第十四話 褥(しとね)

26.そして、その晩(2)


 「喝!!」

 厘海和尚の大喝に轡虫が飛び上がる。

 「うわぁ!……あれ?」

 「どうした!轡虫君!?」

 厘海和尚が怖い顔で轡虫迫って来た。

 「目を開けたまま寝ているかのようだったぞ」

 轡虫は、和尚を手で制して胸を抑えた。

 「ちょ、ちょっと待ってください……今の楓さんは夢?」

 轡虫の呟きを聞き、和尚は難しい顔になった。

 「起きているのに夢だと?」

 「ええ……その行灯にかぶさる様に楓さんが現れて……」 と行灯を示す轡虫。 


 ”ね……”

 ’あ……’

 行灯の明かりを見たとたん、そこから湧き出すように現れた女体が轡虫に絡み付き、唇を寄せて来る。 一拍

遅れて、甘い香が二人を包む。

 ’まただ……’

 現実感が薄れ、和尚の姿は行灯の向こうの闇に消えてしまう。

 ”さぁ……”

 楓が甘えるようにすり寄り、轡虫の頭を胸に抱く。 濃厚な女の匂いに頭がクラクラする。

 ”続き……”

 目の前に薄桃色の乳首が迫って来た、それと意識せぬまま轡虫は乳首を咥え吸っていた。

 ’あぁ……’

 ふわふわした温もりが、口の中から体に広がっていった。 それにつれて頭の中に薄桃色の霧が広がり、気だるい

快感が薄絹の様に体に纏わりついてくる。

 ”さ……きて……”

 ’うん……いく……’

 轡虫は言葉の意味を理解することなく、ただ頷いた。


 「いかん」

 厘海和尚は、虚ろな表情の轡虫が何事か呟いたのを見て、険しい表情になった。

 「やむをえん、許したまえよ」

 用意していた棒を取り上げ、轡虫の背後に回りそれを振り上げ……


 「和尚様!」

 「……む?」

 厘海和尚は若い僧に身体をゆすぶられて目を開けた。 若い僧の顔と本殿の天井が見える。

 「何?……わしは……どうしていたのだ?」

 「本殿の真ん中でに突っ伏しておられたのです」

 「なんだと?……轡虫君はどうした!?」

 若い僧は暗い顔で首を横に振った。 彼の背後に光を失った行灯が転がっていた。

 「……」

 厘海和尚は瞑目し、唇をかみしめた。


 ”こっち……こっちよ……”

 轡虫は何処ともしれぬ道を、楓の案内で歩いていた。 さっきまで裸だった二人だが、楓は羽衣の様な薄絹を

纏い、轡虫は自分の服を着ている。

 ’いつ……着替えたんだろう……’

 微かな疑問がわいた。

 ”こっち……こっちよ……”

 しかし楓の声が聞こえると、疑問は霧の向こうに消える様にどこかへ行ってしまう。 そうやって、轡虫は夢遊

病者の様に歩き続けた。


 ”こっち……”

 楓の姿が闇の中に消え、轡虫は彼女の姿を追いかけるように足を出す。

 ’あっ’

 踏み出した先に地面がなかった。 闇の中、轡虫の体が落下していく。

 ’わぁぁぁぁぁぁぁ……’

 微かな悲鳴を残し、轡虫は闇の中に落ちて行った、どこまでも。


 …

 ……

 ………?

 轡虫は身体を起こした。 彼は薄暗い部屋の中で横になっていた。 部屋を見渡すと、見覚えがある。

 「ここは……」

 「覚えていますか?」

 涼しい声に振り返ると、薄絹姿の楓が布団の上に正座している。 轡虫は振り返った姿勢のまま頷く。

 「貴方達の棲んでいた宿坊だ……」

 轡虫は言葉を切り、苦いものを吐き出すように告げた。

 「結局、皆ここに連れ戻されたのか」

 楓はうっすらと笑い首を横に振った。

 「連れ戻したわけではありません。 貴方が戻ってきたのです」

 轡虫は眉を寄せ、首を傾げた。

 「どういう意味?」 

 楓はくすくすと笑うと、するりと薄絹を脱いだ。 

 「語ってさしあげます……寝物語で」

 床の、褥の上に楓は身を横たえ、轡虫に手を差し伸べた。

 「おいでなさいませ」

 轡虫はすっくと立ち上がり、身に着けたものを脱いでいった。 何故か楓に逆らう気がしない。 そして、誘われる

ままに楓の腕の中に身を委ねた。

 「……いい匂い」

 楓の胸に身を埋めると、得も言われぬ匂いが立ち上る。 あのロウソクの香りと同じだと思いつつ、轡虫は楓の

谷間で目を閉じた。

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