第十九話 ランプのせい

12.ランプのせい


 ィ……

 かすかな音がして浴室の扉が開いた。

 (う……)

 『男』は鉛のように重い体を引きずる様に、歩く。 

 ズシャ……ズシャ……

 体同様、頭の中も鉛を詰め込んだ様だ。 重い腕を上げて、ベッド・ルームの扉を開く。

 「……ひ!?」

 目の前に……怪物が立っていた。


 「あ……ぁ……」

 怪物は赤い毛で包まれた人の形をしていた。 毛が蛇のようにざわざわと蠢き、頭の辺りに光る眼が見えた。 と、赤い毛が左右に分かれ、隠れていた

体が姿を現す。 女だ。 整った褐色の肌の美女が、蠢く赤い毛、いや赤い髪の毛の奥に隠されていた。

 「ぁ……」

 恐怖に『男』は一歩下がる。 と、褐色の美女も一歩下がった。

 (……?……!)

 驚いて尻もちを搗くと、美女も同じように尻もちをついた。 愕然とし顔に手を触れると褐色の美女も自分の顔に触る。 『彼』が見ていたのは鏡だった。


 ”如何です、ご主人様……”

 ”美しくおなりですよ……”

 ジーニーの声がして、『彼』、いや「彼女』の赤い髪が蛇のように蠢いた。

 「お……お前たち……あ……」

 髪の毛に見えたのはジーニー達だった。 『彼女』は鏡の中の褐色の美女の肢体に、無数の赤い蛇が纏いつくのを目撃し、同時に得も言われぬ快感に

包まれるのを感じた。

 「ぁぁ……」

 ”感じやすい体になったでしょう……うふふ……”

 ”これからはずっと……一緒ですよ……”

 「なんだって……」

 絞り出すように疑問を口にしたものの、『彼女』の意識は赤い混沌に呑み込まれようとしていた。 体を包み込む魂が蕩けるような快感に、意識がぼやけ

ていく。

 (蕩けそう……ああ……ひとつに……)

 ”溶けちゃいそう……”

 ”気持ちいい……”

 ジーニーの意識が『彼女』と溶け合う。 蛇のように蠢いていた赤い髪が、『彼女』の一部となった……いや……

 「……違うわね……ふふ……ふふふふ」

 含み笑いをしながら、『彼女』は髪を秘所へと伸ばす。 赤い蛇のように、ピンク色の女の神秘を髪が粘り這う。

 「ああっ……」

 褐色の肢体が大きくしなった。 『彼女』は熱い吐息を漏らしながら、右手を秘所に左手を乳首に這わせる。

 「あはっ……ふぅっ……」

 ザワリと赤い髪の毛が蠢き、幾筋もの蛇となって女の乳房に絡みついた。 一方で、秘所に粘りついていた一筋は太く膨れ上がり、秘所へ潜り込む。

 「いひっ……」

 かっと女が目を見開き、大きくのけ反って唇のまわりを舐めた。 すかさずといった感じで髪の毛の一部が唇の周りへ吸い付き、舌に絡まる。

 「むふぅ……うん……ううん……」

 髪の毛に絡みつかれ悶える褐色の肢体。 赤い髪は体の隅々まで纏いつき、ついには女の体が見えなくなる。

 「むふ……むーん!」

 赤い髪の毛の塊がビクビクビクッと震え、力を失って床に広がる。 髪の毛がざわざわと蠢くと、その下からぐったりとした褐色の肢体があらわれた。 

上気した顔で荒い息をついている。

 「ああ……くふ……この体の方が、髪の毛の一部ね……うふふ……」

 何がおかしいのか『彼女』微笑みながらゆっくりと立ち上がった。 鏡を見れば、赤い蛇の様な髪を生やした褐色の女体がこちらを見て笑っている。 蠢く

髪だけを見れば、伝説の怪物メドゥーサにも見えた。

 「ふふ……こんな体になっちゃた……いけない子たちね……」

 『彼女』は髪を指に絡め、そっと撫でる。

 ”そうですよご主人様……”

 ”こんなになったのは、私たちのせい……”

 「そう……あれもこれも……みんなこのランプのせい……ふふ……あははは……」

 密やかなに笑いながら、女は机に置かれていたランプを取り上げた。

 ”さぁご主人様……”

 ”まいりましょう……”

 ジーニーの囁きと共に、女の瞳から意志の光が消えた。 彼女は妖しい、しかし空虚な表情で赤い髪の毛を撫でつけ、クローゼットの中を物色しはじめ

た……


 「ふふ……さぁどこにいこうかしら……」

 闇の中に、男物のコートを着込んだ女が消えていく。 その手には、古ぼけた『ランプ』が握られていた……

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 「……終わりかい?」

 滝が聞くと、女はコックリと頷いた。

 「つまり、男はランプから出てきた魔物達に女に変えられて……」

 「赤い髪の魔物にされてしまったというわけか……」

 滝の話を、志度が引き継いだ。

 「ええ……」 女が肯定する。

 「ふむ……しかしその女はどこに行ったのかな? 魔物になって、とんでもないことをしてるんじゃないか?」

 「知りたい……?」

 フードの下で赤い唇が笑みの形を作る。

 「……続きがあるのか。 だろうな」

 滝はそう言って、視線をランプから女に移した。

 「!……」

 女がフードを脱ぐ。 赤い髪の女だった。

 「知りたい?」

 女はもう一度言った。 その髪の毛がざわざわと蠢き、蛇のようにのたうつ。

 「教えてあげましょうか?」

 赤い蛇が、女の周りからゆっくりと這いずり出し、その一匹がロウソクを倒した。

 パタ………

 半透明の赤いロウソクが倒れ、辺りは闇に返った。

<第十九話 ランプのせい 終>

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