第二十一話 骨喰の宿

6.赤鉄の宿 その弐


 兄貴は、目を丸くして赤い女の顔を見ている。

 「ゆ、ゆ、『湯加減』だぁ!? お、おめえが『うわばみ』かぁ!?」

 「ま、私が『うわばみに』に見えますか? 私この湯に住まいし由緒正しき妖(あやかし)『湯女(ゆめ)』と申します。 短い間ではございますが、お見知り

おきを」

 「あ、これはどうもご丁寧に……」

 赤い女のあいさつに、兄貴も頭を下げて挨拶を返し、眉を寄せた。

 「『短い間』?……どういう意味でぇ?」

 「もちろん、貴方様が私の中で気持ちよくなって、蕩け切ってしまうまでの間という事ですわ」

 「……どわぁ! やっぱそうくるのかぁ!」

 大慌てで湯から上がろうとするが、不思議なことに赤い湯のなかから出ることが出来ない。

 「まぁそのように慌ててずとも、ゆるりと温まっていかれませ」

 「い、いや……そうだ! まだ体を洗っていなかった、いやーうっかりしていた」

 「まぁ、お体を洗っていなかったのですか? それはいけません。 私が洗ってしんぜましょう」

 「い、いや自分で洗うぜ。 おかまいなく」

 兄貴は飛び上がる様にして、湯から石畳の上に上がった。

 「おっと、ぬか袋(昔の石鹸)を忘れてきたぜい」

 兄貴はとたとたと走り、がらりと扉を開け逃げ出そうとした。 しかし扉の向こうには、緑色の女が立っていた。

 「お客様、ぬか袋をお持ちしましただ」

 緑色の女は、ヌメヌメした肌を持ち腹側が薄緑色で、背中に何やら背負っているように見えた。

 「わわわ、カエル女か!?」

 「カエルとは失礼ですだ。 近くの渓流に住む河童ですだ。 河童の『かーちゃん』と呼ばれてるだ」と河童が言った。

 「かーちゃん、扉とお客様をお持ちして」と湯女が、湯から上がりながら言った。

 「承りましただ」

 かーちゃんは、片手で兄貴を肩に担ぎあげ、反対の手で湯殿の扉を外して湯の傍まで戻って来た。

 「おいこら、おろせ!」

 じたはだと兄貴は暴れたが、かーちゃんの力に抗しきれない。 かーちゃんは兄貴の抵抗を意に介した様子もなく、石畳の上に外してきた湯殿の扉を

敷いた。

 「何する気だ……まさか、それをまな板にして……」

 「その様な恐ろしいこと……お客様に、いたしませぬわ」

 「そうですわ」

 「まったくです」

 「なにぃ!?」

 湯から上がってきた湯女は一人ではなく三人だった。 目を剥く兄貴の前で、一人の湯女が扉の上に腹ばいになった。 その人型が崩れ、扉の上に

広がっていき、敷布団のような形になった。

 「な、なにをするきでぇ」

 「さ、かーちゃん。 お客様をここへ」

 かーちゃんは兄貴の腰を持ち、湯女の布団の上に寝かせる。

 ヌル……

 「わ、滑る……コンニャクの布団があったらこんな感じか?」

 妙な感想を述べた兄貴の上に、二人の湯女が覆いかぶさってきた。

 「おい、何をする!?」

 「もちろんお客様を、洗わせていただきます」

 「松の木の扉の上で洗うので、これを『松戸洗い(まっとあらい)』と呼び、我が宿の評判のご奉仕となっております」」

 「あまりの心地よさに、お客様には『一生に一度の体験だ……』と喜んでいただいております」

 「……そのあと蕩けちまって、一生が終わっちまうからだろうがよ!」


 じたばたと逃げようとする兄貴だが、背側の湯女に体が深く沈み込み、上から二人の湯女に乗っかられては、身動きが取れない。 ちなみにかーちゃんは

湯殿から出て行ってしまった。

 「こ、この……むぅ」

 一人の湯女が体を重ね、兄貴の唇を奪ってきた。 滑る赤い顔が目の前いっぱいに広がり、口の中にネットリとしたものが滑り込んでくる。

