第十五話 病

2.悪い子


 ”お墓にひとりでいてはいけないよ”

 ”神父様、どーしてですか”

 ”よくない事が起こるからだよ”


 「あ」 

 ジャックが慌てた声を出した。

 「どーしたの?」

 「帰らなきゃ、神父様が一人でお墓にいてはいけないって」

 立ち上がったジャックの手を、スティッキーが掴んで引っ張る。 ジャックはバランスを崩し、彼女の隣にストンと

座らせられた。

 「ボクがいるから、一人じゃないじゃないか」

 「あ、そうか」 

 納得してステッキーを見るジャック。 引き戻されたせいで距離がぐっと近くなり、目の前にスティッキーの顔がある。

ジャックは真っ赤になって、プイと横を向いた。

 「今度は何?」

 ちょっと不機嫌そうなスティッキーの声に、ジャックは横を向いたまま答える。

 「あ、あんまり女の子と顔とか近づけちゃダメなんだ」

 「なんで?」

 「し、知らないよ……だけど、神父様のいう事だもの」

 「ふーん、そーなんだ」

 「そうだよ、神父様のいう事を聞かない子は、悪い子なんだ」

 ジャックがそう言うと、スティッキーが彼の顔を両手ではさみ、無理やり自分の方を向かせた。

 「何をする……むぅっ!?」

 スティッキーは思い切り顔を近づけると、ジャックの唇を奪った。 突然の事にジャックはどうしていいかわからず

硬直する。


 ジャックが感じたのは、スティッキーの唇の柔らかさと冷たさだった。 時が止まったかのような不思議な感覚が

彼を包む。

 (わっ……)

 目の前で彼を見ている悪戯っぽい眼差しに気が付き、慌ててスティッキーを押しはがす。 その時ジャックは

彼女の胸を押す形になり、その柔らかさに再び顔を赤くする。

 「あっはっはっ。 真っ赤かだ」 

 朗らかに笑うスティッキーに、ジャックは怒ったような声で文句を言う。

 「な、何をするんだよっ! そんなことをするのは悪い子だって……」

 「うん、ボクは悪い子だよ」

 あっさり応えたスティッキーに、ジャックは呆れる。

 「なんだよそれは」

 「ボクは悪い子なんだ」

 スティッキーは繰り返し、笑った。 そして両手でジャックの肩を捕まえる。

 「スティッキー?」

 「だからボクは……悪いことするのが好きなんだ」

 スティッキーは再びジャックに顔を近づけてはた、黒い瞳が濡れたように潤んでいる。

 「す、スティッキー……」

 (き、きっとまた……に、逃げなきゃ……)

 ジャックはスティッキーから逃げようとした。 しかし、何故か体が動かない。 スティッキーの顔が迫ってくる。

 (に、逃げなきゃ……)

 心の中で呟きながら、ジャックは目を閉じた。 そして次に来るものを待つ。

 ………………

 …………

 ……?

 何も起こらない。 目を開けると、スティッキーの姿がない。

 「あははっ、期待しちゃった?」

 頭上から声がした。 見上げると近くの楡の木の枝に彼女が腰かけ、足をぶらぶらさせている。

 「き、期待なんかして……ないよ」

 反論するジャックの声には力がなかった。


 「ふふっ……」

 スティッキーはもう一度笑った。

 「今夜だよ」

 「?」

 「今夜もう一度、ここにおいで」

 ジャックは瞬きして、スティッキーを見あげた。

 「な、なんだよ、それ? 夜は外を出歩いちゃダメなんだよ」

 「それも『悪い事』なんだよね」

 スティッキーは当然のことを言い、ジャックは大きくうなずいた。

 「だからさ」

 「え?」

 「どうせ『悪い事』をするんなら、夜の方がいっぱい悪いことになるじゃないか」

 ジャックは再び瞬きをした。

 「君は何を言ってるんだよ……」

 ジャックが全部言う前に、ステッィキーは枝から飛び降り、墓石の上でくるくると踊り出した。 踊りながら墓石から

墓石へと飛び移り、ジャックから遠ざかっていく。

 「スティッキー? そんなことしちゃ駄目だよぉー」

 ”今夜……おいで……悪いこと……しよぅ……”

 スティッキーの声が風に乗って聞こえてきた。 そして、彼女の姿はジャックの視界から消えた。


 ……はっ

 ジャックは我に返った。 日が大分傾き、葬儀が終わってからかなり時間がたっている。

 「大変だ、怒られちゃう」

 ジャックは慌てて墓場を後にした。


 ”フフッ……フフフフッ……アハハハハハッ……”

 ジャックが去った後、楽しそうな女の子の声が墓場に流れた。 しかし、それを耳にする者はいなかった。


 「ジャック、何をしていたの」

 「ご、ごめんなさい」

 教会に帰ったジャックは、予想通り神父に叱られ、罰として食事の前に100回の懺悔を命じられた。

 「ぼくはお葬式が終わった後、墓場で遊んでいました。 僕は悪い子です」

 「ぼくはお葬式が終わった後、墓場で遊んでいました。 僕は悪い子です」

 「ぼくはお葬式が終わった後、墓場で遊んでいました。 僕は悪い子です」

 ……


 ”悪いこと……しようよ”


 「……僕は……悪い子です」

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