第二十一話 骨喰の宿

18.格安の宿 その壱


 エミはロウソクの向こう側、滝に向かって勢い込んでしゃべりだした。

 「私、ミスティ、麻美、スーちゃんの4名は、知る人ぞ知る妖の秘湯『骨喰いの宿』への突撃調査を敢行した!」

 「『カンコー』ッテ、ナーニ?」

 緑色のボディペイントの女の子、スーチャンが3人の背後から尋ねた。 ピンク色のボディペイントの女、ミスティが携帯電話で何やら検索し、回答を読み

上げる。

 「えーとね、『山、海、温泉、遊園地などに行き、見学、遊戯、食事などを楽しむこと』だそうよ」

 「ははあ、調査という名目で温泉観光をしてきたと……」滝がうんうんと頷く。

 「それなら旅費も経費でおとせますねぇ」志戸後を受ける。

 「……とにかく! 我々は問題の鳥居までやってきた!」

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 夕闇が迫る中、4人は『骨喰いの宿』と言う名の異界への門、謎の鳥居にやってきた。

 「ここが『骨喰いの宿』へ通じるという鳥居ね……」

 エミは古ぼけた鳥居を眺め、出たり入ったりして調べている。

 「でもミスティ? なんで今回に限って現地調査を? いままでは話を聞いているだけだったのに」

 エミは、丹塗りの柱に張られた札をルーペで調べながらミスティに尋ねた

 「んーとね……今までの話からすると、ここは妖が集まるスポットみたいになってるのかなーと思ってね。 これは是非、現地調査してみないと!!」

 「それだけ? まぁ興味がないわけではないけど」

 もともと研究畑の技術者だったエミ、好奇心と研究意欲は旺盛だ。

 「妖怪のスポットを訪れる機会なんて、一生に一度あるかないかでしょうね」 エミが考えながら言った。

 「一度訪れた時点で、一生が終わるからじゃないの?」 麻美が思い切り不安げに返す。

 「そうかもね」

 地面を調べていたエミは、手のひらの土を払って立ち上がった。

 「まぁ、うわばみ、湯女、河童に桜の精。 確かにこれだけ一度に湧いてでるという場所は聞いたことがないし。 それだけにリスクはあるかも」

 「やっぱりリスクがあるの!?」 麻美が大きな声を出した。

 「泊まったものが誰も帰ってこない『骨喰いの宿』よ。 取りあえず鳥居を調べてみたんだけど……」

 「何かわかった?」

 「さっぱり」

 「帰ろうよ……」 泣きそうな顔で麻美が言う。

 「だーいじょーぶ」 ミスティがあっけらかんとした顔で手をパタパタと振って見せた。

 「ほれ、ローソク持ってきたから」

 ミスティが見せたのは、黒、赤、ピンクの縞模様のロウソクだった。

 「……それって」

 「あの『百物語』で使っているロウソク?」

 こくこくとミスティが頷く。

 「このローソクはただのローソクではない! このローソクは、妖しい目にあった人、またはその妖自身の元に現れるようになっているの!」

 「へぇ?」

 「そして、それを手にしたものは、条件さえ整っていれば、『百物語』の場に招喚され、話を終えるまでは帰れないという呪い(まじない)がかけられている

のだ!」

 「呪い(のろい)じゃないの?」

 「そーともいう」

 「それに条件って何なの?」

 「話を始めるための品物よ、この場合『骨喰いの宿』を象徴するものがあればいいの」

 「すると? ローソクを持っていけばい、脱出不可能の『骨喰いの宿』からでも……」

 「うん、必ず『百物語』の場に招喚されるよ! 実際4人も来たじゃないの」

 「確かに。 その点に関しては実績があるわけね……じゃあ、鳥居のお札を持って行って、危なくなったらローソクを手にすればいいの?」

 「うん、それで大丈夫!」

 「ほんとに行くの?」

 麻美はまだ不安そうだし、エミも不安は拭い切れないでいた。 しかし、やたら張り切っているミスティは止めても聞きそうもない。

 「脱出手段が用意されているなら……行ってみましょうか」

 「おー!」

 「オー!」

 「おー……」

 エミは鳥居に張られた札を剥し、その文字を読んだ。

 「まじすてーる」

 ゴッと風が吹き、4人の姿がその場から消え失せた。

 