 「むぅ、むむむ……」

 これがさっきの河童なら舌にかみつくことも出来たろうが、湯女の舌はヌメヌメと蠢きながらもとらえどころがなく、文字通り歯が立たない。

 『まぁ、激しいお方……』

 「では下の方を洗ってさしあげます……」

 ぬか袋を使っているのか、布が足の辺りを擦っているようだ。 そしてその周りをヌメヌメしたもの覆い、這いずっているような感触がある。

 「まぁ、お客様……ここが」

 「うれしいですわ……」

 「むぅ(よ、よせぇ、触るな……)」

 フニフニ、ムニムニとねっとりとしたものが兄貴自身にまといつき、揉みしだいている。 それとも咥えられているのだろうか。 体全体がヌメヌメの湯女達、

その手や足で摩られると、大きな舌で舐めあげられるようだ。

 「ああぁぁ……」

 切ない声を上げながら、湯女が赤い乳房の間に兄貴の腕を迎え入れ、腕を磨く様に体を滑らせる。

 ゾクり……

 湯女が動くたびに、毛が逆立つような妖しい快感が肌に塗り込められ、それがじわりじわりと染み込んでくる。

 「うぅぅ……」

 いつしか兄貴は抗いをやめ、湯女の動きに合わせて彼女たちの体を愛でていた。

 「……い、いけねぇ!」

 はっと気が付いた兄貴は、自分の手を胸元へと誘っていた湯女を突き飛ばそうと、渾身の力で手を突き出した。

 ズブリ……

 手のひらが赤い女体の胸元へ沈み、背中へと突き抜けた。

 「あぁぁ……」

 腕をつきこまれた湯女が恍惚の表情を浮かべた。 そして、兄貴も……

 「ぁぁ……」

 ネットリと腕に絡みつく赤い女体の感触が、言いようのない甘い疼きへと変わっていく。 湯女を拒むために突き出した腕が、湯女と絡み合うために彼女を

引き寄せる。

 「さぁお客様……」

 「ここを……」

 「魂を……」

 『洗って差し上げます』

 どの湯女か判らなかった。 ひょっとすると三人が一つになっていたのかもしれなかった。 湯女が兄貴自身を呑み込んでいく感触が、確かにあった。

 「ぁぁ……呑まれる……」

 体の隅々、毛先の一本に至るまで、完璧に洗ってくれた湯女が、固く張り詰めた怒張を愛し気に洗ってくれている。 魂が蕩けそうな心地よさに、怒張と

宝玉が自分のモノでなくなっていく。

 「さぁ……」

 「ぁぁ……」

 兄貴は、湯女に促されるままに自分を解き放つ。

 ヒクリ……ヒクリ……ヒクリ……

 緩やかに、密やかに、そしてとてつもなく深い快感が兄貴を酔わせる。

 「いい……なんて……いい……」

 「ああ……お客様の……熱い……」

 「なんて熱い……お方……」

 「素敵ですわ……」

 兄貴の声に、湯女たちの喘ぎが重なる。 快感で蕩け切った兄貴の心に、湯女たちの喘ぎが静かに沁みとおって行った。

 トクリ……


 「う……」

 兄貴は目を開けた。 まだ湯女達に絡みつかれたままだったが、兄貴が目を覚ますと、湯女達は彼の背に手を回して彼を立たせた。 そして湯の中に

戻ると、湯の中で一塊になった。

 ボコリ……

 泡の様に、一人分の湯女の上半身が赤い湯面へと現れ、両手を広げる。

 「さぁ、お客様……」

 彼女の前の赤い湯面が縦に割れ、糸を引いて口を開く。

 「いらしてください……」

 それは、人ひとりが入れるほどの湯女の秘所だった。 それとも、秘湯というべきか。

 「お客様を愛して……骨まで蕩かして差し上げます……」

 妖しく笑い、恐ろしい言葉を口にする湯女。 しかし、兄貴はだらしない笑みを浮かべ、その赤い秘所へと身を沈めていった。

【<<】【>>】


【第二十一話 骨喰いの宿:目次】

【小説の部屋:トップ】