第十六話 窓辺
6.看過
昼になっても彼は部屋から出ず、頭を抱えてベッドに蹲っていた。 すると、前日と同じように警察官やってきた。
「やぁ」
警官は彼と並んでベッドに腰かける。
「体の具合でも悪いのかね? そうならいい医者を紹介しよう」
「いえ……一つ聞いていいですか?」
「なにかね」
青年は床を見たまま尋ねる。
「この部屋の前の住人達……彼らが命を絶つ前の様子を教えてもらえますか」
「……そんなことを聞いてどう……」
「教えてください」
警官は青年から目をそらし指を組んだ。 そのまま逡巡していたが、やがて居住まいを正して青年の問いに応えた。
「最初は、ただ『向かいの女』の事を話すだけだったが……口数が少なくなり思いつめた様子になり……最後に逢った時は、
思いつめた様子だった……今の君のように」
青年は応えなかった。 警察官が横目で青年の様子を伺うと、彼は宙をにらんでぶつぶつと何かつぶやいていた。
「余計な事だとは思うが……やはり引っ越すべきだよ」
「……」
警官が帰った後、彼はベッドに仰向けになり上を見上げた。 屋根を支える太い木が見える。 あの木で前の住人が……
「……!」
体を反転させてうつ伏せになり、枕に顔を埋める。 夜具の匂いを嗅ぎながら、こみ上げてくる感情に耐えた。
−− ”……きて……”
「クラリス!」
跳ね起きると、夕日が部屋を満たしていた。 部屋の中は何も変わっておらず、『彼女』がいた形跡もない。 失望が絶望へと
変わり、彼はベッドに倒れこんだ。
「……」
再び枕に顔を埋める。
−− ”……きて……”
(クラリス……)
−− ”……きて……”
(クラリス……如何すればいい……)
−−”……きて……”
微かな囁きは、薄い霞のように頼りない。 大きな声を出せば消し飛んでしまいそうだ。
(クラリス……)
青年はクラリスの囁きに耳を傾けた。 甘い囁きを体に染み渡らせるように、ただ耳をすます。
−−”……きて……夢の中に……”
(夢の中に……)
−−”……さぁ……”
−−彼女がそこに居る。 霞のように揺蕩い、彼の上を漂っている。
−−’……クラリス……’
−−幻のような手が彼の体を弄る。 薄い絹ので撫でられているようだ。
−−’あぁ……’
−−クラリスの手の感触は優しく、それでいて淫らだ。 彼の体が、彼女の手を求めて高ぶっていくのがわかる。
−−”求めないで……されるがままに……”
−−彼は、彼女の囁きに従う。 体の力を抜き、ただクラリスにされるがままになる。 クラリスは満足そうに微笑むと、彼に
体を重ねてきた。
−−’……’
−−重さを感じさせない、絹の感触の女体が肌を包んだ。 続いてしなやかな肢体が、彼の四肢に絡みつく。
−−”あぁ……”
−−彼の頭をクラリスが抱きしめた。 ふくよかな胸の谷間に頭が包まれる。
−−”舐めなさい……”
−−クラリスの言葉に彼の口と舌が従う。 口が乳首を吸い、舌がそれを舐める。
−−”そう……そこをもっと……”
−−霞のような現実感のない乳房を彼の口と舌が愛する。 彼の意志ではない。 彼の体がクラリスの囁きに従っているのだ。
−−チュウ……ペチャ……
−−青年の体がクラリスを愛する。 しかし、彼自身はクラリスに愛されて……いや、犯されているような不思議な感覚だった。
−−”ふふ……さぁ……ご覧……”
−−クラリスが足を開いた。
−−’……うぅ’
−−クラリスの其処は、赤く充血し濡れて光っている。 淫らで妖しく誘う淫花がそこにあった。
−−”私を……犯しなさい……”
−−青年の体がクラリスに挑みかかる。 たおやかな女体を組み敷き、屹立した彼自身を淫花へと差し出す。
−−’くぁ……’
−−クラリスの其処が、彼自身に粘りついた。 ヌメヌメと蠢きながら、それを舐めまわして奥へ手誘う。
−−’あぁ……’
(吸い込まれる……)
ふっと現実感が戻ってくる。 体を覆う夜具の感覚が、クラリスの手の感覚にとって代わる。
(……いや……だ……)
彼の中の何かがそれを、『現実』を拒否し、彼は夢の中へと戻っていく……
−−’うあぁ……’
−−クラリスの淫花が、彼自身をしゃぶり、妖しい快感に体が痺れていく。
−−”さぁ……もっときて……”
−−彼の体はクラリスに命じられるままに、彼女の奥へと自分を突き入れる。 体が溶けてしまいそうな快感に気が変になり
そうだ。 しかし、体が言うことを聞かない。
−−’ひい……’
−−”あはん……もっと奥に……”
−−ヌメヌメと蠢く花弁が、彼の宝玉を舐める。 魂を舐められているかのようだ。
−−’ク、クラリ……’
−−”さぁ……熱いものを……ちょうだい……”
−−宝玉が溶けて破裂した。
−−’!……’
−−ドクリ……ドクン……ドクン……ドクン
−−クラリスの中で、彼自身が脈打ち熱い精を弾けさせる。 信じられない喜びに、体の震えが止まらない。
−−”あぁ……いいわ……”
−−クラリスが彼の上で歓びに身を震わせ、熱い精を彼から吸い上げている。
−−’ああ……ぁぁ……ぁぁぁ……’
−−クラリスが彼に身をゆだね、彼の体がそれを抱きとめた。
−−’うう……’
−−体の自由が戻ってくる。 同時にクラリスの体が現実感を失い……その形が消えていく……。
−−”ふふ……おいしい……”
−−クラリスが笑っている……妖しく……
−−”また……おいで……”
(……う……ああ……)
瞼の隙間から、光が矢のように目を刺す。 無理矢理に起き上がると、全身が鉛のように重い。
「彼女は……クラリスは……悪魔だ……」
呻き声を漏らした青年は、ベットから床に転がり落ちた。
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