第二十一話 骨喰の宿

2.蒼鉄の宿 その弐


 「さぁ、正体を見たからにはただではすまないわよぉぉぉ……」

 「しょ、正体を見せられたからには……ごめんなんしょ!」

 言うや否や、若者は立ち上がり、すごい勢いで逃げ出そうとし……足がもつれて見事に転んだ。

 「うわったい! 畜生走りにくいぞぉ! りゃりゃりゃ!?」

 はだけた着物の裾から、ふんどしが覗いている。 そのふんどしが、下から突き上げられ、見事な富士を形成していた。

 「こ、これは?」

 「ぬっふっふっ」

 女中転じてうわばみ娘が、色っぽい(蛇目のうろこ顔ではあまり色っぽくないが)流し目をくれてきた。

 「ただのお酒とお思い? お客さん……」

 「さ、さてはマムシを漬け込んで作るというマムシ酒か!? アレに効くとは聞いているが……」

 チッチッチッ……ヒック

 うわばみ娘が人差し指を振りながら、首を横に振った。

 「そんな安っぽい酒じゃないわよ。 よーくお聞き。 その酒は、あたしと、妹の右月、かか様がどっぷり浸かって醸した、うわばみ酒よ……」

 「なにぃ!? うわばみ酒だとぉ、そんなもんのんだら……効くのか? それ?」

 「んー……キャハハハ。 効くんじゃない? そんだけ立派な富士山拵えてんだからぁぁぁ」

 「く、首を絞めるなぁぁ」

 どうも、うわばみ娘の方が酔ってしまったようで、手が付けられない。 そのとき、カラリとふすまが開き、もう一人の女中が銚子の追加を持ってきた。

 「はいー、お銚子のお替りをお持ちしました……と、姉様! なんてはしたない格好で……」

 「そう言う問題かよぉ」

 若者の言うのももっともで、正体をなくした、いや正体を現したうわばみ娘が、着物の前と裾をはだけた、だらしない格好で若者に抱き着いているのだが、

胸元は見事に青鉄色のうろこにびっしりと覆われ、裾から覗くのは白桃の匂うが如き太腿……ではなく、仁王すら絞殺しそうな太い蛇身なのだから。

 「すみませんねぇ。 姉様は少々酔い方ががさつでして……まったくこんなもののどこがおいしいのかしら」

 謝りながら、妹女中はうわばみ娘を若者から引きはがす。 酔いが回ってきたのか、うわばみ娘はすとんと横になり、畳の上でとぐろを巻いて寝息を立て

始めた。

 「これをがさつで片付けるなぁ! って、姉様? するってぇとお前様も」

 「……」

 言葉を濁した妹女中は、そっと着物のたもとで口元を隠し、小声で一言。

 「……うわばみでございます」

 「……そ、そのうわばみが、なんで宿屋を……そ、そうかあれだな。 親切なうわばみが人にあこがれて嫌われないように、正体を隠して旅人をもて

なすという……」

 「……『実はめでたし、めでたし』で終わるお話をお望みと思いますが。 残念ながら、旅人を酔いつぶし親子三人の糧とするためにございます」

 「……そうかい、そうやって暮らしていかねぇと……」

 「はい、山奥の事とて獲物も乏しく、うわばみ女がやっていくのもなかなか大変でして」

 「うんうん、物の怪の世界も大変だなぁ……じゃぁ、おいらはそろそろ失礼するよ」

 手を上げて、そーっと立ち去ろうとする若者の着物の襟を、妹女中ががっしと捕まえる。

 「ごまかされませんよ」

 「離せぇぇぇ」

 じたばたと暴れる若者。 その下履きが緩み、ふんどしがほどけて富士の下から正真正銘の亀の頭が顔を出す。 さすがはうわばみ酒とというべきか、

若者が暴れるのを一瞬忘れるほどに、隆々と反り返っていた。

 「きゃ」

 意外な反応を見せたのは妹女中で、頬を赤らめて目をそらす。

 「おっとすまねぇ……って、お前さんひょっとしてオボコかい?」

 「そ、そういう訳ではありませんが。 男の方の……には慣れていなくて」

 「ふーんそうかい」

 あいまいに頷きながら、若者は頭の中で考えをめぐらす。

 (さっき、酒を飲んだことがないような事を言っていたな……よし、こいつも酔いつぶして逃げ出そう!)

 
 「よしよし、お兄さんが男のモノに慣れる方法を教えてあげよう」

 「……まさか『へっへっへっ、慣れば気持ちよくなるんだから』とか言いながら、不埒を働くつもりでは!?」

 「どこぞのヒヒじじいじゃあるまいし。 ぢげぇよ、こんなもん酒を一杯ぐーっとやれば、何だって平気になるなるもんだ」

 「お酒ですか……それ、私や姉様が浸かった酒ですよ」

 ちょっと嫌そうにする妹女中に、若者は怒って見せる。

 「おい、お前さん。 すると何かい、自分が飲むのが嫌になる酒を、客に勧めているのかい?」

 「あ、いえ、そんなことはありません」

 「じゃぁ、一杯」

 若者は妹女中に盃を持たせ、銚子を傾けた。 妹女中は、盃と若者の顔をに三度見比べ、意を決したように盃を口に運ぶ。

 ク……チビ……チビ……チビ……

 「……どうでぇ」

 「甘いような、苦いような、変なお味ですぅ」

 妹女中は眉を寄せているが、早くもほんのりと頬を赤らめている。

 (よかった、正体はうわばみでももこっちの方はうわばみじゃねぇようだ……姉の方はうわばみの上にうわばみだったからなぁ……)

