第十四話 褥(しとね)

30.褥…そして


 トロ……トロ……

 生温かい楓の乳が轡虫の口に注がれる。 やや粘り気のあるそれは、轡虫の舌に絡みつき、意志があるかの

ように喉にすべこんで来た。

 (温かい……)

 喉の奥に感じた楓の乳は、ゆるやかにお腹の中に滑り落ちて溜まり、そこからボッーと轡虫の体を温めてくれる。 

ほんのりとした温かみが、血の流れに乗って体に回っていく様な感じがする。

 ふ……

 轡虫は目を閉じて、楓の乳房を唇ではむようにして愛撫した。

 「ぁぁ……もっと」

 楓が甘く喘ぐ。 轡虫は楓の乳房を吸い込むようにしながら、彼女が感じる場所を探した。 さっき女になったとき、

楓の乳が感じやすいことを体で覚えていた。

 (ここ……ここ……ここだ)

 きゅっと強く乳房を吸うと、マシュマロの様に柔らかい乳房が彼の口の中を満たし、乳首が喉の奥に触れ、それと

同時に楓が極みの喘ぎを上げた

 (え……あぁっ?)

 乳首の先端から熱く甘いものが迸り喉の奥を叩き、それが蜜の様な快感となって頭の中に広がる。

 ふぁ!

 間の抜けた喘ぎが轡虫の口の端から洩れたが、高みに駆け上りつつある二人はそれに気がつかない。 妖しい

よがり声を上げ、二人は快楽のオブジェとなった。


 く……はぁ

 轡虫は気だるげに身を起こし、ぐるりと首を巡らした。 彼らを包んだ『泡』の壁は白濁し、殆ど外は見えない。

 「……外?」

 轡虫は頭を振って考える……外……自分は其処に居た……外ってなんだったのか……

 ふわり……

 背中に柔らかい感触。 振り向けば、楓が彼を抱きしめてこちらを見ている。 濡れたような瞳が美しく、吸い込まれ

そうだ。

 「楓さん……」

 呟いた彼の唇を楓の唇が塞ぐ。

 「ここが全て……」

 そう言うと、胸に彼を抱いた。 白い乳房が視界を遮る。

 「ここが……全て……」

 楓の言葉を繰り返しながら、轡虫は胸の谷間で頭をゆっくりと左右に振った。

 あぁ……

 喘いだ楓は、足を轡虫の腰に絡ませ、彼自身に楓の神秘を触れさせる。 熱く滑る女の中に、彼自身が吸い込まれ

ていった。

 「あ……」

 『泡』が白一色になって外が見えなくなった。 同時に轡虫の心から楓の事以外が消えうせる。

 「さ……今一度……」

 楓がゆっくりと腰を巡らすと、熱く甘い快感が彼自身を包み込み、体の芯が蕩けていく様な深い歓びに心が沈んで

いく。

 「楓さん……」

 轡虫は楓のものになった。


 チン……

 手にした錫杖が小さな音を立てた。 臨海和尚は、首を巡らして辺りをうかがった。

 「こんなところに……『褥の怪』が」

 彼の背後には、縄梯子が垂れ下がっている。 ここは、山の中にあった廃寺の彼井戸の底だった。 轡虫が姿を

消して数年後、彼はある偶然からここを見つけたのだった。

 「……」

 井戸の底には大きな横穴が口を開け、その先には大きな洞窟が続いている。 臨海和尚は口元を引き締めると、

闇の奥へと歩を進める。

 「む」

 さして進まぬうちに、大きな広間の様な空間に突き当たる。 そこに彼は異様な物体を見た。 ふよふよと揺れる、

白い饅頭の様な物体が4つ広間の中央にならんている。

 「これが『褥』……」

 白いモノは、息をするように膨らんだり縮んだり、またはヒクヒクと揺れたりしている。 臨海和尚は眉をしかめると、

手に持った錫杖を振り上げた。

 ”何をなさるのです……”

 涼やかな女の声が響いた。

 「何者……いや、問うまでもないか……『褥の怪』しか有り得んじゃな」

 臨海和尚の呟きに『声』が応じる。

 ”貴方はそう呼んでいましたね……”

 「知っているのか?……そうか、お主が『楓』か?」

 白い饅頭、『褥』は沈黙で肯定した。

 「彼らはどうなった? 轡虫君は?」

 ”います……ずっとここに……”

 『褥』がフルフルと振るえた。 中で轡虫が動いたのかもしない。

 「褥の……いや、『楓』! 彼を解放しろ。 さもなくばわしはぬしらを退治する」

 臨海和尚は錫杖を『楓』に突き付けた。

 ”彼は私のものです……” 『楓』が応える。 ”彼の時が終わるまで……彼は私と共にあります”

 「飼い殺しと言うわけか……何故じゃ? ぬしらは何のためにそんなことをする! 人の精を貪って生きておるのか

!?」

 『楓』が、『褥』達が応える。 

 ”……そのような事は致しませぬ”

 ”……共にまどろむために……”

 ”……共に時を過ごすために……”

 ”彼らを選んだのです……”

 「なに?」

 『褥の怪』の答えに、和尚は手を止めた。

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