第十六話 窓辺

7.束縛


 「あ、朝だ……」

 重たい体を床から引きはがし、ベッドの端に腰かける。

 「ううっ……」

 起き抜けだというのに、全身がひどくだるく喉がカラカラだ。 青年は窓枠のところに置いていた水差しを取り上げ、中身を飲み

干し、むせた。

 「ゴフッ……ううっ」

 一息つくと、改めてクラリスの事を考える。

 「昨夜のあれは……夢、少なくとも現実じゃなかった……」

 クラリスは夢のように現れ、儚い幻の様だった。 あの時に目を覚ましていれば、おそらく彼女は消えうせただろう。

 「しかし……」

 一度体を重ねてしまうと、沼にはまり込んだかのように彼女から逃げられなくなった。 恐ろしいほどの快感と官能の悪夢の中で

彼はクラリスに翻弄された。

 「いやまてよ? 前もそうだった」

 思い出してみればいままで彼女と逢った夜は、あの恐ろしい快感に翻弄され、朝には疲労困憊していたはずなのだ。

 「どうして……僕は彼女が恐ろしくなったんだ?」

 青年は頭を抱えた。 クラリスが恐ろしい。 どうしてこんな事になったのだろうか。

 「……そうか、この部屋の住人の末路を知ったせいだ」

 彼以前の住人は首を吊って死んだという。 最初は人ごとにしか感じられなかったが、同じ話を警官から聞かされ、心配されて

いるうちに、自分にも同じことが起きるのではと言う不安が募ってきていた。 

 「それでクラリスの夢を見なくなったんだ、一度は」

 クラリスへの恐れが、彼女の夢を拒絶させた。 しかし、余りにをクラリスとの体験が鮮烈で、体が再び彼女を求めてしまい、

昨夜の夢で彼女を呼び込んでしまった。

 「そうだ、そうに違いない……そうすると……」

 自分はまたクラリスの夢を見るに違いない。 そうすると……

 「僕も、前の住人と同じに……」

 青年は弾かれたように立ち上がり、床に脱ぎ捨ててあったズボンのポケットを探る。 が、埃以外出てこない。

 「ここを引き払わないと。 とにかくお金が必要だ」

 絵描きの道具をまとめて青年は出かける。 このままここに居たら気が狂うか、死んでしまうだろう。 なんにしても先立つもの

が必要だった。 

 
 宵闇が迫る頃、青年は部屋に帰ってきた。 這うようにして階段を上がり、ベッドに転がり込む。

 「あ、明日はここを離れないと……」

 そう、ここを離れてクラリスの夢を見ないところに行くのだ……さもないと……

 
 −−”さもないと?……”

 −−’ク、クラリス’

 −−薄絹をまとったクラリスが、幻のように佇んている。 彼女は可笑しそうにクスクスと笑い、青年の体に手を伸ばす。

 −−’さ、触るな’

 −−”あら?……いやなの?”

 −−’そ、そうとも! 悪魔め’

 −−”あらあら?……昨夜はよくなかったの? あんなに私を求めていたのに?”

 −−クラリスが妖しく笑う。

 −−’そう……昨日まではどうしても君に会いたかった。 自分でもわからなかったが……’

 −−いいつのる彼を、クラリスは面白そうに見ている。

 −−”貴方が求めない限り私はあなたに会えないのよ……?”

 −−’そのようだな……だから……’

 −−”逃げ出すのも、私を拒絶するのも、あなた次第……”

 −−クラリスがゆっくりと彼に近づいてくる。

 −−’近寄るな!’

 −−クラリスは笑う。

 −−”私が近寄っているのじゃないわ。 あなたが呼んでいるの、私を”

 −−’ば、馬鹿を言うなよ’

 −−同様する青年を、クラリスは壁際に追い詰めた。

 −−”嘘じゃないわ。 あなたは、あなたの体が求めているの”

 −−クラリスの手が、青年の下半身に伸びる。 いつの間にか衣服は消えうせ、二人は裸で向き合っていた。 クラリスの白い

    手が青年の下腹に触れる。

 −−’よ、寄せ……’

 −−声は拒絶しても、彼の体はクラリスから逃げようとしない。 白い指が驚くほどくっきりとした感触を残しながら彼のシンボル

    へと迫る。

 −−’ク、クラリス……’

 −−”嫌ならば逃げればいいわ。 私が怖いなら、ここから立ち去ればいいわ。 それだけで、あなたは私の手の届かないところ

    に逃げられる……”

 −−クラリスの指が、彼のシンボルに触れる。 そこが別の生き物のように大きく跳ねた。

 −−”んふ……どうするの?……”

 −−クラリスの指が動きを止めた。 青年は、石像のように身動きできないでいる。

 −−”くふ……”

 −−クラリスは含み笑いをすると、笑みを浮かべたままの唇で、彼のシンボルを愛し始めた。

 −−’あぁ……’

 −−青年は小さく喘いだが、それ以上は動こうとしない。 いや、動けなかった。

 −−’よせ……’

 −−クラリスの舌が、シンボルに蛇の様に絡みつくと、どろりとした蜜のような快感が生じた。 甘くドロドロとした感覚が全身を

    ゆっくりと満たし、あたかも快楽の底なし沼に引きずり込まれて行くかのようだ。 が、それがわかっていても体が動かない。

 −−’ぅぅ……’

 −−”私が怖いんでしょう……ふふ……いやなら……逃げていいのよ……”

 −−彼女に言われるまでもなく、青年は逃げ出そうとしていた。 しかし体が動かない、いや、体の動かし方がわからない、悪夢

    の中でもがいているかのように。

 −−’こ、これは夢だ……’

 −−”そう……これは夢……とっても気持ちのいい……悪夢……”

 −−ゾロリとクラリスの舌がシンボルを舐めあげる。 ゾクゾクするような快感に背筋が震えた。 夢だと判っているのに、いや、

    夢だと判っているからこそ逃げることができない。 甘くどろりとした快感に、シンボルが支配され、それが体に広がってくる。

    快感に支配されていく体が、夢から覚めることを拒絶する。

 −−’ああ、ぁぁぁ……’

 −−”ほら……気持ち良くなってきた……”

 −−クラリスの囁きは、魂にじかに囁かれているかのよう。 粘っこい快感に意識が絡め取られ、思考が停止する。

 −−’うぁぁぁぁ……’

 −−青年の表情から抗いが薄れ、愉悦だけが残っていく。 伸ばした手がクラリスの頭に添えられ、背筋が反り返る。

 −−”さぁ……交わりましょう……”

 −−音もなくクラリスの体が動き、青年の前に彼女の神秘が晒された。 いつの間にか、青年は仰向けに寝かされ、クラリスが

    彼の上に覆いかぶさっていた。 薄い翳りの下の女の神秘が、生々しい動きを示して彼を誘っている。 青年は、引きこ

    まれるようにクラリスの神秘に口づけした。

 −−”あ……ふふ……ふふっ……”

 −−ペチャペチャと卑猥な音を立ててクラリスの神秘を舐める青年。 彼はそのかぐわしい香りを吸い込みながら、魂が彼女に

    捕えられていくのを感じた。

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