第十九話 ランプのせい

11.融合


 裸の女が壊れた人形のように床に座っていた。 目の焦点はあっておらず、ぶつぶつと何かつぶやいている。

 「私……何を……してるんだろう」

 ぼんやりと思い出す。 数時間前まで『彼女』は彼だった。 ランプ、ジーニー、赤い女、切れ切れの映像が頭を駆け巡る。 『彼女』はそれらを一つに繋げよ

うと試みる。 しかし、記憶のかけらは儚い夢の様に手をすり抜けて消えていく。

 ”ご主人様……用意が出来ました……”

 ”さぁ……いらして……”

 浴室から、ジーニーの呼ぶ声がした。

 「あぁ……」

 痺れるような歓びが沸き起こり、『彼女』立ち上がった。 フラフラとよろめくような足取りで、浴室へと歩いていく。

 トプリ……

 湯舟は赤い液体で満たされ、その脇にジーニーが佇んでいる。 一人しかいないという事は、湯舟を満たしているのはもう一人のジーニーに違いなかった。

 ”さぁ……ご主人様……”

 ジーニーに招かれるまま、『彼女』は湯舟に歩み寄り赤い液体にゆっくりと身を浸す。 人肌のぬるま湯だった。

 ”いかがです……私の中は……”

 「ええ……いい気持……」
 ネットリとした赤い『湯』が体を包み込み、肌を撫でている。 ジーニー達を抱いた時、そして女になって抱かれた時、肌のすべてがジーニーに触れていた

わけではなかった。 しかし今は、ジーニー完全に包まれ、全てリ肌を愛撫されていた……首から上を除いて。

 ”……では”

 湯舟の脇に佇んでいたジーニーが、『彼女』の背後にしゃがみこんだ。 そして『彼女』の頤に両手の指を添え、マッサージするように顎から頬へと指を動かす
。 『彼女』は目を閉じ、頬を撫でる指の感触を楽しんむ。

 「素敵……」

 うっとりして『彼女』はジーニーに身を任せた。 軽く目を閉じた女の肌の顔の上を、ジーニーの指が余すことなく滑っていく。 その指が滑った後には、くっきり

と赤い線が画かれていた。 そうして、『彼女』の顔は赤く染められていった。

 トプリ……トプリ……

 赤い湯で満たされた湯舟の上にさざ波が妖しい文様を描き出し、まどろみにも似た時が流れていった。


 タプン……

 湯舟に波が立って丸いものが浮かび上がる。 『彼女』はのろのろと目を見ひらき、自分の目の前にジーニーの頭が浮かび上がるのを見つめていた。

 ”ご主人様……ご気分はいかがです?……”

 「……」

 『彼女』は口を開きかけたが、言葉を発することなく口を閉じた。

 ”手をご覧ください……”

 赤い湯の中から『彼女』の手が浮かび上がる。 赤い滴にまみれた細い女の腕の肌の色は、褐色に変わっていた。

 「……」

 『彼女』は驚く風もなく、褐色に変わった自分の手を眺めている。

 ”では、胸を……”

 ゴボリと音を立てて湯が蠢き、ジーニーの上半身が現れる。 その分湯舟の湯の量が減り、女の胸も露わになった。

 「……」

 『彼女』の視線が下を向き、豊かな自分の胸を見つめる。 浴室に入った時よりも、優に三周りは大きくなった乳房が重々しく揺れている。 そして、その乳房

も褐色の肌で覆われていた。 そして、それを見つめる彼女の顔には、何の表情も浮かんでいない。

 ”最後に……”

 湯舟からジーニーが立ち上がった。 湯舟の中には褐色の肌をした女が横たわり、自分の体を感情のない表情で見つめている。 浴室に入る前はどことなく

固く、男だったころの名残が残っていた体は、美しい曲線とで包まれた妖しい女体へと変貌していた。 ただその顔、端正な女の顔にはなんの監視上も浮かん

でいなかった。 人形のように。


 ”ふふ……ご主人様……”

 ”では……最後の仕上げを……”

 二人のジーニーは、湯舟と『彼女』に覆いかぶさった。 そのまま二人の体が溶けるように崩れ、赤い湯となって湯舟を満たす。

 「……あ」

 『彼女』が吐息を漏らし、それを合図にしたかのように、湯の表面から二人のジーニーの上体が現れる。

 ”ご主人様……”

 ”ああ……愛しい……体……”

 湯舟から覗いている女の上半身に、ジーニーたちが赤い滴を垂らしながらむしゃぶりついた。

 「……う……あ……」

 呻いた『彼女』の顔に、表情が戻る。

 「……なに……なにが……」

 身をよじる『彼女』の唇を、ジーニーが塞ぐ。 『彼女』ジーニーの上体を抱き寄せ、夢中で口を奪い返す。

 (なに……なにが……どうなっているんだ……)

 『彼女』の中で『男』意識が微かに戻った。 

 ”ああ……ご主人様ぁ……”

 (ジーニー……お前たち……俺に何を……)

 『男』の意識が混乱する。 女に変わった自分の体、そこから生まれる極上の歓びに思考がままならない。

 ”ご主人様は……女に生まれ変わったのです……”

 ”そして……私たちと……一つになるの……”

 (なんだ……なにを……)

 『男』は自分を守るためジーニーを拒絶しようとした。 しかし彼の、いや『彼女』の体はジーニーの思うがままになっていた。 ジーニーに浸された女の下半身

女の神秘の奥深くから抗いようのない快感が湧き上がる。

 (ああ……)

 甘くうねるような快楽の波に、『男』の意識がふっと遠くなる。

 ”どうですご主人様……”

 ”女の……それも特別に感じやすい肉体の味は……”

 (いい……)

 怒涛の様におしよせる女の快感の前に、『男』の抵抗は無力だった。 よがり狂う女の肉体に、いつしか『男』の意識が同調し、そして自分からジーニーたちを

求めていく。


 ”では……”

 ”ひとつに……” 

 ジーニーたちの声がひどく遠くから聞こえ、続いて頭が柔らかいものに包まれるような感じがした。 そして、そのぬくもりがじん割と頭の中に沁みとおってくる

ような奇妙な感覚。 しかし、女の歓びに翻弄される『男』の意識はそれに気が付かない。

 (……ああ……いい……あ?)

 女の歓びに浸りきっていた『男』の意識に何かが触れた……『男』はそう感じた。

 「ああやっと……」

 「ひとつに……」

 ジーニーの声が鮮明に『聞こえた』。 『男』の意識が驚く間もなく、ジーニーの意識が彼の意識へと溶け込んで来る。

 「うっ……あっ……あ……」

 ”あん……”

 ”いい……この一つになるときの快感……”

 『彼女』が、そしてジーニーたちが歓びの声をあげた。 

 「ああ……いい……イイワァ……トッテモ……」

 褐色の女体が魔性のエクスタシーに硬直した。 その周りで赤い湯がザワザワと波うち、無数の赤い蛇へと変わっていく。

 「ハァッ……アアッ……」

 ”たまらない……人間の体の快感……”

 ”ご主人様も感じて……私たちの快感……”

 三人分の、それも人街の快感に激しく喘ぐ褐色の女体。 それを隠すようにジーニーが変じた赤い蛇たちがうねり、ざわめく。

 「ア……ア……アァァァァァァァ!」

 浴室に『彼女』の声がこだました。 
 
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