第二十一話 骨喰の宿

13.赤鉄の宿 その玖


 突然泣き出した河童の『かーちゃん』に、うわばみ女将、赤い湯女達、そして弟は驚いて訳をたずねた。

 「どうしたのよ『かーちゃん』?」

 『火傷したの?』

 「どうしただ? どこか痛むだか?」

 『かーちゃん』はしゃくり上げながら応えた。

 「こんなに真っ赤になったら、嫁の貰い手がねぇだぁ」

 あらためて見てみると、もとは濃淡の緑色だった『かーちゃん』の体は、鮮やかな赤の濃淡に変わっている。 別に赤が見苦しいという訳ではない

だろうが、確かに『河童』にしては変わった色だった。 泣きじゃくる『かーちゃん』の体うわばみ女将が診た。

 「冷やせば戻らないかしら」とうわばみ女将。

 「どうかしら?……」と湯女その一。

 「カニはゆでると赤くなるでしょ。 あれって冷えても戻らないわよ」と湯女その二。

 「カニ? この子はどちらかと言うとカエルに近いんじゃない?」と湯女その三。

 「カエルをゆでるだか?」と弟。

 妖怪と人が一緒になっておかしな議論をしていると、『かーちゃん』はついと立ち上がり湯殿から出て行こうとする。

 「これ、『かーちゃん』。 どこに行くの?」

 「こんなみっともない姿になったら、皆に会す顔も体もねぇ。 淵に帰って二度と出て来ねぇつもりですだ。 いままでいろいろとありがとうございました」

 ペコンと頭を下げる『かーちゃん』を、うわばみ女将が引き止める。 その様子を見ていた弟は、何か考え込んでいたが。

 「こうなった責任はおらにもあるだ。 おらでよければ婿入りするだど」

 弟の突然の「婿入り宣言」に、妖怪女達が目を丸くする。

 「へー……」

 「けっこう男……」

 「いや、なかなか……」

 「んー……『かーちゃん』? こちらさんはこう言ってるけど? あなたの気持ちはどうなの」

 「急に言われても……なぁ……」

 『かーちゃん』の声が上ずっているところを見ると、まんざらでもないようだ。 うわばみ女将は、さらに『かーちゃん』に問いかける。

 「河童と人がつがいになった話は、私も聞いたことがあるような気がするわ。 でも河童は一族がいるし、『嫁』なんて言うぐらいだから、婚礼のしきたりとか

あるんじゃないの?」

 うわばみ女将の問に『かーちゃん』が頷いた。

 「んだな。 お客様のご厚意は涙が出るほどうれしいけんども。 無条件に『婿取りました』は認めてもらえねぇだ」

 「はー、けっこうめんどいだなぁ」

 感心したように言う弟に、『かーちゃん』は再びペコンと頭を下げた。

 「それに、おらの体が赤くなった事を憐れんでの申し出ならば、お断りすんべ。 おらだって女の意地があるだ。 『ああ可哀想な河。 おらが婿になって

やろう』って思われんじゃ、あんまりみじめだ」

 言われて弟は真顔になった。

 「それはそうだな。 だども、お前さんが『綺麗だ』って言ったのは世辞じゃねえし、婿入りの話もお前さんを憐れんでではないだど。 婿入りすんのに、

めんどいしきたりがあるってんなら、受けて立つだがどうだ」

 そういってドンと胸を叩いて見せた。

 「これはこれは……」

 「予想外の展開……」

 「女将さん、どうします?……」

 うわばみ女将は、弟と河童の『かーちゃん』を交互に見比べた。

 「ふんむ。 私らにとって、あんたは罠にかかった獲物ではあるんだけど……『かーちゃん』はうちの下働きだし、譲ってあげてもいいわ。 で『かーちゃん』、

お客様をあんたの婿と認めるにはどうすればいいの?」

 うわばみ女将の問に『かーちゃん』が答える。

 「相撲をとるだ」

 「お相撲を?……この場合、どっちが勝てばいいの?」

 「勝ち負けは関係ねぇだ。 河童と相撲を取って、互角の勝負が出来ねぇと、はぁ、婿だ、嫁だと認められねぇだ」

