第二十一話 骨喰の宿

1.蒼鉄の宿 その壱


 三本のロウソクが灯る。 端から、蒼鉄、赤鉄そして白……いや薄桜色だ。

 「おいらはよぉ」「俺たちはなぁ」「あっしは……」

 「おいこら、待ちなよ。 一度に三人……あれ?」

 滝は人影を数えた。

 「ひぃ、ふぅ、みぃ、よ……四人。 ロウソクは三本で人数は四人だと?」

 滝はあたまをかきむしり、相方の志度を見る。

 「何についての語りか、尋ねてみたらどうだ?」

 「そうだな。 あんたら、何の語りを持ってきたんだ?」

 「『骨喰の宿』って所があってよぉ」「『骨喰の宿』にいってだなぁ」「『骨喰の宿』を訪れたのだが」「うへへへへ」

 三人の声が揃い、残る一人が妙な声で薄ら笑いを浮かべた。 期せずして、全員の視線が薄ら笑いを浮かべている男に集中する。 他の三人より頭一つ

大きく、相撲取りを思わせる体格だが、顔には締まりのない笑いが浮かび、控えめに言っても利口そうな顔ではない。

 「ちっ、寸足らずかよ」「与太ぁ! 兄貴に恥かかすな!」「哀れな」

 ロウソクの向こうから容赦の無い言葉が聞こえ、滝と志度はあえて感想を控えた。 その時滝は、四人が『髷』を結っている事に気が付いた。

 (時代劇の俳優か?……まさか幽霊……なはずはないよな)

 百物語の語りがあの世から迷い人では、出落ちもいいところ、語るに落ちるとはこのことだ。

 「同じ、その……『骨喰の宿』の話なので、まとめて来たのか? それじ……一人ずつ順番に語ってくれるかい」

 三人が(与太は除く)が顔を見合わせる。

 「じゃおいらから」 蒼鉄色のロウソクの男が最初だ。

 「次は俺達だ」「うへへへへ」 赤鉄色のロウソクの男がニ番目、彼は『与太』と呼ばれる男の兄貴らしい。

 「最後はあっしが」 薄桜色のロウソクの男が最後と決まった。


 「こいつを見てくんねぇ」

 男が取り出したのは、墨一色で文字が書かれた、いや刷られた1枚の和紙だった。

 「……何かの護符か?」 滝は漢字らしい文字を読み取ろうとしながら尋ねた。

 「札らしいんだが、意味が分かるほど、おりゃ物を知らねぇ。 ま、こいつを読んだ事が、始まりよ……」

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 「おぅ、ちょっくら道を尋ねるがよ、ここはなんてところだい?」