 「……ここが」 エミが呟く。

 「……だれも帰れない……」 麻美が言葉を呑み込む。

 「『骨喰いの宿』かぁ!」 ミスティが声を上げる。

 「ワーイ!!」 そしてスーチャンが歓声を上げた。

 4人が目にした『骨喰いの宿』は、彼女達が想像していたものとはだいぶ違っていた。

 「今日は縁日なの?」

 鳥居の向こう側、田んぼの中を貫く道の両脇には、いくつもの夜店が並び、明々と照明が、大型の電球や投光器が灯っている。

 ブォーン

 派手な音が聞こえているのは発電機が回っているらしかった。

 「妖怪が発電機を使うのぉ?」

 「人間のテキヤがやっているんじゃないの?」

 「…魚すくい、お面売り、かき氷、わたあめ……普通の夜店とどこが違うのかしら」

 「スゴーイ!!」

 大喜びし、夜店に走っていきそうなスーチャンとミスティの首根っこをエミが捕まえる。

 「慌てないの。 まず宿をとって、腹ごしらえをして、それから夜店見物……じゃなかった調査を始めましょう」

 「えー」「エー」

 「はいはい、ちゃっちゃっと行きましょう」

 エミは、ミスティとスーチャンを引きずる様にして、夜店の間を抜け、宿にむかう。

 
 「これは予想外だった……」

 夜店の間を抜けて少し行くと、目当ての『骨喰いの宿』があった……4つも。

 「さぁさぁ、おいしいお食事とお泊りはこちら! 元祖『骨喰いの宿』!」 

 「旅のお方! 温泉の大きさはうちが一番! 本家『骨喰いの宿』!」 

 「行き届いたおもてなしで、満足の一夜を。 本家『骨喰いの宿』はこちら」

 4件の古びた農家風の宿やの前に、蒼、赤、桜色、茶色の着物を着た娘が立ち、口々に呼び込みをかけている。

 「どこにしようか……」 エミが迷っていると、陰気に佇んでいた茶色の着物の娘がぼそりと口を開いた。

 「ふところがさみしいあなたへ、格安『骨喰いの宿』……」

 「よしここにしよう」 即決するエミ。

 「えー」「エー」「格安ぅ?」

 不満そうなミスティ、スーチャン、麻美をエミがねめつける。

 「文句があるなら宿代を出しなさい。 全額私もちなんだから」

 エミは先頭に立って宿に入った。

 
 「ふいー喰った喰った」

 「思ったよりおいしかった」

 「うん」

 田舎風の膳を平らげた4人は、部屋でくつろいでいた。 古びているが居心地の良い畳の部屋だが、天井には電気が灯り、部屋の片隅にはTVもあり、

その下には大きな機械が置いてある。

 「ブラウン管式とはいえTVがあるなんて……これは?」

 「HDレコーダー?」

 「いいえ、VHSビデオデッキだわ。 それもかなりの旧式よ」

 エミは、ビデオデッキの近くにあったパンフレットのようなものを開いた。

 「『ビデオを鑑賞される場合は、受付でテープを貸し出します。 一回500円です』だって」

 「なんか……ただの時代遅れの宿みたいなぁ……て感じ?」嘆く麻美。

 「ふむ、貸出ビデオの中身にも興味があるけど……先に夜店巡り、じゃなくて調査に行きましょうか」

 「待ってましたぁ!」

 「イコー!!」

 テンションが上がるお子様2名に苦笑しながら、エミは麻美を促して表に出た。

 
 宿についたときより辺りは暗くなってきたが、夜店の辺りには結構人が居る。

 「さっきは気が付かなかったけど、お客はほとんど男の人じゃない?」と麻美。

 「そうねぇ」エミが視線を気にしながら応えた。

 実際、エミ達4人以外女性の客は皆無で、辺りの視線は珍しい女4人組、それも露出の大きいエミに、それも胸に集中している。

 「むー」

 露骨に視線が素通りするので、ミスティと麻美はややむくれ気味だが、スーチャンは気にせずあちこちの夜店を珍しそうに見ている。

 「アレハ、ナニ?」

 スーチャンが指さした夜店は幟に『…魚すくい』と書いてあった。 上の方が手前の木に隠れて見えない。

 「『金魚すくい』でしょう。 こう小さな網……というか破れやすい紙を貼った枠で……」 エミが魚をすくう仕草を真似る。 「……紙が破れるまでに、小さな

金魚を何匹すくえるか競うゲームよ。 すくった金魚は持って帰れるの」

 「ワォ! ヤリタイ!」

 喜んで走っていくスーチャンの後を、エミ、ミスティ、麻美が続く。 『…魚すくい』の前には男の客が群がっていて、夜店がどうなっているのかさっぱり見え

ない。

 「待って。 『金魚』じゃないわよ」  麻美が幟を指さした。

 「『人魚すくい』……人魚ぉ!?」

 「小サイ人魚、スクウノ?」

 スーチャンの質問にエミが苦笑する。

 「小さい人魚ということはないでしょう。 人魚のオモチャか何かじゃないの?」 とエミ。

 「『ヨーヨー釣り』みたいなのかしら?」 麻美が首をひねる。

 「前に出てみようよ」 

 ミスティが先頭に立ち、人だかりをかき分けて4人が前に出た。

 「ちょっと失礼……ぬわっ!?」

 夜店を目にしたエミがずっこけ、麻美が目を丸くする。 無理もなかった。 『人魚すくい』の夜店の前には、『金魚すくい』の夜店と同じ様に水色の水槽が

おいてあり、そこには人間大の、それもトップレスの人魚が窮屈そうに収まっていたのだから。

 「ハーイ」

 にっこり笑った人魚がエミ達に手を振り、ぎこちない笑ってエミが手を振り返した。

 「な、なによこれは」

 左右に目をやると、男の客たちは夜店を遠巻きにして人魚を、それも西瓜の様な巨大な乳房に視線を注いでにやけている。 しかしだれも『人魚すくい』を

やろうとはしない。 当然だろう。 普通の『金魚すくい』用の網ではもちろん、本物の投網を使ったとしても、この『人魚』を『すくう』ことはできそうにないの

だから。

 「……」

 「コレヲスクウノ?」

 スーチャンに聞かれてはっとしたエミは、気を取り直して看板の文字と『人魚すくい』の道具を見た。

 「一回1000円!? 道具は……『金魚すくい』用の網ぃ!? こら店主! こんなものですくえるか!」

 ほっかむりをした怪し気な『人魚すくい』店主に文句を言うエミ。

 「いやいや、お客さん。 試してみないと判りませんよ」 と店主。

 「試してみるまでもあるかぁ!」

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