第十五話 病

7.悪い扱い


ジャックたちは、教会に寄り添うように建てられた孤児院に住んでいた。 ジャックが熱を出した翌日、朝食の

後片付けが済んだ食堂で、子供たちが集まって話をしていた。

 −−どこに行ったって?

 −−墓だってさ、夜中に

 −−何しに?

 −−知らないよ

 男の子たちは、ジャックが何をしていたのか知らない様だった。 一方、女の子たちはもう少し事情に通じている

ようだ。

 −−どこ

 −−墓……

 −−誰と?

 −−知らない……

 会話の内容は、たいして変わらないようだ。 

 「村の子じゃないの? 誰かと会っていたんでしょう」

 「夜中に、墓場で? 第一ジムを……」

 全員が口をつぐむ。 墓場は死せるものの領域だ。 たまに村の男たちが、度胸試しや祭りの為に、夜の墓場に

行くことがあるらしいが、子供が一人で行くなど有り得ない。 第一、病で死んだジムを葬ったばかりだ。 そんな墓に

近づきたがるものはいない。

 「ひょっとしてジムの魂が読んだんじゃないの」

 一人が何気なく言った言葉に、全員が青ざめる。

 「そんな訳がないでしょう! ジムは主に召されたのよ」

 人はが死ぬと、魂は天界の裁きを受け、罪が無ければ天国に召され、罪があるものは地の底にある地獄、

煉獄に落とされ、罪を償ったのち天に召される。 死せる魂が地上に残るわけがない、一部の例外を除いて。

 「……でも」

 「有り得ないでしょ。 ジムが何をしたっていうのよ」

 拭いきれない大罪を犯した魂は地獄にすら入れない。 死から拒絶され、永久に彷徨うしかなくなる。

 「じゃあ誰なの?」

 ジムの名を口にしたソバカスおさげの少女が、ぷっと頬を膨らませる。

 「知らないけど……女の子かもしれない」

 黒髪の女の子がボソッと呟き、全員の眼がそちらに集まった。

 「女の子!? それこそ有り得ないでしょ!?」 

 「そうよ。 ジャックが言ったの?」

 詰め寄られた黒髪の女の子、クロティルドはやや引きながらも、胸を張って応じる。

 「だって昨日の夕方、ジャックが妙に浮かれていたもの。 それにジャックの着物の泥を落としていた時、女の子の

匂いがしたもの」

 クロティルドの言葉に、女の子たちが黙った。

 「それと……」

 「何?」

 「ジャックの下着を洗っていたら、変な汚れが……」

 「駄目っ!」

 クロティルドの言葉を、年長の女の子が遮った。

 『?』

 数人の女の子が首を傾げ、残り半分が顔を赤くする。 ちなみにクロティルドは両方だった、最初首を傾げ、次に

顔を赤らめる。 どうやら、『男の子の生理』について知っていたが、『変な汚れ』に結びつかなかった。

 「あー……まぁ、墓場で転んだ時についた『汚れ』だとは思うけど」

 汗をかきながら誤魔化す年長組を、年少の女の子たちは怪訝そうに見ていた。

 「これ皆さん。 朝のお勤めですよ」

 そう言いながらシスターが食堂に入って来ると、皆は慌てて食堂から出ていく。 体罰が当然であった時代、

言いつけを守らなければ子どもと言えども容赦なく小さな木のムチでぶたれる。


 「クロティルド、ジャックに食事を運びなさい」

 昼食の後、シスターがクロティルドに言いつけた。 ちなみに、朝食は罰として抜かれている。

 「はい」

 返事をして、ジャックに用意した食事を木の盆にのせる。 色の黒い固いパンに、うすい塩味の豆のスープ。 

病人食と言うわけではなく、これが普通だった。

 「長居はいけませんよ、ジャックに取りついた悪魔が、貴方に取りつきますから」

 「はい」

 『悪魔に取りつかれると病になる』 『 病人の傍にいると悪魔に憑かれる』 この理屈は経験から導かれたもので、

すべての病気に当てはまる訳ではなかったが、全くのでたらめでもなく、伝染病の蔓延を防ぐ何がしかの効果は

あった。 もっともそのせいで、看護が必要な病人が放置されるようになり、結果『病気になる』=『死に至る』という

ケースを増やした側面もあった。

 クロティルドは孤児院の外に出て、納屋に入った。 恐ろしいことにジャックは納屋に『隔離』されていた。

 「ジャック、入るわよ」

 クロティルドは断ってから納屋に入った。 藁屑が散乱する土間に粗末なベッドが運び込まれ、そこに青い顔の

ジャックが寝かされている。 クロティルドの足音にジャックが目を開いた。 ジャックのひび割れた唇から、呼気とも

声ともつかないうめきが漏れる。 

 「クロト……」

 「パンとスープ。 食べられる?」

 ジャックは起きようとしたが、少し身動きしただけであきらめた。 クロティルドは溜息をつくと、納屋にあった

作業台をベッドの脇に運び、盆をそこに置いた。 そしてパンをちぎってスープに浸し、ジャックの口に運ぶ。

 「……」

 ジャックはもそもそと口を動かして、塩味のついたパンを咀嚼する。 クロティルドは機械的にジャックにパンを

食べさせながら、気になっていたことを聞いた。 

 「ジャック……誰と会ってたの?」

 クロティルドの問いに、ジャックは咀嚼を止めてクロティルドを見た。 クロティルドは、パンを千切ってはスープに

浸している。

 「スティッキー……」 ぼそりとジャックが答えた。

 「それ名前? 誰? どこの子?」

 「知らない……」

 「知らない子と? 夜に墓場で会ってたの?」

 ジャックはこっくりと頷いた。

 クロティルドは、あきれた様子でジャックを見ていたが、不意に表情を曇らせた。

 「それ、絶対まともな子じゃないよ。 放浪者か山賊の子じゃないの? あんたもばかねぇ」

 この辺りでは、定住しない者に対する偏見と差別は厳しかった。 ヨソモノは災厄しかもたらさない、それが

この辺りの常識だった。

 「その事は、あんまりしゃべらない方がいいよ」

 ジャックにパンを食べさせ終わると、一応忠告らしきものを残してクロティルドは納屋を去った。 ジャックは溜息を

つくと、気だるい眠りに落ちる。


 ”……言ってくれるね……ま、当たってるけど……”

 どこからともなく聞こえた呟きに、ジャックが気が付くことは無かった。 

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