第十五話 病

13.祈り


翌朝、納屋の中でジャックが息絶えていることが判ると、教会の中に重苦しい空気で満たされた。 二人の子供が

立て続けに神に召されたからだが、それだけが理由ではなかった。 

 「神父様……」

 不安そうに神父を見つめる孤児たちに向かい、神父は礼拝堂に行くように命じた。

 「皆、神に祈りを捧げなさい、ジャックの為に」

 教会付きの男たちに手伝わせ、神父がジャックの亡骸を急ごしらえの棺に納めていると、近くの村の村長が

やって来た。

 「神父様、なくなった子は病気だったですかのう?」

 神父は両手を上げ、詰め寄ってくる村長を押し戻す様にする。

 「村長さん、神に召された子は、もともと体が弱かったのです」

 「では病で死んだのではねぇですな?」

 「いや、それは……」

 体が弱い者が死ぬのは当たり前、医者は大きな町ににしかいないこの時代。 だれかがベッドで冷たくなって

いても、死因もわからないまま埋葬されるのが普通だった。 もちろん村長もそれは承知している。

 「流行病ではねぇでしょうな。 最近、悪い流行病が流行って、死に絶えた街もあるとか聞くでな」

 「そんなことはありません! 断じて」

 神父が強く否定するのは理由があった。 人が群れて暮らすようになってから随分たつ。 獣などの外的は

とっくの昔に脅威でなくなっていたが、流行病の脅威はむしろ高まっていた。 なにしろ人が密集している分、

一度流行病が流行り出すと凄まじい勢いで広がり、何度となく地獄絵図が出現した。 そしてその事がさらなる

恐怖を呼ぶ。

 「神父さん、間違いねぇな? もし……」

 「村長さん、疑いはごもっともですが、この界隈で流行病が広がっている等、聞いていません。 急に教会の中に

広がるなど……」

 「二人、立て続けに死んだだ」

 村長は、神父を射る様なまなざしで見つめ、張りつめた空気が辺りに流れる。 


 「……神父さん、よろしく頼むだよ」

 村長は、言葉だけは丁重に言うと、踵を返して去っていった。

 「……」

 神父はゆっくり首を振ると、教会に戻った。

 「神父様」

 教会に戻ると、二人いるシスターの若い方が不安げな表情で彼を出迎える。

 「子供らは」

 「お祈りをさせています。 ですが」

 「ですが、なんです」

 「クロティルドの具合が悪いようで」

 神父の顔が蒼白になった。 駆けださんばかりの勢いで、礼拝堂に向かう。

 
 大きな軋み音を立て、礼拝堂の扉が開き、中で祈りを捧げていた子供たちが一斉にそちらを向く。

 「続けなさい」

 神父は上ずった声で子供たちに命じ、礼拝堂の中を一瞥する。 ベンチの一つに横たわった女の子と、その横で

彼女の具合を見ている年配のシスターの所に歩み寄った。

 「どうしました?」

 神父の問いかけに、年配のシスターは沈痛な顔で首を横に振る。

 「判りませんが……熱があってジャックと同じような……」

 「同じ? 同じ病だと?」

 殆ど詰問口調でシスターに聞きかえしたが、彼女は今度は答えなかった。

 神父は、クロティルドの額に手を当てる。 火の様に熱く、顔色はロウソクのように白い。

 「クロティルド? 私が判るか?」

 目を閉じていたクロティルドは、薄目を開けて神父を見た。

 「……様が……」

 「何?」

 「赤い羽根……赤い羽根の天使様が……ジャックを迎えに……」

 「クロティルド? 何を言っている?」

 なおも詰め寄る神父を、シスターがおしとどめる。

 「熱でうわ言を言っているのですよ」

 神父は、口をつぐんむと何か考えているようだった。 


 「シスター、クロティルドを北端の部屋に寝かせ、世話は君が頼む」

 「はい」

 「それと子供たちの寝所を分けよう」

 シスターは首を傾げた。

 「今でも男の子、女の子は別の部屋になっていますが?」

 「できれば一人ずつに分けたいが、そこまで部屋がない。 一部屋二人ぐらいに分けよう」

 「はい……でも何故?」

 神父は、シスターを促して礼拝堂から出る。

 「村長が、さっき来た」

 「?」

 「流行病を疑っている。 これ以上子供たちから病人がでたら……」

 シスターの顔が強張る。

 「どうすると言うのです。 まさか……」

 神父は、だだ頷くだけだった。 その先はとても口にできなかったのだ。

 「とにかく、これ以上子供たちが病気にならないようにしないと。 ジャックは墓場に行き、クロティルドがジャックの

世話をしていた。 その翌日には二人とも病気になった」

 「じゃあ、他の子たちも」

 「とは限らない。 とにかく子供たちをけよう。 羊や牛に病気が広がった時は、群れを分けて防ぐ。 それと同じだ」

 聞きようによっては酷い言い方だが、他に良い思案もない。 年配のシスターは、若いシスターを呼びあたふたと

教会の奥に入っていった。

 「神よ……救いたまえ」

 神父の祈りに応える声は聞こえなかった。

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