第十五話 病

20.悪しき結末


 「……村長」

 「黙っとれや」

 村人たちが教会の中に見たものは、凄惨な光景だった。 神父、シスター、子供たちが部屋の中に倒れ動く者はいない。

いや、よく見ればまだ息をしている者もいたかもしれなかったが。 驚いて中に入ろうとする若者を、村長は押しとどめ、集まった

者たちに中に入るなと厳しくいった。

 「ええか、外から中の様子を伺ってくるだ。 中に入っちゃなんねぇ。 開いている窓とかあったら近づくな。 それと……」

 村長は村人たちの顔をぐるりと見渡した。

 「人数、数えて来い」


 日が昇り、やや傾きかけるころになって、村人たちが村長の周りに集まってきた。

 「中に入った者はおんめえな」

 村長の言葉に、教会の裏を見てきた若者が代表で頷いた。

 「言いつけ通り外から覗いただけだ。 窓は……しまってただ」

 「そか。 で、何人いた?」

 様子をうかがってきた村人たちが、倒れていた人の数を順々に告げ、それを村長が勘定していく。

 「……二人たりねぇ」 

 村長の言葉に、傍にいた助役が青ざめた。 と、一緒に来ていた墓守の年寄りが口を挟む。

 「4日前に一人……2日前に一人……葬っただよ」

 村長は振り向いた。

 「村の墓地か?」

 墓守は応える。

 「4日前のはそうだ……2日前のは……神父様があそこに……」

 墓守が指さしたのは、教会の裏の小さな墓標だった。 村長はそれを見て、顔を落とす。

 「数はあったな……よし……」

 村長は村の方を見た。 ちょうど村の方から、薪を積んだ荷車がやってくるところだった。


 日が暮れる前に、教会に火がかけられた。 小さな教会は、瞬く間に火に包まれる。 村人たちは暗い顔で燃え上がる教会を

見つめ、祈りの言葉を唱えている。


 フ……ハ……


 「………?」

 村長は、声を聞いたような気がした、それも教会の方からだ。 村長だけではない、他の村人にも声が聞こえてきていた。

 「……村長……」

 「見るな」

 「だども」

 「見ちゃなんねぇ。 墓場に一人で残っちゃなんねぇ。 祈りを忘れちゃなんねぇ……違えたら……」

 村長は息を吐いた。

 「引かれるぞ」

 顔を伏せたまま、村人たちは祈り続けた。


 アハハッ……残念……もうちょと遊びたかったのに……アハハ……


 楽し気な少女の声は、村人たちの気を引くように風に乗ってまわり続ける。 村人たちは身を固くして、ひたすら祈り続けた。


 ……


 日が落ちるころになって、少女の声は聞こえなくなり、同時に教会が崩れ落ちる音がした。 村人たちは一斉に立ち上がると、

焼け跡に入って水を撒き、火の後始末をした。


 後日、焼け跡に残っていた神父たちの遺骨がは集められ、丁寧に清められて墓に収められた。 しかし、神父が作ったジャックの

墓には何も埋まっておらず、彼の遺骨だけが行方知れずとなった。

 焼け跡には、新しい教会を立てようという話が何度か持ち上がったが、いつの間にか立ち消えになり、今ではそこは自然の

花畑になっているそうだ。

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 「以上が、500年前に起こった『戦慄!墓場から来た少女の呪い』事件の記録ですだす」 ミもフタもないタイトルをつけて神父が

結んだ。

 「はぁ……まぁ、死者に惹かれるというのは、怪談だけでなくよく聞く話ですね」

 「今の話は、スティッキーと名乗った少女が悪魔だったのですか? それともジャックが墓場から病を持ち込んで、皆が錯乱

したのですか?」

 滝と志度がジョウ神父に尋ねると、彼は肩をすくめた。

 「わっかりませんねぇ。 しかぁーし! 判らない事こそが恐ろしいことです!!」

 「はぁ……」

 滝があいまいに頷くと、ジョウ神父が続ける。

 「今の話、どうとでもとれます。 スティッキーは病の象徴かもしれない。 決まりを破ったジャックの行動を戒めたのかもしれない。

禁を犯した子供たち、シスターに罰が当たったのかもしれない…… つまり」

 ジョウ神父がずいっと顔を近づけ、滝と志度はのけ反り気味に下がった。
 「原因がはっきりしない以上、『赤い羽根の天使』が、いつ、どこにあらわれて死を振りまくのか判らないということです!」

 「そうですねぇ……まぁだから病気は怖いものだったわけで……ぇ」

 滝がしゃっくりをし、志度がつばを飲み込んだ。 一泊おいて、志度がジョウ神父に告げる。

 「えー、大変恐ろしい話をいただきありがとうございました。 番組の方はそろそろ時間となりますので……」

 「おお、そうですか。 わたしもいろいろと話せて楽しかったです。 機会があれば、またお話に参ります」

 「ええ、是非……いらしてください」

 ジョウ神父は、腰かけていた釣り用の折りたたみいすから腰を上げ、椅子をたたんで小脇に抱えると二人に背を向けて意気

揚々と、背後の闇に去って行く。 後には消し忘れた黒一色のロウソクが残るのみ。


 ……忘れちゃめだよぉ……


 どこからともなく声がした。 ジョウ神父の影がぐるりとロウソクの方に回り込む。 ロウソクの手前で、影の中から白い手が

伸びると、手に待った赤い羽根を一閃した。

 フッ……

 羽の一撃でロウソクの芯が切られ、残り火が宙を飛ぶ。

 ドサッ……

 何か重いものが倒れるような音がして、ロウソクの火が宙に消えた。 

<第十五 病 終>

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