第十九話 ランプのせい

7.分裂


 「……」

 男は目を開けた。 白い天井が視界に入る。

 「…」

 気だるげに寝返りをうち、手探りで枕元の時計を手に取る。

 「朝……か」

 腹筋に力を入れ、上体を引き起こす。 体が鉛のように重い。

 「……」

 ぐるりと首を回し、狭苦しい1ルームのアパートの中を見渡す……彼一人だ。

 「ジーニー?……」

 呟いてから気が付いた。 作り付けの折り畳み式の机の上に、アラピア風のランプがあった。 朝日に照らされたそれは、ただの古ぼけたガラクタにしか

見えなかった。

 「夢……か?」

 男は瞬きをしてベッドから立ち上がり、身支度を整え仕事に出かけた。


 ……

 日が暮れるころになって男は帰ってきた。 灯りをつけると、当然のように出かけたときそのままの部屋が目に入る。 首を振りながら靴を脱ぎ捨て、足を

引きずる様にして部屋へ上がる。

 ふぅ…… 

 椅子に座り込んで、ため息を吐く。

 「疲れた……」

 ”お慰めしましょうか? ご主人様……”

 男ははじかれたように立ち上がり、ランプへ視線を向けた。 ランプの口からうっすらと赤い煙が上がり、その煙の中でジーニーが笑っていた。

 「夢じゃなかったのか……」

 ”もちろんですとも、ご主人様……いかがです?”

 男はおっくうそうに立ち上がり、シャツを脱ぎながら応えた。

 「いや、いいよ……毎日あれじゃ、身が持たない……」

 のろのろとした動きで、男はバスルームに入った。


 「ふぅ」

 湯上りの体をバスタオルに包んだ男は、冷蔵庫から取り出した缶ビールを飲みながら椅子に座り込んだ。

 ”お疲れですか?……”

 ジーニーの声がベッドの上から聞こえる。 そちらを見ると、ジーニーが赤い半透明の裸体をベッドの上にさらしている。

 「ああ……だから今日は……」

 気だるげに答えると、ジーニーが足を組み替えてベッドの縁に腰かけた。

 ”では……目でお楽しみ……”

 ”ください”

 背後からの声に男は驚いて振り向く。 ランプの口から滴る赤い滴から、二人目のジーニーが生まれようとしていた。

 「お、お前は?」

 ”私はジーニー・ワーヒド” とベッドの上のジーニが名乗る。

 ”私はジーニー・イスナーニとお呼びください” 新たに現れたジーニが名乗った。

 男は二人のジーニーを交合に見て、困惑した様子で尋ねる。

 「見分けがつかない」

 ”あら……”

 ”そうですか?……”

 クスクスと笑うベッドの上のジーニー・ワーヒド、そして背後からジーニー・イスナーニの気配…… はっとして振り向くと、見事な赤い女体が視界に入った。

 「お?」

 一瞬身構えた男の脇をすり抜け、ジーニー・イスナーニはベッドへと歩み寄る。

 ”こういう時は……”

 ”こう言うのですか?……ナウ・イッツ・ショウタイム……”

 二人のジーニーが、互いに手を差し伸べてベッドの上で絡み合う。


 ”きれいよ……ワーヒド”

 ”可愛いわ……イスナーニ”

 二つの赤い女体が、ベッドの上で官能的な動きを見せる。 細い腕が蛇のように互いの背中を這いずり、ふくよかな胸が柔らかく形を変えていく。

 「なるほど……これはショウだな……」

 自分の部屋で、ビール片手に生のレズビアンショウを見られるのだから、これはかなりの贅沢と言うべきだろう。 これで皮張りのソファに深々と腰かけて

……とくれば完璧なのだが、残念なことに安物の丸椅子に座っている興ざめだが。

 ”ああ……ワーヒド”

 ”そこを……イスナーニ”

 二人の足が交互に組み合い、互いの神秘が深々とかみ合う。 クチャクチャと淫猥な音を響かせ、二人のジーニーが腰をゆすって互いを求める。

 「うーん……」

 顎に手をやり、ジーニー同士のプレイすっかり高みの見物だ。

 ”ァァ”

 ”オォ……”

 「……」

 気がつけば、男のモノは隆々とそびえたち戦闘態勢は整っている。 風呂上がりの体には、パンツ以外はバスタオルのみ。 後は立ち上がって一歩踏み

出せば……と思うのだが、ジーニー同士のレズビアンは完璧なコンビネーションで付け入るスキが見いだせない。

 「昨夜が激しかったし、ここはじっくり観察して……」

 ”ワーヒド……こうされたの? それとも……こう?”

 ”ああ、イスナーニ……そこを……もっと深く……”

 ゴクリ……

 女(?)同士の生の絡みは想像以上に深く、執拗な攻めが続いていた。 しかも二人の体は半透明、互いの体の奥深くに、指や腕、そしてあり得ないほど

長く伸びた舌を入れ、貪るように動かしているのがぼんやりとが見える。

 「すごいな……」

 ビールを飲むのも忘れ、二人の痴態を見つめる男の前で、赤い女体がテラテラと妖しく蠢き、体の奥底で欲望の魔物が姉り狂う。 その様に視線が吸い

寄せられ。目を離すことが出来ない。

 (女同士なのに……そんなにいいのか?)

 ”アア……ァァァァァ”

 (そう言えば……昨夜、感覚を共有するとか……あんな感じなのか?……)

 ワーヒドの中で、蛇なようなイスナーニの舌がうねった。 途端にワヒードが声を上げ、背を反らす。

 ゾクッ

 男の背筋を得も知れぬ感覚が走り抜けた。 昨夜のジーニー(多分あれはワヒードだろう)と交わった時感じた、からだの奥を舐められるような、異様な

快感を思い出したのだ。

 (あんな感じか……あんな……)

 ワヒードが四つん這いになった。 赤い尻の間でグチャグチャになって蠢く秘所は、海生動物の口の様だ。 そこにイスナーニが長い舌を這わせ、ジュル

ジュルとワヒードの中へと入っていく。

 ”ヒッ……ヒイッ……”

 ワヒードが甘く喘ぎ、体をくねらせる。 その喘ぎも、ねっとりと耳にへばり付いてくるような気がする。

 「……」

 いつの間にか男は立ち上がっていた。 立ったまま二人の痴態を眺めていた。 魂を抜かれてしまったかのように。

 ”さぁ……ご主人様……”

 ”こちらへいらして……”

 ワーヒドとイスナーニが手招きをする。 ふらふと泳ぐような足取りで、男は手招きをする二人のジーニーの腕の中へと入っていった。

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