第十五話 病

1.葬


 黒一色のロウソクが灯る。

 ロウソクの明かりに照らし出されたのは、青い目の男だった。

 「や……Hellow」

 滝は慌てて挨拶し、すぐに間違いを悟る。

 「Ya! HAHAHAHAHA!!」

 「あーすみません、日本語でお願いできますか? リスナーに判りませんので」

 青い目の男は黒い服の襟を正し、日本語で応じた。

 「これはすみません。 はい、えと『one hundrede horror stories』ね。 ではでは! 私のダディ、神より授かりし

聖なる剣を持ち聖杯の探索に……」

 「ちょ、ちょっとお待ちを。 何の話ですか?」

 「Oh,100の大げさな話をする会ではないのですか?」

 「そりゃ『horror』じゃなくて『法螺』だ!」

 「そうなのですか? 教会でそう聞いたので、神父の私が出張って来たんでやんす。 お話からエクソシストまで、

何でも拙者にお任せあれ!」

 「誰だ!こんなのを連れてきたやつは!」

 滝の声に驚いたのか、バンの中で音声の機械を操作していた黒髪の女とピンクの服のアシスタントは、バンから

降りて、コソコソと車の影に隠れてしまった。  仕方なく、滝が神父に番組の内容を説明する。

 −3分後−

 「……しゅ、趣旨はご理解いいただけましたか……」 

 喋りまくる男への番組の内容に体力を消耗した滝は、息を整えて水を飲んだ。

 「はいはい、よーくワカリマシタ、まーかせなさい。 私、神父のジョウ・マーティン・ロックマンいいますまんねん。 

神に誓って古今東西誰も耳にしたことのないおっかねぇはなしをするでよぅ」

 「ま、よろしく頼みます……」

 「では!」

 神父は、厚い本を取り出して勢いよく広げた。 もうもうと埃が舞い上がり、滝と志度がゴホゴホと咳き込む。

 「何ですかそれは! 悪魔か魔物も湧いて出るんですか!?」

 「めっそうもない、そなそいな物騒な本やおまへん。 これは500年ほどに前に会った信実の記録でありんす」

 そう言うと、神父は本のページをめくり始めた。

 「昔々、EUのあるところに村があったけんね……」

 (おいおい、EUってそんな昔からあったのかぁ?)

 滝の疑問におかまいなしに、神父の話が始まった。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 「彼の魂が、主の元に導かれんことを……」

 祈りの言葉を神父が唱えると、周りにいた村人たちが十字を切って祈りをささげた。 そして、数人の男が手にした

木のスコップで墓穴の底におかれた棺桶に土をかぶせていく。

 ……

 大した時間もかけずに墓は埋め戻され、その頃にはほとんどの村人がその場を離れ、残っていたのは神父と墓を

埋めていた村人、そして数人の子供たちだけだった。

 「さ、みんな。 ジムは神様のところに召された。 帰りましょう」

 子供たちは頷いて、神父の後に従って墓を後にする。 ただ、一人の男の子だけがじっと小さな墓石を見たまま

そこに佇んでいた。


 カァ……

 何か鳥の声が響き、男の子ははっと顔を上げた。 気がつけば墓に残っているのは彼一人だ。

 「帰ろう」

 呟いて、顔を上げて墓地の中を歩き出す。 と、ひときわ大きな墓石が目に入った。

 「ジムの墓はあんなに小さかったのに……きっと大きな人だったんだなぁ」

 別に墓石と其の下にいる人のサイズに相関関係があるわけではないのだが、彼はなんとなくそう思ってしまった。 

そして墓に彫られた文字を読む。

 「せ?……せ……セント・マジステール?」

 「へぇ、字が読めるんだ」

 背後からの声をかけられ、彼は驚いて振り返った。


 「字、読めるんだ君は」

 何処にいたのか。 彼の背後に立っていたのは、黒髪に黒い服を着た少女だった。

 「うん、僕らは神父様に字を教わってるから」

 彼は応えてから、少女の顔を無遠慮に眺めた。 勝気そうな顔に黒い瞳がくるくると動いている。 とっても目立つ

が、村で見たことは無い。

 「君、誰? あ、僕ジャック」

 「ジャック、ふーん。 ボクは、スティッキー」

 「スティッキー? スティッキーはどこの子? 村の子じゃないよね」

 「ボクはどこにでもいるよ」

 スティッキーはおかしな答えを返すと、近くにあった木のベンチに座ってジャックを手招きした。 ジャックは

スティッキーと並んで座り、隣の少女を観察した。

 (おかしな子だなぁ)

 来ている服は村の女の子と変わらない様だが、黒一色の服には破れもほつれもなく新品に見える。 服は

高価だから村の子たちの着る服は、たいてい古着の仕立て直しで、どこかしこか破れて、繕いの跡だらけだ。 

 (きっと偉い人か誰かの子なんだ)

 一人決めしたジャックは視線を上にあげ、スティッキーと見つめ会う格好になった。 彼女がニコッと笑い、ジャックは

つい目を逸らしてしまう。 顔がなんだか熱かった。


 「神父様に字を教わってるんだ、えらいね君は」

 「えらくないよ」

 「そう?」

 「うん、僕らは神父様の所で働いてるんだ。 僕たち、親いないから」

 ああとスティッキーは頷いた。 子供が一人で生きていくのは無理だが、それぞれの家は自分たちが食べて

いくので精いっぱい。 余分の子供を養う余裕はない。

 「教会で食べさせてもらってるんだ」

 「うん、神父様がかけあってくれたんだって」

 ジャックは、この辺りでは流行病でかなりの人が死に、孤児が続出した事を話した。

 「一度に大勢が死んだから、村で僕らを養う余裕はないって。 そしたら神父様が教会に住まわせてくれんだ」

 むろん只ではない。 かれらが成人したら、教会に自分たちの養育料を返していかねばならないのだが、ジャックに

はそんなことまでは判らない。

 「そう……」

 スティッキーは視線をあさっての方に向けて気のない返事をした。 彼女の視線の先にはジムの墓がある。

 「あの子は?」

 「病気。 それで神様の所に召されたんだ」

 そう言うジムの口調は平坦で、悲しみに暮れている口調ではない。

 「いつか、そこで会えるんだよね。 それまでは寂しいな……」

 ジャックは、まだ死というものを理解していない。 それでもジムともう会えないことは理解しており、喪失感は

感じていた。

 「寂しいんだ……」

 ボソリとスティッキーが呟き、少しジャックの方に身体を寄せた。

 「……」

 彼女の方を見るとまた黒い瞳と視線が交差する。 ジャックは訳もなく胸がドキドキするのを感じた。


 カァ……どこかで鳥がないた。

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