第十八話 おんねん

2.ななだい


 「こっちかい?」

 「こっち……あれ?」

 「しっかりしなよ、落ち着いてよく確認しな」

 「すみませんニャ。 いつもと様子が違うんで……」

 化け猫娘、元締めに小言を言われながらもなんとか見覚えのある長屋までやってまいりました。

 「ああ、ここだ、ここだニャ!」

 「ここかい……もし、少々ものをお尋ねしますが」

 「あん? どちらさんだい?」

 「夜分に申し訳ありません。 私どもは見ての通りお座敷で芸を披露しまして、旦那衆にご祝儀を頂いて食べているものなんですが……ええ、この妹分め

がね、こちらにお住いのお女中に世話になっていたことがありまして、近くまで来たのでご挨拶させていただこうかと」

 「へー……さすが元締め、口から出まかせがすらすら出てくるニャ……え? あたし?」

 元締めと長屋のおばさんの話を聞いていた化け猫娘、いきなり話を振られて大慌て。

 「えーと、手前、生国と発します処……どこぞの縁の下でございましてニャ」

 「阿呆! お前どこのやくざもんだい! そんなことはどうでもいいんだよ、ほらさっさと恩を受けた方のお名前を申し上げな」

 元締めにせっつかれつつ、化け猫娘が元飼い主の名前を告げると、おばあさんが大きくうなずきます。

 「ああ、あのお婆さんのことかい。 そりゃあ残念だったねぇ。 いやね、今日の夕刻、そのお婆さんの処にどっかの泥棒娘が入り込んでね。 お婆さん、

可哀そうに血を吐いて死んでいたって。 よっぽど酷いことをされたんだよ」

 「ウニャ! わたしはそんなことは……あ痛っ!」

 「お前は黙ってなよ……へぇ、それは難儀なことで。 時に、そのお婆さんが奉公していた先は分かりますか? いえ、お婆さんにお世話になっていた時、

なにかあったら奉公先にも伝えてくれと言われていたそうで」

 「奉公先ねぇ……ああそうだ、何かお殿様の屋敷に奉公していたと、そりゃあもう自慢げに言われてねぇ。 やな女だと……あ、いえ、おほほほ……えーと

確か、釜とか……鍋だっけ」

 「ひょっとして、それは鍋島様と言われるお方では?」

 「おしい!鍋島様のお隣で、鍋敷様と言うお殿様だと言っていたねぇ」

 「鍋敷……なんか情けない名前の殿様だニャ」

 「これ! すみません、やまだしなもので……ええ、有難うございました。 ついでと言ってはなんですが、そのお屋敷の場所はご存じ……ないですよねぇ?」

 「ああ、それがあの婆さんにその話を自慢たらたら何度聞かされたことか……」

 うまいことに呪う相手の名前ばかりか、居場所まで知れました。 元締めペコペコ頭を下げると、化け猫娘を連れて長屋を後にします。


 当時、お武家様の中でも殿様なんてのは、町人とは別な場所に住んでおりまして。 二人してやってきたのは山の手で、武家屋敷がずらりと並んで、いか

にもな場所であります。

 「四つ辻の先で……ああ、あそこだね門の処の紋所が聞いた通りだ」

 「元締めぇ……門が閉まってますぅ」

 「当たり前だろ、門は閉めるためにあるんだ。 どのみちこの格好じゃ正門は通しちゃくれないよ。 裏に回るんだ」

 元締めの言う通りで、殿様の住んでいる武家屋敷は上屋敷と申しまして、知らない者が入れるようなところではありません。 それを知っているから元締め、

裏口に回ります。 こちらも閉まっていますが、人がいる気配があります。

 「門番がいるようだね、うまく話をして開けてもらうしかないね」

 「元締め。 猫に戻って塀をこすのは駄目かニャ?」

 「中にいるのはダンビラ振り回すのがお仕事の連中だよ。 もし猫嫌いの奴がいたら、あんたの首と胴が生き別れだ。 だから、人の姿で潜り込むのが

一番なのさ」

 「さすが元締め」