 と若者はややこしい感想を頭の中で呟いた。

 「さ、もう一杯」

 「まだ飲むんですかぁ」

 しぶしぶといった感じで、妹女中は盃を口に運ぶ。

 チビ……チビ……

 (どうやら本当に酒は得意じゃないらしいが……)

 顔だけでなく、胸元にまで朱が差してきた。 と、その目がスーッと細くなり、金色の色どりを帯びる。

 「……」

 化けるか、と身構えたが。 瞳が蛇っぽくなっただけで、姉のように一気にうろこ顔になる様子はない。

 「なんだか、暑くなってきました……」

 きちんと揃えていた足を崩し、パタパタと手で顔を仰ぎ、胸元に風を入れる。

 (なんか、色っぽいな……)

 妹女中の崩した足の奥に黒々とした陰りが……と思ったら、そこがヌラリと光った。 思わずそこを凝視すると、女の陰りの場所に蒼鉄色の鱗が生えている。

 「お客様。 どこをご覧になっています?」

 「おぅ、悪ぃ」

 謝って目をそらしたが、吸い寄せられるように視線がそちらを向いてしまう。

 (あ……首筋にも)

 白かった首の端が黒っぽくなっている。 どうやら背筋側の方にだけ、鱗が生えてきているらしい。 化けるというより、なにか妖しい衣装をまとっている

ようで、妖しい色気がじわじわと溢れ出してくるようだ。

 ズクン……

 「うっ」

 そっと目を落とすと、隆々と反り返っていたモノが、赤銅色に張り詰めていた。 まるで銅でできた仁王様のモノの様で、こちらの方がよっぽと化け物の

様である。

 「あぁ」

 頬を赤くした妹女中が天を仰いでため息をつき、畳に伏せるように身を倒した。 酒が回ってきたらしい。

 (逃げるならいまだ!)

 立ち上がろうとした若者だったが、足が縫い止められたように動かない。

 「熱い……」

 ゴロリと妹女中が転がった。 胸元ははしたなくもはだけられ、白い乳房がこぼれれ落ちる。

 ズクン!

 「ううっ」

 一瞬目の前が黒くなり、股間のモノが跳ねた。 見なくてもそこがビクビクと脈打っているのが感じられる。

 (こ、こっちも酒が回ってきたのか)

 頭の中で血がたぎり、体が自由にならない。 そこにとどめが来た。

 「あ、ああん……」

 妹女中が太腿を擦り合わせるようにしながら、裾を崩していく。 乱れた着物の間から、白桃の様な足が見え隠れし、そして鱗で覆われた陰りが、彼の

眼前に……

 (ああっ……)

 不意に彼女の秘所がさらけ出され、赤い陰唇がくわっと口を開く。 その様は、蛇が口を開いて獲物を呑み込もうとしているかの様であった。

 「ううう……」

 魅入られたように彼女から目が離せず、彼女の胎内に吸い込まれていく様だ。

 ふらふらと若者は立ち上がり、妹女中へと身を重ね、猛れ狂うるモノを彼女の秘所へと……

 グ……ボッ……

 「ひぃっ!?」

 牙こそ無かったものの、彼女の秘所は蛇の咢そのものだった。 いや牙はあった。 咥えこんだ獲物を逃さぬ、『肉の牙』が。

 ジュ、ジュルルルル……

 「ひぃ!」

 「ぁぁ、ご無体な」

 口調と裏腹に、彼女の秘所は貪欲に若者を貪った。 赤銅色に膨れ上がり、鉄のように固くなっていたはずの怒張が、女の愛の涎の前にもろくも溶解し、

無数の蛇のようにのたうつ繊毛がに纏わりつかれ、女の胎内でのたうった。

 「ああっあああっあああああっ……」

 悲鳴とも歓喜の叫びとも区別のつかぬ声を上げ、若者は絶頂に達した。 脳天を突き上げる歓びに、若者は蛇のように体をくねらせて悶える。

 「ひぐぅぅぅぅぅ」

 「ああ、お熱ぅございます」

 若者が悶えるほどに、妹女中はむしろ冷めていく様であった。 乱れ狂うこともなく、言葉を乱すこともなく、品よく睦みの喘ぎを若者の耳へと囁く。 しかして

その女陰は、妖し蛇の咢の本性をさらけ出し、男を逃すことなくよがり狂わせ続けた。

 
 「く……ぁ……」

 いかほどの時が立ったのだろう。 体の中の精のすべてを絞りつくされ、ようやく若者のモノは女の咢から解放された。 息も耐えだえの若者に、妹女中が

囁いた。

 「お酒のおいしさ、少しだけわかった様に思います……もう一献、参りませんか?」

 「ぎえっ」

 若者は白目をむいて失神した。 

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