第十五話 病

17.赤い翼の


 「『ひとりで墓場に残って……死者に呼ばれた』ふぅむ」

 神父は読んでいた書物から顔を上げを、目の辺りを指でもみほぐした。 この辺りで過去に病が蔓延した時の

記録で、生き残った者の証言を調べていたのだ。 ゆっくり首を振って立ち上がると、暗い顔つきで窓から外を見た。 

満天の星空が美しいが心は晴れない。

 「過去の病の流行の時は、村人の半数以上が……だからでしょうが」

 ”もし、はやり病だったら……”

 神父は再び首を振った。 村長が何をするか、考えたくはなかった。

 「気持ちは判りますが……おや?」

 彼は書物の端に小さな書き込みがあるのに気がついた。 

 「『赤い翼の天使が……』後ろは読めませんか……『赤い翼の天使』……そう言えばクロティルドも同じようなことを」

 神父の顔から血の気が引いた。

 「いや、子供のうわ言……そう、きっと寝物語にでも聞かされて……」

 ぶつぶつと呟きながら、神父は本を書架に戻して廊下に出た。
 

 「シスター、入りますよ。 子供たちの様子は……?」

 二人のシスターの部屋をノックして中に入った神父は、誰もいない事に怪訝な顔をする。

 (何か問題でも起きたのか?)

 部屋を出ると、子供たちがいる一番近い部屋に向かう。


 はぁ……あぁ……

 悩ましげな声が耳に入り神父はぎょっとした。 足音を忍ばせてドアに近づいて隙間から中をのぞき、目を疑った。

 「そう……よ……そこ」

 「こぅ……?」

 シスター・テレジアが、男の子たちを相手にして……

 (な、なんてことを!)

 あまりの事に声がです、心の中で叫んでいた。 すぐに部屋の中に入り、シスターを止めなければならない。 が、

気が動転して手足が動かない。

 (お、落ち着け落ち着いて……?)

 平静を保とうとしていた神父は、妙なことに気が付いた。 シスターが子供たちに触れる手が、妙に赤くみえる。

 (……シスター?)

 明かりは窓際に置かれた手燭だけの暗い部屋、様子はよくわからない。 目を凝らして見つめていると、顔を上げた

シスターの横顔が目に入った。

 (!?)

 シスターの顔に、赤い斑点ができている。 ではと思って彼女の手を見直すと、こちらにも赤い斑点ができている。

 (い、いかん……)

 何かはわからないが、明らかにシスターの体に異常が生じている。 神父はドアから離れ、忍び足で部屋に戻った。

 
 「なんてことだ……」

 神父は部屋に入ってしっかりとドアを閉じ、閂をかけた。 彼はシスターが何か病気にかかったと思った。

 (クロティルドも……? だとしたら……)

 考えるまでもない、クロティルドとシスターが同じ病だとしたら間違いなくはやり病だ。 それも、恐ろしく感染力が

高い。  

 (どうする……? 子供たちから彼女を……ああでももう間に合わないか……)

 熱を出したクロティルドと彼女が接触していたのはわずかな時間だったはずだ。 なのに彼女は病気になった。

 (あの子たちももう……どうする? ほかの子たちを連れて出るべきか……神よ……)

 頭を抱えて神に祈る神父、その体に異変が起きる。

 ズクン

 「ぐっ?」

 突然、熱い疼きが走った。 彼のシンボルが硬直し、熱く脈打っている。

 「こ、これは?」

 まさか、さっきのシスターと子供たちのあまりな……を見たせいかと思った。

 ”シスター……”

 ”そう……そこ……”

 ズクン、ズクン……

 「ううっ?」

 いったん想像してしまうと、とめどなく固くなっていく彼のシンボル。 神父はあわてると、下ばきを緩めてシンボル

への圧迫を逃がす。

 「なんと言うことだ、こんな時に。 我ながら情けない……」

 ”いいんじゃないの、正直で”

 「!?」

 耳元で声がした。 妙に明るい少女の声だった。

 ”君だって、男なんだろう”

 「だれだ! どこにいる!?」

 あたふたと部屋のあちこちに目をやる神父。 しかし、声の主の姿は見えない。

 ”ふふっ、ふふふっ……あはははははははは……”

 楽しそうに笑う女の子の声。 快活で、明るくて……それでいて何か、おかしいような妙な声だ。

 ”どこでもない……ボクはここにいるよ”

 急に声がはっきりと聞こえてきた。 神父がそちらに目をやると、幻か煙のような何がそこにいた。

 「お、お前はなんだ! 悪魔か!」

 ”人聞きが悪いなぁ……スティッキー、それがボクの名前さ」

 神父のベッドの上に一人の少女が現れた。 全裸で赤い翼を背に生やした少女が。

 「『赤い翼の天使』……」

 神父は青い顔で呟いて少女を見た、まるで死神でも見るかのような目つきで。

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