第十四話 褥(しとね)

31.人の世


「それは……彼らを伴侶として選んだ、と言う意味か?」

 『褥』達から答えはない。 しかし、和尚は彼女達が苦笑しているように感じた。 わずかな沈黙の後、答えが

かえる。

 ”貴方方は……一人で生きるも、集うて生きるも望むまま……”

 ”私等は……共に過ごす……まどろむ者が必要……”

 「……よくわからぬが、捕えた者を害する事はないのじゃな?」

 確かめる様に言うと、臨海和尚は錫杖を握りしめた。

 「それがお主らの生き方やもしれぬが、私は人で僧侶じゃ。 救いを求めてきた彼らを、このまま主らに囚われた

ままにはしておけぬ」

 和尚は、『褥』の一つに錫杖を突き付け、決意を込めて言った。

 「彼らを解放せよ」


 『褥』はわずかに震え、両者の間に緊迫した空気が流れる。 そして和尚が一歩前に出た。

 ”これでも……彼らを連れて行くの?”

 手前の『褥』がぐらりと傾く。 白い塊の上の方に薄桃色の突起があり、それが和尚の方を向いた。

 「む?」

 和尚は不穏なものを感じ半歩足を引いて身構える。 と、その薄桃色の突起の辺りから、巾着が口を開けるように

して『褥』が開き、中身を和尚にさらしだした。

 「な……なんと」

 和尚は絶句し、その顔に恐怖と嫌悪が入り混じった。


 ”判りましたか……彼らはもう私達から離れて生きることは出来ない……”

 ”共にまどろみ続ける……私たちと……”

 「き、貴様達はなんという事を……」

 怒りに顔を紅潮させ、錫杖を持つ手に力を込める。 『褥』の中にいた若者たちは、人の形を留めていなかった。 

異様な形の肉塊となり、『褥』の本体と交じり合うようにして一体化していた。 

 「ゆ、許されると思うてか! 貴様ら」

 ”何をです?”

 「何をだと!? 決まっておろうが。 若者をそのようなおぞましい姿に変え……」

 ”おぞましいのですか? 彼らの子の姿は……”

 ”私たちにとって、彼らは大切な方。 どのような姿になろうとも……”

 ”相手を差別するのは……悪い事ではないのですか?”

 不思議そうに言う『褥』達をさらになじろうとしかけ、和尚は言葉を呑み込んだ。 少し彼女達の言い分を聞いて

みる気になったのだ。

 「お主らは、彼らを拉致して自由を奪った。 それは悪い事ではないのか?」

 ”私たちは、動くことができませぬ……”

 ”未来永劫、ここに留まるのみ……”

 「何?」

 ”彼らがここに来たから、私たちは持て成した……”

 ”誠心誠意……ここに居てもらうために……”

 ”ありとあらゆる快楽で……”

 「彼らは一度ここを去った。 しかし、主らの怪しげな術でここに呼び戻された」

 ”私たちは動けない……”

 ”だから、思いだしてもらった……ロウソクで……行灯で……”

 ”私たちと共にあることが……”

 ”どれほどよかったかを……”


 和尚は険しい表情で『褥』達をみつめた。 彼女たちがうそを言っていないとすれば、彼らは自分の意志でここに

戻ってきたことになる。

 「お主らは彼らをだました。 ここに戻ってくればどうなるか、彼らに告げてはいないじゃろう」

 ”話はしていない……けれど……”

 「けれど?」

 ”感じてもらった……”

 ”私たちが……”

 ”彼らと一つになりたがっていることを……”

 ”身体で……感じてもらった……”

 「最初、彼らはお主らを拒んだ……しかし」

 ”戻ってきてくれた……”

 ”私たちの所に……戻ってきてくれた……”

 『褥』達がふるふると震える。 喜んでいるのだろう。


 「そうか……」

 和尚は下を向いたまま立ち上がり、『褥』の怪に背を向けた。

 「お主らを許せるわけではない、人として」

 錫杖で体を支えつつ、一度に十も老け込んだような足取りで、来た道を戻っていく。

 「だがお主らを害すれば、主らとともにある者たちも……それはできん」

 和尚は敗北を悟った。 寺に来た若者たちを救う術を誤った事に、いまになってようやく気が付いた。 彼らを

救うには、彼らの心を癒してやる必要があったのだと。

 「彼らを大事にしてやってほしい。 人としてあるより、お主らを選んだのだから」

 行く先に光が見える、人の世に戻る道が……

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 話し終えた若者は、照れたような表情で滝を見ている。

 「これで終わりです」

 「長い話でしたな。 ひとつ矛盾があるようですが」

 「というと?」

 滝は、行燈に視線を向けた。

 「君がその話の当事者であれば、ここに居る筈がない」

 ”その通り……”

 声がすうっと遠くなり、滝ははっと顔を上げた。 若者の姿がなく、行燈の明かりと百物語のロウソクの光が揺れて

いるだけだ。

 ”いる筈がない……”

 風もないのに行燈が揺れ、パタリと倒れた。 そのあおりでロウソク灯りも消える。

 ”人の世にいる訳がない……”

 闇の奥で、誰かが呟いた。

<第十四 褥 終>

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