第二十一話 骨喰の宿

17.薄桜の宿 その参


 ヌルリ、ヌルリ、ヌルリ……

 桜花の豊かな乳房が、男の胸の上を重々しく這いまわり、桜花の汗と桜の花弁を男の胸に擦り付け、桜の香りを立ち上らせる。

 「う……ふぅ……」

 その香りをかぐと頭がくらくらする。

 「何も考える必要はありませぬよ……感じるままに……求めるままに……ゆるりと……交わりましょう……」

 桜花に言われるままに、男は自分を組み敷いている桜花の体を求める。 彼のモノを収めたままの桜花の中をゆっくりと、深く突き上げ、胸の上の桜花の

乳房を手で撫でる。

 「あぁ……」

 桜花の乳房は恐ろしく柔らかく、男の指はほとんど抵抗もなく沈んでいく。 ほんのりと赤みを帯びた乳房を弄び、乳首に口をつけた。

 チュク……

 桜花の乳首は薄甘い味がした。 男は赤子に戻ったかのように桜花の胸を吸い、桜花が身をよじらせる。

 サワサワサワ……

 彼を包む花弁がざわめいた……様な気がした。 いや、気のせいではなかった。 サワサワとかすかな音を立て、花弁たちが彼を愛撫している。

 「あ……」

 「ふふ……おかえしですよ……その花びらも私の一部なのですから……」

 桜花の言葉通り、花弁の一枚一枚の感触は艶めかしい女の肌の様であった。

 (まるで……桜花に包まれているようだ……)

 ふと、男の頭の中に不思議な図柄が浮かび上がる。 彼は桜花と抱き合っている。 その二人を大きな桜花の女体が抱きしめているのだ、赤ん坊の様に。

 サワサワサワ……サワサワサワ……

 花弁たちは男の体を包み込み、それが触れていないところはなかった。

 (なんて……きもちいいんだ……)

 完璧な抱擁と愛撫に、男は桜花を求めることを忘れ、忘我の境地に沈んでいく。 

 「心地よいでしょう?……それに浸って……何もかも忘れて……全てを精に変えて……私にくださいませ……」

 「あぁ……」

 男はうっとりとして、桜花にされるがままになっている。 彼女の言う通りであれば、彼は桜花に抱かれたまま精を放つことなく一年を過ごしていたのだ。 

一瞬で暴発しても不思議はなかっただろう。 しかし桜花の巧みな愛撫は、彼を暴発させる事無く思考の高みへと誘っているのだ。

 「ゆるりと……ゆるりと……気持ちよくなってくださいまし……」

 囁く桜花の声が心地よい。 その声を拾う耳にまで、桜花の愛撫が届いている。 そうしているうちに、男は体の芯がふやけ、トロリと蕩けていく様な感覚を

覚えた。 それが、次第に熱っぽい快感へと変わっていく。

 「蕩けそうだ……」

 「ええ……蕩かしてあげますとも……頭のてっぺんからつま先まで……骨の髄まで蕩けるように気持ちよくして差し上げますとも……」

 桜花の宣言通り、彼は体が溶けていく様な心地よさを感じていた。 サワサワサワ、サワサワサワ……桜花の愛撫はそれでも止まらず、彼をさらなる

高みに押し上げようとする。

 「あ……うっ……」

 突然すべての音が消え、彼は熱い快感の塊となって弾ける。

 「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 体がヒクヒクと震え、彼自身がビクビクと脈打ちながら熱い精を吐き出した。