 田を耕していた百姓は鍬を休め、あぜ道から道を聞いてきた若者をいぶかし気に見た。

 「おめぇ、自分が何処歩いているかも知らねぇだか?」

 「おう、近道しようと山道を選んだら、ちぃと道に迷ってな」

 「ここは鬼抜村つぅだ。 街道に出たいなら、この先にお堂があるで、そこから東の道に行くだ」

 百姓の言葉に頷いた、若者は「じゃましたなっ!」と言い残し、あぜ道を小走りに駆けて行った。 百姓は、首を振って野良仕事に戻ったが、ふいに手を

休めて呟いた。

 「しもうた。 お堂はこのめぇの野分ですっとじまったんだった……」


 さて、若者はてってってっと小走りにあぜ道を走っていったが、いっこうにお堂が見えてこない。

 「おっかしいな……あの野郎、でたらめ教えやがったな!」

 振り返ってみたが、思ったより進んでしまったらしく、人っ子一人見えない。

 「戻った方がいいか? しかし、今更戻るのも面倒だょなぁ」

 ぶつぶつ言いながら歩いて行くと、古びた鳥居が見えてきた。

 「おっ! あれか?」

 やれありがたいと鳥居に駆け寄ると、今にも朽ちて倒れそうな鳥居が立っているだけで、鳥居の先には野っ原がひろがるだけでお堂も社も見当たらない。

 「お堂は?……ここじゃねぇのか?」

 きょろきょろと辺りを見回すが、お堂どころか、建物があった形跡もなく、道の脇に鳥居がポツンと立っているだけだ。

 「やれやれ、こりゃ違うかな……ん?」

 赤く塗られた鳥居の柱に、古びた札らしきものが貼られている。 若者は目をくっつけるようにして、札の字を読んでみた。

 「摩利支天……じゃねぇ? 摩慈簾貞留……『まじすている』?」

 突然、ごっと風が鳥居の中を通り抜け、若者は思わず顔を背けた。

 「突風かい……やややや!?」

 若者は大きな声を上げたが、それも無理なかった。 鳥居の向こうに道が出来、その道の先に立派な農家が立っていたのだ。

 「こ、これはいったい……ええええ!?」 

 若者はもう一度声を上げた。 鳥居の向こう側、彼が進んできたあぜ道も、周りの田畑も、すべてが消え失せていたのだ。

 「……狐か狸に化かされたか?」

 頬をつねったり、眉に唾をつけたりしてみたが、景色が元に戻る様子はない。

 「……しかたねぇ。 あそこで道を聞いてみるか」

 
 農家の前までやって来ると、表口から中を覗き込むようにして声をかける。

 「えー、ごめんなんしょ。 ちょっくら道を尋ねたいんだが……」

 「いらっしゃいまし。 『骨喰の宿』へようこそ……」

 中から出てきたのは、上等な着物をまとった妖艶な女だった。 若者より二回りは年が言ってそうだ。

 「や、宿? ここは、この辺の地主かなんかの家じゃねぇのか?」

 「昔はそうでしたが、今は知る人ぞ知る宿屋……『骨喰の宿』と呼ばれており、私はここの女将でございます」

 「宿屋って……こんな辺鄙なところに宿を立てたって、人なんか来るのかい?」

 「現に貴方様がいらっしゃいました……」

 「なるほど」

 相槌を打ちながら、いよいよこれは狐か狸に違いないと若者は思った。

 「実は、ちょいと道に迷っちまってな、街道に出る道を教えてほしいんだが……」

 「迷うぐらいですから、ここから街道に出るのは簡単ではござりませんよ。 それに今からでは、街道に出る前に日が落ちてしまいます。 今宵はここに

一泊なさいませ」

 (きたな!)「んー。 御親切はありげてぇが、懐具合が涼しくてなぁ。 そろそろ秋から冬に入ろうかというところだ」

 「ご心配なく。 あるだけで結構でございますよ」

 「そうかぁ? じゃすまねぇが世話にならぁ」

 若者は礼を言いつつ、その実緊張しながら草鞋を脱ぐ。 それを見た女将は、パンパンと手を叩いた。

 「これ左月に右月。お客様がお付きです。 たらいをお持ちなさい」

 「あーいー」

 声がして、奥から二人の女中が出てきた。 これが女将にまけない美女ぶりで、若者はますます疑いを深めた。

 「お疲れ様でございましょう」「お足を洗いましょう」

 二人がかいがいしく若者の足を洗い、奥へと案内する。
 

 「うーむ」

 若者は奥座敷で唸っていた。 外から見た通り、家の作りは農家だった。 若者がいる奥座敷以外にも部屋はあるが、二組も泊めればいっぱいになる

だろう。 到底、宿屋として成り立つとは思えない。

 「お食事をお持ちしました」

 「悪いな」

 食事は飯と汁物に漬物のみだったが、若者はむしろほっとした。 これで山海の珍味なぞ出て来たら、かえって気が休まらないというものだ。

 バリバリ、サクサク…… 新鮮な漬物で飯を掻っ込む。 一瞬、馬糞ではないかと疑ったが、味は確かなようだ。

 (まぁ、そん時はそん時だ)

 気楽な性分らしく、うまい飯を出されただけで、張り詰めていた気持ちが緩んでくる。 そうなると、給仕をしてくれる女中に目が行く。

 (ほんとに別嬪だなぁ……)

 当人は気が付いていないが、目じりと鼻の下が緩んできている。

 「ささ、地酒ですが一杯いかがです」

 「何、酒だって」

 女中が盃に酒を満たしてくれる。 さすがにこれは怪しいと、手に持った杯をじーっと眺め、匂いを嗅いでみる。

 「いやですわ、旦那。 毒などはいませんから。 ささ、ぐーっと、ぐーっと召し上がれ」

 そう言いながら、女中は強引に盃を勧める、というより若者の口にねじ込んできた。

 「ら、乱暴だな……おおっ!?」

 「いかがです?」

 「これはうまいな」

 天上の美酒……とはいかない、むしろ野卑で香りの強い酒であった。 が、それゆえか力強い酔いが回ってくる。

 「うむ。 これは効く!!」

 「そうでしょうそうでしょう」

 「うん、お前も一杯!」

 若者はそう言って、ぐいっと盃をつきだした。

 「え? いえ私は、お客様のご酒を召し上がるわけには」

 「なにぃ! 俺の酒が飲めねえってか!」

 「わわっ、絡み上戸!」

 いやがる女中を押し倒すようにして、若者は盃を女中の口にねじ込んだ。

 ……ヒック

 よく効く酒らしく、女中の顔と肌がポーっと赤くなり、襟元から色気がにじみ出す。

 「どうだ!」

 「およこし」

 「へ」

 「もっと、およこし!」

 座った眼差しで若者をねめつけた女中は、若者の手からお銚子をひったくると、逆さにして一気に呑み始めた。

 グヒッ、グビッ、グビビッ……

 たったの三口でお銚子一本を開けてしまう。

 「おお、見事。 おぬし、うわばみだな」

 「なに?」

 「うわばみだな」

 「なんですってぇぇ!」

 女中が若者の胸倉を掴み、顔を寄せてくる。

 「何故、判ったぁぁぁ」

 「いや、その呑みっぷりをみれば一目瞭然……」

 「正体がばれた以上、もはや人のふりをすることもなし」

 「へ?」

 ドロドロドロドロ…… 怪し気な音ともに、女中が口から黒気を吐き出し、自らの身をその黒気の中へと沈める。

 「……」

 若者が呆然と見つめる前で、黒気の中から爛々と目を光らせた女中が正体を現す。

 「のぁぁぁぁ」

 背格好こそ変わっておらぬが、白き柔肌は鈍く光る蒼黒いうろこに覆われ、妖しく笑う口もとには牙が見え、二本に分かれた舌先がチロチロと見え隠れする。

 まごうことなき蛇女、女中の正体はうわばみの妖怪娘であった。

 「う、うわばみだぁぁぁぁ」

 「お客様がさっきそうおっしゃったじゃないのよぉぉぉ」


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