第十五話 病

10.2人目


 サク……サク……

 微かに草を踏む音がした。 さっきまでジャックだったモノに跨っているスティッキーの耳がピクリと動く。

 「おや?……」

 彼女は納屋の扉へ目をやった。 隙間だらけの扉に灯りが見えた。

 フッ……

 口元を笑みの形にすると、スティッキーの姿が闇に溶けるように消える。 

 キッ

 扉が軋んだ。


 「ジャック?」

 クロティルドは納屋の中のジャック声をかけた。 返事があるはずもなかったが、彼女はそれを知らない。

 「入るわね」

 断りを入れ、右手で扉を押し開ける。 静まり返った納屋の中を、手燭のか細い灯りが照らし出す。

 「……」

 一瞬ためらったクロティルドは、横たわるジャックに歩み寄った。

 「ジャック?」

 返事のないジャックに、クロティルドの声が微かに震える。 手燭を柱のカギにかけ、ジャックの首筋に手を当てる。

 「冷たい……」

 クロティルドは少年が逝ってしまったことを認める。 ショックが無いわけではないが、予想していたことでもあった。

 「……」

 微かなため息を呑み込み、クロティルドは少年の手を胸の上で組ませ、薄い夜具で覆う。 そのまま土間に

ひざまずくと、手を組んで瞑目し祈りの言葉を捧げる。

 ”天に……”

 短い祈りをすませ終え、クロティルドは立ち上がって膝の土をはらう。

 「……ジムと会えるといいわね」

 「それはどうかな」

 背後からの声に、クロティルドは驚いて振り返る。 黒い服に赤い翼の天使が、そこに立っていた。


 「はじめまして。 ボクはスティッキー」

 スティッキーはクロティルドに挨拶した。 呆気にとられていたクロティルドは、慌ててひざまずき彼女に祈りを

ささげる。  

 「なに?」

 首を傾げるスティッキーに、クロティルドが問いかけた。

 「ジャックの魂を召されにまいったのですね、天使様」 

 スティッキーはクロティルドの言葉に得心すると、彼女に応える。

 「まぁ……会いに来たのは間違いないけど」

 言いながら、スティッキーはクロティルドを立たせ、ジャックの亡骸から少し離れた麦藁の束に座らせると、自分も

その横に座る。 二人の少女が一人の少年の亡骸を前にして並んで座るという妙な構図が出来上がった。

 クロティルドは、ジャック、スティッキーの両方に忙しく視線を走らせ、落ち着かない様子だ。 しばらくためらった後、

思い切って声をかける。

 「あの……天使スティッキー」

 「天使? ボク、そーいうのよくわからないんだ」

 クロティルドは目を丸くし、スティツキーの顔をまじまじと見つめた。

 「ええっ……」

 「ジャックとは昨日知り合ったんだ、それで遊びに来たの」

 「昨日?遊び?……」

 クロティルドは困惑した様子で、ジャックにちらりと視線を送り、それからスティッキーを見る。 そして他の女の

子たちとの噂話を思い出した。

 「あの、ひょっとして昨夜……ジャックと会われました?」

 「うん、会ったよ」

 あっさりと肯定され話の接ぎ穂を失ったクロティルドは、ますます困惑する。 

 「そ、そうですか……」

 ジャックと天使が会って何をしていたのか? そのジャックは何も言わない。 下を向いて答えの出ない思考に

陥ったクロティルド横で、スティッキーが不思議な笑みを浮かべ、静かに立ち上がった。


 フワリ

 クロティルドは、スティッキーに背後から抱きしめられはっとした。 首を右にねじって後ろを向く、その唇が

スティッキーの赤い唇と重なった。 ぞっとするほど冷たい唇と。

 「!?」

 突き放す暇もなく、スティッキーが彼女の口を捕えたまま強く息を吸う。 強烈な吸引に舌が吸い出され、

柔らかなスティッキーの舌に捕えられた。

 「んー!」

 不自然な姿勢でスティッキーに抗うクロティルド。 しかし、スティッキーから息を吸われるうちに、全身から力が

抜けてしまう。

 「ん……」

 体を支えることができなくなり、クロティルドは仰向けに倒れそうになった。 するとスティッキーは唇を離し、

彼女を背中から支え、麦藁の上にあおむけに寝かせた。

 「……」

 意識ははっきりしているのに、身体が動かない。 恐怖するクロティルドの視界の中で、赤い羽根の天使が

するりと服を脱ぎ落した。

 「会って何をしていたか、知りたいんじゃないの?」

 クロティルドは首を横に振ろうとするが、それもできない。 怯える彼女の眼に涙がにじむ。

 「大丈夫だよ」 スティッキーは、妙に優しい口調で彼女に囁く。 「酷い事はしないから……」


 納屋の中、少女の声の無い悲鳴が響く

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