 「なるほど…でも、勝負をするのは誰? ここには河童は『かーちゃん』しかいない訳でしょ。 『かーちゃん』とお客様が相撲を取っても、真剣勝負に

ならないんじゃないの?」

 「もっともな疑いだども、心配ねぇだ」 胸を張る『かーちゃん』。

 「河童が相撲で手を抜くことはねぇだ。 全力でお客様のお相手をするだ」

 「あ、そう。 お客様もそれでよろしいですか」

 「ん」

 弟は頷いてみせた。

 
 双方が合意したので、うわばみ女将と湯女達は湯殿のそばの空き地の草を刈り、即席の土俵を作った。 その間に、弟と『かーちゃん』手ぬぐいを繋ぎ

合わせもあり合わせのまわしを作り、取り組みの用意をする。 半刻程で用意が整い、一同は土俵にやってきた。 「こうしてみると、けっこうたくましいわねぇ」

 「『かーちゃん』にあげたのは、ちと、もったいなかったかも」

 「いまさら何を言ってるの、貴方たちは……では、私が行司を務めさせてもらいます」

 即席行司のうわばみ女将が土俵の真ん中に立ち、軍配の代わりにかまど焚きに使う渋団扇をかざす。

 「ひがぁ〜しぃ〜河童の『かーちゃん』〜。 にぃ〜しぃ〜……って、お客様お名前はなんでしたっけ」

 「藤太っていうだ。 皆は『とーちゃん』って呼ぶだ」

 「『かーちゃん』に『とーちゃん』……」

 「ま、よろしいんじゃないですか……」

 湯女達のさえずりを目で制し、うわばみ女将は呼び出しをやり直す。

 「ひがぁ〜しぃ〜河童の『かーちゃん』〜。 にぃ〜しぃ〜人の『とーちゃん』〜」

 二人は、藁束を丸く並べた土俵の両側で手を打って構え、中央に進み出て仕切りを行う。 二人を分けるようにうわばみ女将が団扇をかざした。

 「河童と人の相撲三番勝負、一回目を始めます。 両者見合って見合って……」

 「あー、なるほど。確かにお見合いですわね……」

 「では次はお付き合い?……」

 「ど付き合いでしょう……」

 うわばみ女将は、ぐるっと首を半回転させて湯女達を睨みつけ、首を戻して団扇を上げた

 「はっけよい、のこったぁ!」

 息の合った立ち合いで、『かーちゃん』と『とーちゃん』は激しくぶつかった。

 ズン!

 赤色の女体がたくましい男体を受け止め、両者はがっぶり四つに組み合って動きを止めた。

 「む……ぬぬぬぬぬ!」

 「あゃ……ややややや!」

 両者の肉がむくむくと盛り上がり、かかとが地面をえぐる。

 「うわ、すごい……」

 「清く正しい……」

 「真剣勝負……」

 二人の額に、じわりと汗が浮かび上がる。

 「ぐぐぐぐぐ」

 「ぬぬぬぬぬぬ」

 互いに一歩も譲らぬ押し合いになり、『かーちゃん』の薄赤い胸に『とーちゃん』のたくましい胸がぐいぐいと押し当てられる。

 「ぐぐぐぐぐ」

 「!ぬ……くく……ふぅふぅ……」

 何やら『かーちゃん』の息が乱れてきた。 それを好機ととらえ、半ば反射的に『とーちゃん』は『かーちゃん』を押し込もうとした。

 ボン!!

 何かが弾けるような音がして、『とーちゃん』が土俵の外に弾き飛ばされた。

 「な、なんだぁ?」

 背中から地面に倒れた『とーちゃん』は頭を掻きながら立ち上がって『かーちゃん』を見て、目を丸くする。

 「やんだぁ、こっばずかしい」

 照れる『かーちゃん』の胸が大きくもりあがり、『かーちゃん』の動きに合わせてゆさゆさと揺れている。 それを見たうわばみ女将が、感心したように呟く。

 「河童の娘って普段はぺたんこだけど、『その気』になると膨らむんだって聞いてたけど、見たのははじめてだねぇ……」

 それからちょっと考えたうわばみ女将は、団扇をかざす。

 「『かーちゃん』の勝ちぃ! 決まり手は……えーと『乳出し』!」
   
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