第二十一話 骨喰の宿
20.格安の宿 その参
『みずあめ』『わたあめ』と幟のたった夜店に近づいていくと、靄がかかっていた夜店がだんだんはっきりと見えてきた。
「あら、先客がいるみたい?」
「ずいぶんと背の低い男の……子供?」
エミの目つきが険しくなった。 辺りは縁日の様に夜店が出ており、子供がいても不思議ではないかい、普通の縁日ならばだ。
「どうしよう……2人もいる」
麻美も落ち着かない様子で、エミを見ている。 対照的に、ミスティとスーチャンは二人が何を心配しているのか判らない様子だ。
「大人なら、こんなところに来たのは自分の責任でしょうけど、子供よ子供」
「間違って迷い込んだのかしら……」
「とりあえずそこの木の陰に隠れて、様子を見ましょう」
4人は木の陰に隠れ、頭だけを出して夜店の様子を伺う。
夜店にいたのは、中学校に上がる前のTシャツに短パン姿の少年2人だった。 1人は赤い野球帽、もう1人はむぎわら帽子をかぶっていた。
「『みずあめ』に『わたあめ』だってさ」
「ゲームソフトじゃないんだ、つまんねぇの」
2人は、ほっかむりをした夜店の店番に声をかけた。
「おっちゃん、これいくら?」
「おっちゃんじゃないわ、お姉ちゃんよ。 どちらも1つ300円よ」
ほっかむりの奥から若い女の声が応える。
「高っいなぁ」
「大体今時、わたあめなんて」
「あらそう? うちのは特別なんだから」
「夜店はどこもそう言うよな」
「うん……おれ、わたあめ」
むぎわら帽子の少年がお金を渡すと、ほっかむりのお姉さんは少年に割りばしを渡し、オレンジ色のわたあめ機のカバーを開いて、スイッチを入れる。
「あれ?ザラメは」
少年がいぶかしんだが、すぐに機械からは桃色の綿菓子が吹き出し始めた。 少年は割りばしを機械に突っ込んでわたあめをからめとる。
「君はどうするの?」
ほっかむりのお姉さんに聞かれ、野球帽の少年は考えるふりをした。
「俺もわたあめ……じゃ芸がないよな」
「じゃあみずあめね」
「うーん、みずあめって食べたことないんだよな……味見させてよ」
野球帽の少年が言うと、お姉さんが頷いた。
「味見ね。 いいわよ」
そう言うと、彼女はほっかむりを取った。
「え!?」
「わ、やばい!?」
ほっかむりのしたにあった女の顔、いや頭は、赤い半透明で後ろが透けて見えた。
「……ははっ、びっくりした」と野球帽の少年が言った。
「うん、凄いや……作り物の頭を、帽子みたいにかぶっているの?」と麦わら帽子の少年が言った。
店番のお姉さんは、無言で首に巻いていたタオルを取り、思い切りよくシャツを脱ぎ捨てた。 赤い半透明の乳房がむき出しになり、プルンと震える。
上半身裸になった彼女の体は、頭同様に赤い半透明で透き通っている。 流石にここまで来ると、作り物でないことは2人にも判った。
「ほら、手がお留守になっているわよ。 しっかり私を巻き取りなさいな」
「え? うわぁ!?」
麦わら帽子の少年は、わたあめ機の方から声をかけられて、驚きの声を上げた。 なんと大量に噴出したわたあめ、空中で女の人形になって、あろう
ことかしゃべっていたのだ。
「ほらほら、しっかり巻き取らないと、お姉ちゃんが君を巻き取っちゃうぞ♪」
『わたあめ女』はそう言い、わたあめでできた手で、麦わら帽子の少年が割りばしを握っている手を握り返している。
「わわっ!?」
麦わら帽子の少年は慌てて割りばしをくるくると回し、『わたあめ女』の手を巻き取り始めた。
「……」
「ほら、どこを味見したい?」
「え? うわぁ!?」
友だちと『わたあめ女』に気を取られていた野球帽の少年は、不意に赤いお姉さんに話しかけられて飛び上がった。 彼女の方へ視線を戻すと、眼前に
彼女の顔と乳房があった。
「好きなところを味見して♪」
「お、お姉さんを味見するの!?」
「そう、あっちが『わたあめお姉さん』。 私が『水飴お姉さん』赤鉄の湯、特製の『飴女』出張販売よ」
「おーやっぱり」と物陰で見ているエミ。
「あれって、やっぱ元は湯女なの?」と麻美。
「多分ね」
「お、お姉さん……お、お化けだぁ!!」
「お化けと言うより、妖怪って言って欲しいわぁ」
「ど、どう違うんだよ」
「気分の問題よ。 それよりねぇ味見、しないのぉ……」
言いながら、顔と乳を寄せてくる『水飴お姉さん』に引きまくる野球帽の少年。 『人魚すくい』に群がっていた男たちなら、喜んで『味見』をしたかもしれない。
しかし平然と『女を味見する』という行為ができるほど、少年は大人ではなかった。
「いえ、あの、ごめんなさい」
顔を真っ赤にして謝る少年に、『水飴お姉さん』は微笑んで見せた。
「礼儀正しい子は大好きよ」
「あ、有難うございます」
「いきなりじゃ失礼だったわね。 どこで味見したいか、言葉で示して」
言われて真っ赤になる少年。 彼自身の希望がなくもなかったが、それを口にするにはまだ純だった。
「あ……あのう……お姉さんは、体が全部『みずあめ』なんですよね?」
「そうよぉ。 だから、好きなところを味見させて、あ・げ・る」
「うーん」とミスティ。
「どう聞いても青少年をたぶらかす悪女のセリフよねぇ」とエミ。
「ワクワク♪」とスーチャン。
「あ……あの……」
「うん♪」
「その……」
「うんうん♪」
「ゆ、指で……」
「……指?」
「は、はい」
『水飴お姉さん』はそっとため息をつき、にっこりと笑った。
「奥ゆかしいのね。 じゃ、指で」
そう言うと、彼女は少年の目の前に手を差し出し、小指を立てた。
「どうぞ」
「は、はい……じゃ……いただきます」
そう言うと、少年は赤い小指をそっと咥え、ゆっくりと舐めた。
「あん♪」
「す、すみません」
「ああ、いえ。 謝らなくていいの。 少しくすぐったかっただけだから♪」
「なんか……妙に」と麻美。
「エッチ」とミスティ。
「ナルホド。 めもめも」とスーチャン。
「で、どう?」
「ど、どうって」
「今のは『味見』でしょ? 買うの?私を」
「は、はい。 買います!お姉さんを!」
「おいおいおい」とミスティ。
「思いっきり問題発言になってるぞー」とエミ。
【<<】【>>】