第十八話 おんねん
6.じ?
「あれぇぇぇぇ」
お女中を乗せた釣瓶は、天に届こうかという勢いで、地獄の天井に空いた穴に飛び込みました。
ヒュゥゥゥゥ……ポン
「ひええっ!?」
いきなり空中に放り出されたお女中、くるくると回った後地面にぼてっと落ちてしたたかに腰を打ち付けます。
「あててて、なんて扱いをするんだい……あら、ここは見覚えがあるような……あっ、お屋敷のお台所でないかい?」
後ろを振り返ると、井戸が口を開けているのを見たお女中、盛んに首を振っております。
「なんだねぇ、井戸が地獄に通じていたなんて……おっとこうしちゃいられない。 勝手知ったるなんとやら。 お殿様の寝所はと……」
お女中、地獄で渡された鉈をぶら下げ、ペタペタと足音を立てながら、お殿様への寝所を目指しました。
『も、もう勘弁して……くれぇ』
『にゃうーん……もう一度にゃ』
殿様、息も絶え絶えで打ち止め寸前の状態でございますが、化け猫娘はまだ物足りぬ様子。 容赦なく殿様を求めております。 そこへお女中がやって
まいりました。 耳をそばだてると障子越しに中の声が聞こえて参ります。
『死ぬ、死んでしまう……許してくれぇ』
『許さないにゃあ』
「おおっ」
お女中思わず手で膝を打ちます。
「おお猫や、ちゃんと恨みを晴らしくれていたんだねぇ……と、こうしちゃいられない。 ここまで来たのも何かの縁、とどめはあたしが……」
いそいと障子に手をかけ、がらりと引き開けます。
「ふにっ?」「おおっ?」「えっ?」
中では化け猫が殿様に跨って腰を振り、殿様がひぃひぃと喘いでおります。 化け猫娘が殿様を『責めている』ことは違いありませんが、お女中が期待して
いたのとは真逆の責めでございました。 あっけにとられていたお女中の顔が、鬼の如き形相に変わってまいります。 その凄まじいことと言ったら、思わず
化け猫娘が殿様に抱き着き、二人して部屋の隅に後ずさったぐらいでした。
「お、お、己は何をしておるかぁぁぁ!!! こ、こ、このバカ猫がぁぁぁぁ!!!!」
「ひえっ!? ご主人様ぁ!?」
「怨みをはらすどころか、泥棒猫になりさがるとは……このボケ猫ぉぉ!!!! かくなる上は、まとめて切り刻んでくれるわぁぁぁぁ!!!」
お女中、鉈を振りかざして寝所に乱入、大立ち回りとなりました。
さて警護をしていた侍二人、奥の部屋に行ってこっそり酒など飲んでいましたが、そこにただならぬ叫び声が聞こえて参りました。
”こ、こ……ば…猫……!!!”
「なんじゃ?」
「女の声の様だが……」
”なにを……け猫…………!!!”
「何、『ばけ猫』とな!?」
「山之辺殿、急ぎ殿のもとへ」
二人は裾をからげ、どたどたどたーっと、殿様の寝所にかけつけます。
「殿、化け猫は何処で……おわぁぁぁぁ」
寝所の中をば覗き込めば、ざんばら髪に白装束、血走った目の女が鉈をば振りかざしております。 何に見えるかと言えば、鬼婆あたりが妥当でしょうが、
暗がりのうえに二人は『化け猫!!』と言うの声を聴いております。
「おのれ化け猫、殿、お逃げください!!」
山之辺、刀を振りかざしてお女中に切りかかりました。 お女中はすでに亡者となっておりますが、では刀で切られるとどうなるかと言うと、当人もご存じあり
ませんし。試してみるつもりもありません。
「ひ、人殺し!……じゃなありません、亡者殺しぃぃぃ!」
裾をからげてどたどたと部屋の中を逃げ回り、廊下へ飛び出すと台所へと一直線。
「ええい、くやしや。 この恨み、きっと誰かが晴らしてくれようぞぇぇぇ」
他力本願な捨て台詞をのたまうと、井戸にの中へと身を投げました。
一方、侍二人はお女中をおって台所まで来ましたが、曲者の姿はない。
「逃げたか?」
「いやいき違ったかも、殿の元へもどろうぞ」
慌てて殿様の寝所へと取って返し、がらりと障子を引き開けて。
「殿、化け猫めはこちらに?」
殿様に抱き着いていた化け猫娘、にっこり笑い。
「化け猫めはおりませんが、泥棒猫なら一匹、ここにいますニャア」
……
おあとがよろしいようで……
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
深々とお辞儀をした噺家娘の背後で、ひょこっと尻尾がゆれた。
「おい、姉さん……」
「はい?」
「尻尾、みえてるぞ」
「……」
噺家娘、お辞儀をしたまま固まっておりましたが、突然辺りに生臭い風が吹いてまいりました。
「……おのれぇぇ、我れの正体を見破りおったかぁぁぁぁ……」
ゆっくりと顔を上げる娘の目が爛々と光っております。 滝は思わず後ずさりましたが、志戸は慌てず懐からネコジャラシを取り出し。
「ホレホレホレ」
「ウニャッ?」
「ホレホレ猫や、ネコジャラシっと、ホレホレホレ」
「ウニャッ♪ウニャッ♪ウニャッ♪」
噺家娘、志戸が振るネコジャラシを捕まえようと、ピョコピョコ跳ねまわります。
「ほーれぃ……」
ウニャァァァァァ♪
ポーンと志度が投げあげたネコジャラシ、それを追って噺家娘もポーンと宙に舞い上がり、夜空え消えてしまいました。
「……用意してたのか、あれ」
「……ああ」
バリーン!!
噺家娘が消えた方角で、何やら大きな音が聞こえました。
「なんだ?」
「あっちには倉庫があったな、スレート屋根の。 そこへ着地して踏み抜いたんでないか?」
ワンワンワン!!
ウニャニヤニヤ!!
「なんの倉庫だ?」
「ペットショップ」
音のした方から、着物の裾をからげた噺家娘が犬に追われて走ってきた。 滝と志度の前を駆け抜けざまにロウソクを蹴倒し、ロウソクの灯りが消えた。
<第十八話 おんねん 終>
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【解説】