 「蕩ける……」

 体を包むあまりの快感に、彼は自分が桜花の中で溶けていく様な錯覚を覚えた。

 『ああ……熱い……』

 サワサワサワ、サワサワサワ……はじけた彼の精を、周りの花弁が吸い取っているのだろうか。 うれし気に花弁が蠢いている。

 『もっと……もっと……』

 囁く声を聴きながら、彼はゆっくりと深い闇に落ちていった。

 
 「……お客様……」

 「ん……桜花?」

 桜花の声に目を開ける。 儚げな桜花の顔が眼前にあった。

 「お目覚めですか?」

 「あぁ……」

 頷いて男は体を動かそうとし、手足がうまく動かないことに気が付いた。 それどころか、頭すら動かせない。

 「……」

 目だけを動かして辺りを伺うと、自分は体の上に降り積もった桜の花びらに埋もれているようだった。 吹けば飛ぶような花弁のはずなのに、手足が

しっかり押さえつけられている。

 「桜花? 動けない……」

 ぼんやりとした口調で音は言う。 なぜか驚きを感じなかったのだ。

 「ふふ……もう動く必要はありませんよ……」

 桜花は、男の腰に跨ったまま妖しい笑みを浮かべた。

 「お客様の体は、私の根元に埋まってしまったのです……私の花びらに包まれて……」

 「なに?……ああ……桜の樹の下に、屍が埋まっているという……あれか?……」

 「ええ……でもお客様は、屍になったわけではありません……」

 桜花は、男の体に自分の体を重ね、愛し気に男を抱きしめる。

 「わたしと一緒に、ゆるりと時を過ごし、共に生き続けるのです」

 「そうか……」

 男はどこか上の空で応える。 桜花の言葉の半分も理解できない。 体を包む花弁の感触が、男根を呑み込んだ桜花の秘所の心地よさに思考が鈍って

いるのか、あるいは覚悟の上でここに来たので、どうでもよくなっているのかもしれなかった。

 「お客様の精、たいそう熱うございました……ふふ……」

 「それはよかった……」

 答える男の顔から表情が消えていく。 彼の体を柔らかな心地よさが包み込み、意識が桜色の霞の中に包まれてくる。

 「なんだか……夢を見ているような……」

 「ええ……これから次の春まで……私の夢の中でまどろんでくださいまし……」

 桜花の声を聴いた男は、ゆっくりと目を閉じた。 次に彼が目を開いたとき、もう次の春が来ているのだろう。 そして辺りは闇のとばりに包まれた……

 
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「そうしてあっしはそれからずっと、桜花に抱かれたまま年を重ねていやす。 いまでも」

 そう言った男の背後に、桜色の薄絹をまとった女性の姿が現れた。 彼女は重さを感じさせない動きで男を背後から抱きしめた。

 ゴッ……

 一陣の風と共に、府地理の姿が無数の桜の花びらと化す。

 フワリ

 宙に舞った花弁の一枚が薄桜色のロウソクの炎を消した。


 ………

 ……

 …?

 「あれ?」
 
 三つ目のロウソクが消えたのに、辺りが真っ暗にならないので滝が首をかしげた、すると。
 
 ダン!
 
 黒、赤、ピンクの縞模様のロウソクが目の前に置かれた。 ロウソクはガスバーナーと見まごうほどに燃え盛っている。

 ゼーハーゼーハー……

 「あのー……」

 滝は困惑した様子で荒い息をしている黒服の女性に声をかけた。 いつも音声や、この現場の指揮を取っている『エミ』という名前の女性だ。 まるで

たった今まで全力疾走していたかのように息を乱しており、その両脇にはピンク色のボディペイントを塗ったくり、悪魔っこのコスプレ(だと思う)をしている

娘と、眼鏡をかけた女子高校生、さらにその背後に緑色のボディペイントをした小さな女の子がいる。 エミ同様に、ピンクの悪魔っ娘、眼鏡の女子高生は

ひどく息を乱している。

 「えーと……」

 「『骨喰いの宿』。 もう少し継続!」 エミが宣言した。

 エミが滝の顔を見て言った。

 「え? いや……」 戸惑う滝。

 「たった今、三人目の話が終わったところで……」 志戸が滝の後を受ける。

 「スポンサー権限!」

 「どうぞお続けください」

 あきらめた様に言った滝だったが、話を始めるための品物がないのに気が付いた。

 「すみませんが、品物が……あ?」

 滝はエミの肩越しに、彼女の背後を覗き込んだ。

 「あ、いやどうぞ始めてください」

 こほん、とエミは咳をした。

 「どうやら『骨喰いの宿』の辺りには、いろいろと魑魅魍魎が跋扈しているようなので、ひとつ私たちもいってみようという事ででかけてみたの……あ、

温泉に入ろうという訳ではないから」

 (温泉目当か)と滝は思った。

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