第十五話 病

15.眠ったふり


 「システー・テレジア、クロティルドは?」

 神父がシスター・テレジアに尋ねた。

 「熱で錯乱していた様ですが……」


 シスター・テレジアに悪戯をしていたクロティルドは、年配のシスター・エマに取り押さえられ、直後に失神した。 

事が事だけに、神父も手伝ってクロティルドを『抑制』し、改めて部屋の中に隔離している。


 「うわ言のように『病気が……スティッキーが……』と」

 「スティッキー? それは誰ですか?」

 神父は訝しげな表情で聞きかえしたが、シスター・テレジアは顔を伏せ、首を横に振る。

 「……容体は? ジャックと同じですか?」

 「いえ、ジャックとは少し違うようです」

 「どう違うのですか?」

 「ジャックは酷く衰弱し、神に召されました。 クロティルドは熱はありますが、食欲があり元気です」

 「そうですか。 それは何よりです」

 神父の表情は、言葉とは裏腹に曇っている。

 「あの、何か心配でも」

 「ええちょっと……他には何か変わったことは?」

 「他には……ああ、体に赤い発疹がでています」

 「赤い発疹ですか……ジャックにはなかったですね。 調べてみましょう」

 神父は頷くと、シスター・テレジアにクロティルドの世話をシスター・エマと二人で行うように指示した。


 騒動のあと、さほど時を待たずに日が落ちた。 夕食は時間をずらして取ることになったため、寂しいものになり、

食事が済んだ子供たちは割り当ての部屋に戻る。

 「クロティルド……どうしちゃったんだろう」

 「ジャックの病気がうつったらしいよ」

 子供たちは、それぞれのベッドにもぐりこんでヒソヒソと話をしていた。 子供たちを分けたのは病気が伝染することを

懸念しての事だが、それが判らないほど幼い子はいない。 みな不安そうに同室の子と話をしている。

 「ティム、ボビー、寝ていますね?」

 『はい、シスター・テレジア』

 「こら!」

 『わーしまった!』

 ちょっとしたおふざけはいつもの事だが、そのやり取りの裏に不安が見え隠れしている。

 「ケニー、トッド?」

 ……

 「寝ていますね?」

 ……

 シスター・テレジアはドアを静かに開き、そっと中を覗き込んだ。 うす暗い部屋の中にはグーグーといびきが二つ

わざとらしい。

 フッ……

 シスターは微かに笑って扉を閉めようとした。

 −−行っちゃうんだ……

 微かな声が聞こえた様な気がして、シスターは振り向いた。 誰もいない。

 −−疼かないの?……

 再び声が聞こえた。 何処から聞こえてくるのか判らない。

 「誰ですか?」

 囁くように問い返す。 その時、シスター・テレジアは自分が手に何か持っているのに、赤い羽根を持っているのに

気が付いた。

 「これは……クロティルドの持っていた?」

 赤い羽根は薄い暗がりの中ではっきり見え、かすかな光を放っているように見える。

 −−疼かないの?……

 ズクン

 「!?」

 疼いた。 クロティルドに撫でられた跡が。 シスター・テレジアは裾をまくって、自分の足をあらためる。 クロティル

ドに撫でられた跡が、赤くなっている。

 「これは!?」 

 ズクン

 再び体の中で何かが疼き、意識がすーっと遠くなる。 倒れそうになり、壁に手をついて体を支える。

 ズクン、ズクン、ズクン……

 疼きが止まらない。 体の中で熱いモノが蠢く感覚、意識が混濁する。

 「……」

 シスター・テレジアは壁に寄り掛かるようにして失神し、動かなくなった。

 ……

 数分後、シスターテレジアは意識を取り戻した。

 ハァッ……ハァッ……

 体が熱い、重く濡れたような疼きが下半身で脈動している。

 (ど、どうして……)

 自問するシスターには、まだ自制心があった。 しかし。

 ……シスターまだいる?

 ……さぁ?

 微かな声が壁の向こうでした。

 「まだ起きている……悪い子……」

 シスター・テレジアは、手に持った赤い羽根を見た。 不思議な光を湛えるそれを見ていると、迷いが消えていく

様な気がする。

 「悪い子には……ふふ……罰を……」

 彼女は、そっと扉を開け中に入った。

 ……あっシスター

 ……シスター?

 ……だめじゃないの、ちゃんと寝ていないと……

 シスターは後ろ手でドアを閉めた。


 −−ほ〜ら、我慢してただけじゃないか……アハハハッ……

 どこかでスティッキーの声がした。

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