第十五話 病

11.悪しき選択


 藁束に仰向けにされたクロティルドは、必死に抵抗しようとした。 痺れた体は自由に動かないが、拒絶の意は

スティッキーに伝わった。

 「ふーん」

 スティッキーは鼻を鳴らすと、クロティルドの横にうつぶせになる。

 「無理やりはボクの趣味じゃないなぁ。 嫌、なの?」

 クロティルドはスティッキーに視線を送り、何度も頷いて見せる。

 「そう……ジャックは積極的だったけどなぁ」

 ジャックの名を聞いて、クロティルドは身を固くした。 さほど離れていない所に、その名で呼ばれていた少年の

体が横たわっているのだ。

 「……ジャック……が?」

 絞り出すようにして口にしたクロティルドに、スティッキーが視線を投げる。

 「うん。 誘ってあげたら……来てくれたし……大胆だったよ」

 ゴクリ

 クロティルドの喉が鳴った。

 「て、天使様が? どうして?」

 「んー」

 生返事をして、スティキーは仰向けになった。

 「別に訳なんかないけど……ジャックが寂しそうだったからかな?」

 スティッキーの答えを聞いて、クロティルドは安堵のため息を漏らす。 どうやら目の前にいるこの赤い羽根を

持った女の子は、天使で間違いないらしい。 自分の体の自由を奪ったやり口から、悪魔が化けているのでは

ないかと疑い始めていたのだ。

 「あの、天使様……無礼がありましたらお詫びしますから……この『戒め』を解いてはいただけませんか?」

 「んーいいけど……もう一回キスしないといけないけど、いい?」

 「キ……ほ、他の方法は……」

 「ほっといても、朝までには動けるようになるよ、多分」

 もともと彼女のせいで体が動かなくなったのに、あまりの言いようである。 クロティルドは瞬きし、『天使』の

キスを受け入れるべきか大いに悩む。 しかし、朝までここで待つことはできないし、動けないクロティルドを

スティッキーがベッドまで運んでくれるとは思えない。

 「……お願いします」

 「どっち?」

 「……その、早い方で……」

 スティッキーは、クロティルドを見て笑う。 意味ありげな笑顔だった。


 「よいしょっと」

 スティッキーは、クロティルドを抱きかかえるようにし、顔を近づけてきた。 やはり天使だからなのだろうか。 

女の子のはずなのに、近くで見ると少年の様に見える。 それもかなりの美少年だ。

 「……」

 思わず顔を赤くするクロティルドに、スティッキーが優しく尋ねる。

 「恥ずかしいの?」

 「え……はい」

 「目を閉じていれば?」

 言われるままに目を閉じるクロティルド。 しかし、見えない方が余計に恥ずかしいし。 柔らかな息遣いが

ゆっくりと近づいてくるのを待つのも落ち着かない。

 (……じらさないで下さい……)

 心の中で催促するクロティルド。 彼女は気づいていたろうか? いつの間にかスティッキーのキスを求めて

いた事に。

 フゥッ

 熱い吐息が唇に吹きかけられた。 もう少しだ……。 しかし、その先がなかなか訪れない。

 (?)

 じれったくなって、クロティルドは目を開く。 視界に赤いモノがいっぱいに広がる。

 「!?……」

 彼女が目にしたものが、スティッキーの赤い瞳だと気が付く前に、彼女の唇がクロティルドの唇を奪っていた。 

熱く濡れた舌が、彼女の唇を舐める。

 「んー……」

 「……ん」

 クロティルドは、自然に唇を開いてスティッキーの舌を受け入れた。 先ほど彼女の自由を奪った舌が、それを

返すために彼女の中に侵入する。

 チュク……チュク……

 熱くネットリとした舌がクロティルドの舌に絡み付いた。 不思議な温もりが、クロティルドの舌に染み透っていく。 

続いて、スティッキーの中から、熱く甘いモノが溢れだし、クロティルドの口に注がれた。

 ンク……ンク……

 クロティルドの喉が動いて、その熱く甘いものを飲み下した。 とたんに身体がかっと熱くなり、手足に力が

戻ってきた。

 「んんっ……」

 ゆっくりと手足を動かすクロティルドを確認すると、スティキーは唇を離した。

 「ほら、動けるようになったろ……」

 囁くように言うと、スティッキーはクロティルドの瞳を見つめる。

 「嘘じゃなかったろ」

 「……」

 クロティルドは潤んだ瞳でスティッキーを見返した。 体が熱く、胸がドキドキする。 ひどく落ち着かない気分だが、

不快ではない。

 「どうしたの?」

 「わ、判りませんけど……身体が落ち着かなくて」

 正直に答えたクロティルドを見て、スティッキーはニィッと笑う。

 「ジャックもそうだったよ……心配しなくてもいいよ、それが普通」

 そう言ってスティッキーは、クロティルドを壊れ物を扱う様にそーっと抱いた。

 「……」

 クロティルドは目を閉じたが、抱擁を拒絶はしなかった。 そして、ただ待った。

 「ずるいんだ、君は」

 スティッキーはそう言うと、少しずつ、少しずつ、クロティルドの体に自分の体を摺り寄せていった。

 あ……

 つぼみが開いていく様に、じわじわとクロティルドの『女』が目覚めていく。

【<<】【>>】


【第十五話 病:目次】

【小説の部屋:トップ】