第十九話 ランプのせい

9.開花


 ……赤い。

 ……赤い闇

 ……赤い闇が渦を巻いて、彼を呑み込もうとしている。

 「……う」

 ……あがく

 ……あがいて、もがく。 しかし赤い闇は、ねっとりと絡みついて彼を離さない……

 ヒヤリ……

 伸ばした手の先が冷たいものに触れた。 手がそれを掴み、腕が体を引っ張る。

 ズ……ルリ……

 体が闇から抜け、ゴロリと転がる。

 「く……は……」

 男は息を吐き、仰向けに転がった。

 (どこだ……俺は……なにをしてるんだ……)

 息を整えながら、記憶をたどる。 悪夢から抜け出してきたような、二人の赤い女達……蜜の様な、そして底なし沼のような妖しい夢……

 (なんて夢……)

 彼は意識せず顔をぬぐい、違和感を覚えた。 恐る恐る顔を摩る。 すべすべした肌に細く感じる顎。

 (まさか……)

 手が次第に下に……喉、そして胸を確かめる。 微かな、しかし確かなふくらみがそこにあった。

 「!」

 突然、部屋が明るくなる。 そして……

 ”ご主人様ぁ……”

 ”どちらにおいでですか……”

 ベッドの上に横たわった二人の赤い女達は、くすくす笑いながら床に転がった『彼女』を眺めていた。

 
 「……お、俺になにらを……」

 喉から出る声がかすれた。 起き上がろうと手をつくが、体が鉛のように重く思うように動けない。

 ”無理をしない方が良いですよ……”

 ”まだ、女の体に変わり切っていないですし……慣れてもいないでしょう?”

 笑みを含んだ声でからかうように話しかけてくる二人の女に、『彼女』は怯えの視線を向ける。

 「お、お前たちは……俺をどうするつもりなんだ……」

 ”どうするだなんて……ねぇ”

 ”大事なご主人様ですよ……きれいにしてあげないと……”

 ”胸ももっと大きく……第一肝心なところが……”

 『彼女』ははっとして、足の付け根に目をやった。 まるで幼女の様に、一本の溝があるだけだ。

 ”大分『女』になってますけど……”

 ”もう少し……よくしてあげないと……”

 「……」

 もう『彼女』二人の話を聞いていなかった。 渾身の力で立ち上がり、よろけるように歩きだす。 一歩、また一歩……鉛の靴を履いているかのように足が

動かない。

 ”そんなに嫌わないでください、ご主人さま……”

 ”これからずっと……一緒なんですから……”

 (……一緒だと?)

 ズ……スッ…… 必死に足を動かし、ドアを目指す『彼女』の背後から、ジーニー達が恐ろしい言葉を投げかけてくる。

 ”ふふっ……ご主人様がきれいになったら……”

 ”私達が……ご主人様と……その体に同化します……”

 ズ…… 彼女の足が止まった、恐怖で。

 「お、俺を……喰う気なのか……」

 怯えた声はほとんど女の声になっいていた。 そのことが恐怖を倍増させる。

 ”違いますよ……ご主人様……”

 ”私達はご主人様の一部に……そう『髪の毛』になるんです……”

 「か、『髪の毛』ぇ?」

 裏返った声は、ひどく間が抜けて聞こえた。

 ”ええ……ご主人様……”

 ”ご主人様の頭に……その脳に根を下ろし……”

 ”ご主人様の魂に……私たちの魂を同化し……”

 ”私達は……”

 ”一つになる……”

 沈黙が下りた。 『彼女』はジーニー達の言葉の意味することを考えようとし……すぐにあきらめた。 恐ろしすぎて、考えることができなかったのだ。

 「こ、断る! け、けっこうだ!」

 ”あら……ご主人さま……”

 ”そんなの……ダメですよ……”

 ズルリ……ズルリ……

 背後から、何かが這うような音が聞こえてくる。 ジーニーだ、彼女たちが床を這いってきているのだ。

 ”私達を……”

 ”ランプを……”

 ”ご主人さまが買ったんですから……”

 「い、いや……ひっ!?」

 足首に蛇の様なものが巻き付き、転びそうになる。 壁に頭から突っ込むところを、体をひねって背で壁を受け止めた。

 「うっ!」

 かなりの衝撃があったが、ダメージが残るほどではなかった。 『彼女』は痛みを堪えつつ、足に絡みついたものの正体を確かめる。

 「……蛇?……触手?」

 足首に絡みついていたのは、蛇ほどの太さの赤い『触手』様のものだった。 目で先を追うと、ベッドの上のジーニー達から伸びている。

 「は、離して……あ……」

 『触手』は、足首からくるぶし、そして太腿へと巻き付いてくる。 蹴り離そうとしたが、足が動かない。

 「こ、こないで……」

 声だけでなくも口調も女のそれに変わっているが、当人は気が付いていない。 それよりも触手の狙いの方が気になった。

 「ま、まさか……」

 ”ご主人様……”

 ”すぐに『女の歓び』を教えた差し上げます……”

 「ひっ!」

 『触手』は、蛇が鎌首をもたげるように『女の蕾』を狙ってくる。 『彼女』は当然『女』の経験はない。 恐怖で喉が干上がってしまう。

 ”ふふ……”

 ”大丈夫です……優しくほぐしてあげますから……”


 赤い『触手』か、『蕾』に触れた。 ヒヤリとした感触に、『彼女』は足を突っ張って壁に伸び上がる。

 スリ……スリ……

 触手が、ゆっくりした動きで『蕾』に触れてきた。

 スリ……スリ……スリ……ヌル……

 「くっ……」

 触手が滑ってきたようだ、唇をかんで耐える。

 ヌル……ヌリュ……ヌリュ……

 触手にが濡れてきたようだ。 『彼女』わずかに体をひねり、触手を避けようとする。

 フワリ……

 「え……」

 『蕾』の辺りがほんのりと暖かい。 奇妙な感覚に、突っ張っていた足の力が緩んだ。

 フワ……フワリ……

 「なに……なにこれ……」

 『蕾』がフワフワとした温もりで満たされていく。 同時に、何かが漏れていく様な感じがあった。

 ジュン……

 透明な滴が、赤い触手を濡らした。

 「え……」

 ”ご主人様……”

 ”感じてきました?……”

 ベッドの上のジーニー達の緑色のの目が妖しく光る。

 ドキリ……

 『彼女』の胸が大きく動いた。
 
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