第十六話 窓辺

9.餌食


 −−クラリスの秘所は泉のごとく糸を吐き出し、それが青年の体へと巻き付いていく。 次第に濃くなる白い闇の中、青年は

    ただ愉悦の呻きを漏らすのみ。

 −−’ああ、たまらない……’

 −−意識せず回した腕、その肘が不思議な事に糸の幕の外へと抜けた。 肘の先を夜の冷気が撫でる。

 −−’これは?……’

 −−不思議そうにとつぶやく青年にクラリスが身を寄せて囁く。

 −−”驚くことはないの……あなたはもう魂だけ……そして私も……その『糸』も……この世のものでは無いの……”

 −−クラリスの糸が宙を漂い『糸』の幕の、『繭』の外へとでた青年の肘を再び包み始めた。

 −−’あ……’

 −−糸に包まれた肘にネットリとした感触が……えも言われぬ心地よさが広がってくる。

 −−’あぁ……’

 −−動きを止めた青年は、再び糸クラリスの『繭』に包まれる。

 −−’そうか……この糸が……あぁぁ……’

 −−『繭』の中、そこで青年はうっとりと『繭』の壁に体を摺り寄せる。

 −−二ュルリ……二ュルリ……

 −−『繭』の壁の感触に酔いしれ、芋虫の様にただ蠢く青年。 その耳元でクラリスが囁く。

 −−”気持ちいいでしょう……その糸の快楽に捕まれば……逃れることはできない……ほら……”

 −−クラリスの『糸』が青年の体を蛇の様に這いずり、青年は身をくねらせて悶える。 そして……

 −−’もっと……もっ……モットォォォォ……’

 −−青年の体が濡れていく……汗にまみれ……いや……白く濁った……滑ったなにかで……

 −−”ほら……蕩けてきたわ……ウフフ……気持ちいいから……とってもいいから……”

 −−クラリスが青年の体を舐める。 彼の体を覆う白い滑りを、おいしそうに舐めている。

 −−”『糸』が気持ちいいから……全身あますことなく……触っていたいから……体が……魂が……蕩けていくの”

 −−クラリスのつぶやきが聞こえているのだろうか。 青年はうめき声をあげながら糸に自ら絡まり、じわじわと蕩け、白い

    滑りへと変わっていく。

 −−そしてその滑りが、ヒクヒクと生き物のように蠢きながら、糸に、そしてクラリスへと広がっていく。

 −−”フフフ……”

 −−クラリスは、白い滑りを掬い取り、自分の体へと塗りつけ、そしてそれを舐めとっている。

 −−”ああ……”

 −−クラリスの乳房の上で、白い滑りが妖しく波打ち、深紅の唇の濡らし、そして彼女の胎内へと消えていく。

 −−”蕩けるがいい……気持ちよく……蕩けて……余すことなく……舐めて……舐めて……舐めとってあげる……”

 −−繭の中でゆっくりと蕩けていく青年を抱きしめたクラリスは、彼を愛しそうに舐める。

 −−”あなたは……わたしのもの……毛の一筋に至るのでわたしのもの……”

 
 翌日、青年が屋根裏部屋で首を吊っているのが発見された。

 数日前から彼が異常な行動を取っていた事から、精神に異常をきたしたか、発作的に自殺したものと警察の記録には

記載された……

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 「以上で……全てです」

 滝はちょっと首を傾げた。

 「なあ、今のはあんた自身の身に起こったのか?」

 青年は顔を上げ、目を見開いた。

 「いえ……いまの話は僕の友人の身に起こった話です。 僕が紹介した部屋で……首を吊ってしまった友人の」

 ああと滝は頷いた。

 「……そういや、友人に紹介されたという話だったな」

 そこに志度がつっこむ。

 「しかし話の最後の方、首を吊ってからはどうなる? 君の友人の話を元に、君が想像したのか?」

 青年はがっくりと首を落とし、ロウソクの前に置いた絵筆を拾い上げた。

 「ええ、そこは想像です……でも……」

 彼は、再び顔を上げた。

 「多分、間違っていないと思いますよ。 だって……」

 滝と志度が目を見開いた。 青年の姿が徐々に崩れていく。 崩れて白っぽい滑りに変わり、『糸』となって宙に消えていく。

 「その後で……僕が借りたんですかラァァァァ……’ 

 崩れて消えていく青年、その手からロウソクに雫が垂れる。

 ジッ……

 小さな音を立て、薄い黄色のロウソクが消えた。

<第十六話 窓辺 終>

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