!」

 割りばしを手にしたミスティが、わたあめお姉さんと遊び始めた。 それを横目で見ながら、エミは水飴お姉さんに質問を始めた。 「貴女たちは、赤鉄の

湯の湯女さんではないの?」 エミが尋ねた。

 「よくご存じですね? その通りですよ。 今は体に砂糖を溶かして、水飴女とわたあめ女をやっていますけど、宿に帰ったらまた湯女に戻ります」

 「砂糖が溶けていても、大丈夫なの?」 麻美が不思議そうに聞いた。

 「大丈夫ですよ。 ほら、こんな風に……」

 水飴お姉さんが、自分のおっぱいを絞ると、乳首からドロリとした水飴がニュルニュルと出てくる。 それを割りばしで器用に巻き取るった水飴お姉さんは、

スーチャンに水飴を差し出す。

 「おひとついかがです?」

 「ワーイ」 喜ぶスーチャン。

 「こうやって糖分を飴にして出してしまえば、元通りの湯女というわけです」

 「器用な事をするのね……もう一つ聞いていい?」 尋ねるエミ。

 「はい、なんでしょうか?」

 「ここは、帰ったものがいない『骨喰いの宿』と呼ばれていると聞いてたんだけど、さっきの子ども達、帰してよかったの?」

 恐ろしいセリフをさらりと言ったエミに、水飴お姉さんが笑ってみせた。

 「あの子たちは宿に泊まってませんから」

 「はい?」

 「宿に泊まった客は、心ゆくまでおもてなしして、決して帰さず……ということになっていますが、実際は、恐れをなして逃げ出した人間も結構いるんですよ。 

それにあの子みたいに、宿泊をしていないお客様の場合、ご自由にお帰りになってもらっています」  「……いいの? それで」 首をかしげながらエミが

尋ねる。

 「昔からそうしてきたのですよ。 考えてもみてください。 『泊ったものが二度と帰ってこない骨喰いの宿』 その言葉通りであれば、だれが『骨喰いの

宿』の話を外界で広めたんですか?」

 「あ……」 麻美が目を見開いた。

 「なるほど。 『人跡未踏の地に人食い虎を見た!!』みたいな話になるわね」

 したり、という顔で水飴お姉さんが続ける。

 「取り逃がしてた客が噂を広め、興味を持った次の客がやってくる……そうやって『骨喰いの宿』は続いてきたんですよ」

 「なんとまぁ……」 感心するエミ。

 「その為に夜店まで用意して人を呼ぶなんて……」 麻美が感心半分も呆れ半分で呟いた。

 「あ、いえ。 実は夜店の大半、いえ、この飴の夜店以外は、私ら宿の者とは無関係なのです」

 「へ?……あの『人魚すくい』とか? 『骨喰いの宿』と無関係?」

 水飴お姉さんが苦笑して答える。

 「うわさが広まったせいでしょうか。 得体のしれない妖怪……まぁ、得体が知れている妖怪なんていませんが……それが何時のころからここいらを

うろつく様になって、とうとうお店歩出すまでに」

 「はー……」

 「私達がここに店を出したのは、本家本元の意地みたいなものです」

 エミと麻美が顔を見合わせる。

 「なんだか、想像してたのと違う話になってきた」 と麻美。

 「そうねぇ……」 相槌を打つエミ。

 
 「アメェ、アメェ」

 スーチャンは喜んで水飴を舐めていた。 その頭を撫でながら、水飴お姉さんが尋ねてきた。

 「ところでこの子はどういう妖ですか? こんな子は初めて見ました」

 「あっちで貴女の同僚と遊んでいる小悪魔の使い魔よ」 エミが答えた。

 「使い魔というのですか。 でもこの姿では、お使いに行くのは大変ではないですか? 目立ってしまうので」

 「すーちゃん、メダツ!」

 喜んでいるスーチャンの口周りを拭ってやりながら、エミが水飴お姉さんに答える。