 「ほめても何にも出ないよ。 じゃぁ、うまくやんな」

 そう言うと元締め、化け猫娘の背中をポンと叩いて、その場を離れようとします。

 「ちょ、ちょっと元締め。 どちらへ?」

 「帰るんだよ、あとはお前がやりな」

 「そ、そんな」

 化け猫娘、元締めの袖をつかんで涙目で訴えますが、無情にも振り払われてしまいます。

 「呪う相手の地ころまで連れてきてやったんだ。 あとはお前の仕事、違うかい?」

 「それはそうだけどニャ……」

 結局置き去りにされてしまいました。

 「どうするニャ……」

 しばらく屋敷の裏口を見ていた化け猫娘、意を決して立ち上がると裏口にすすすっと近づき、ほとほとと戸を叩きます。

 『何者だ!』

 「えー……手前はお殿様に……お世話になったものでして」

 『殿に世話になっただとぉぉ!』

 「ひえっ、すみません」

 『何を謝っておる!!』

 「いえ、怒っているようなので」

 『これは地声だ!! 何者だと問うておる!!』

 まぁ、門番に声が小さい人を置いていてもしょうがないでしょうが、しばらく門番と化け猫娘が問答を繰り返しますが、開けてくれる気配がない。

 「困ったニャぁ……持っているものと言うとこのキセルしかないし……」

 『なに? キセルを持っているだとぉぉぉ!! それを早く言わんかぁぁぁ!!』

 「ひえっ、すみません……これですだニャ」

 細くあいた戸の隙間から、化け猫娘、銀のキセルを差し出します。

 『うむ、間違いない!!』

 突然裏口が開けられ、仁王様の様な門番が顔を出します。 化け猫娘、腰を抜かして逃げ出しかけますが、むんずと首根っこを掴まれ、まるで猫の子の

様に中へ連れ込まれます……いや、元々猫ですが。


 「これ、お世話がかりはおらんか!! キセルの方が参ったぞ!」

 「はい〜」

 門番の呼び声に数人のお女中が奥から現れ、化け猫娘を門番から受け取って奥へと運んでしまいます。 そこには年を取った奥女中が控えており、女中

どもを指図して化け猫娘をもみくちゃにしてしまいます。 

 「これ服を脱しやり」 「はい〜」 「なにするにゃぁ!?」

 「これ湯に入れや」  「はい〜」 「ウニャ!? お湯はいやにゃぁ!」

 「よく洗いやり」    「はい〜ごしごしごし」 「ウニャニャニャニャ!?」

 「これ服を着せや」  「はい〜」 「き、きついにゃぁ!?」

 
 化け猫娘、何が何だかわからないままに風呂に入れられ、服を着替えさせられて奥の部屋に連れ込まれました。

 「すぐに殿が参られる、ここにて待つがよいぞ」

 奥女中は化け猫娘にそう言うと、ピシャリと襖を閉じてしまいました。 後には、わけがわからない風の化け猫娘が残るのみ。

 「いったいここは……」

 ぐるりと部屋を見回すと、凝った細工の行燈に照らされた部屋には、立派な夜具が一組準備されております。 但し、枕だけは二つ。

 「えーと……これは……もしかして……」

 化け猫娘が不吉な予感にとらわれていると、どすどすと音を立てて廊下をやってくる者があります。

 「さて……こよいの伽はいかなる女子かのぅ」

 ガラリと戸を開けたのは、年の頃なら七、八十の白髪頭のいい年こいた爺様でした。 欲ボケに血走った眼ででじろりと化け猫娘をねめつけます。

 「おおこれは、なかなか野生美あふれておるのう」

 「えー……そんな本当の事、照れるニャ」

 赤くなった顔を恥ずかし気に伏せる化け猫娘。 それを見た殿様。 つかつかと部屋に入り、帯の橋をむんずとつかんで、勢いよく引きます。

 「あ〜れぇ〜」

 「ぬっふっふっ。 よいではないか、よいではないか」

 ここはお約束というやつで。

【<<】【>>】


【第十八話 おんねん:目次】

【小説の部屋:トップ】