 「ご指摘の通りよ。 この子は木や草に化けることが出来るんだけと、人には化けられないの。 こんな風に着物を着せて、お面で顔を隠して、かつらを

かぶせればかなりごまかせるんだけど……首筋辺りは隠せないし……」

 「この先のお面売りの夜店には行きましたか?」 と水飴お姉さん。

 「お面売り? いいえ?」 首をかしげながらエミが答えた。 「そのお面売りがなにか?」

 「一度行ったことがあるのですが……本物の人間の顔の様なお面を売っているのですよ」

 「そ、それは不気味ね」

 エミは、人の顔そっくりのお面がずらりと並んだところを想像して。震えあがった。

 「確かに」 水飴お姉さんが頷く。 「で、そのお面なんですが、かぶると頭をすっぽりと包んで髪の毛も生えるという代物だそうです」

 「へぇ?」 感心半分、気味悪さ半分といった表情でエミが応える。

 「なので、人に化けるのが下手な妖が、買い求めに来るらしいですよ」

 「へー……ああ、それをスーチャンに被せてあげれば」

 「ええ、頭さえ誤魔化せれば、この子は人に見えるのではないですか?」

 水飴お姉さんの話に、エミは興味を持ったようだ。 一方、麻美は、これ以上ない渋い顔になっている。

 「そんな気色悪いモノ、やめようよ。 呪いのお面だったらどうするのよ。 ほら『肉が付くお面』とか言うでしょ」

 「それを言うなら『肉付きのお面』でしょう。 かぶったら取れなくなる呪いのお面」 エミが訂正する。

 「そうそれ」 麻美が応じる。

 「それは大丈夫でしょう。 わたしもかぶってみましたが、取れなくなるという事はありませんでしたよ」 と水飴お姉さん。

 「あらそう? あれ? だったらなぜ今はかぶっていないの?」 エミが尋ねた。

 「それが……お面売りが妙に職人気質の人、いえ妖かしら?……まぁ、そのお面売りに勝負を挑まれて、それに勝たないと売ってもらえないんです。」

 「勝負? どんな?」

 「それが……なんでも行くたびに勝負の内容が変わるらしくって」

 水飴お姉さんの答えに、エミが考え込む風になった。 麻美が心配そうに尋ねる。

 「やっぱりやめようよ。 とんでもない勝負を挑まれたらどうするのよ。 妖の勝負だよ」

 「うーん……」

 エミは、もとは技術者で人一番好奇心が強い。 人間そっくりで、妖が人に化けるのに使えるというのお面と聞いて、好奇心が沸き立ち、溢れかえっていた。

 「よし、行ってみよう!」 そう言ってエミは麻美を振り返った。

 「ええー!?」 悲鳴を上げる麻美。

 「見るだけ見てみよう! 勝負を受けるかはそれから考えればいい」

 「ナニ、ナーニ?」

 無邪気にスーチャンが聞いてきた。 水飴に夢中で話を聞いていなかったようだ。

 「うん、スーチャンが人に化けるための道具。 それがこの先で売っているらしいの。 それを見に行くのよ」

 「……スゴッ! ジャア綺麗ナ服ガキレルンダ!」

 スーチャンは喜んで、エミの腕を掴んで何かをせがんでいる。

 「バケラレタラ、オ洋服! カッテ、カッテ!!」

 「え? ああ、スーチャンも女の子だもね……」

 エミは呟くと、ミスティに声をかけた。

 「そろそろ行くわ……ちょっと」

 ミスティは、両手に割りばしを持ってわたあめお姉さんをからめとろうとし、逆にぐるぐる巻きにされていた。

 「うーうー」

 「どうだ、まいったか」

 「いつまで遊んでいるのよ、次行くわよ」

 お土産にどっさりとわたあめをもらい、4人は飴屋の夜店を後にした。
    
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