第十四話 褥(しとね)

24.その翌朝


 厘海和尚は、轡虫と若い僧を伴って僧房に戻った。

 「今夜は交代で君を見張り、夜が明けたら警察に連絡を取って霧木栗鼠君を探そう」

 「け、警察ですか」

 「うむ。 人が三人も行方不明になっているのだからな」

 轡虫は気が進まない様だったが、和尚の提案にうなずくしかなかった。

 「君には悪いが、もっと早く警察を頼るべきだったかもしれん」

 「ええ……」


 翌朝、早い食事を終えると厘海和尚は自転車に乗って出かけ、留守を預かる形になった若い僧と轡虫は、『褥の

怪』について過去帳を調べることになった。 もっとも寺の関係者でない轡虫が過去帳を見ることは出来ないので、

若い僧が内容を読み上げ、それを轡虫が書き取って整理する事にした。 しかし、作業がさして進まぬうちに、厘海

和尚一人の警官を伴って戻ってきて、そこで作業は中断された。


 「それで? 君の友人たちは……その女の人たちに拉致されたと?」

 「いえ……拉致ではなく……誘い出されたと言うか……」

 「誘い出された……つまり自分の意志で会いに行って、帰ってこないと?」

 「まぁ……そう言えるかも」

 年配の警官は、気乗りがしない様子で轡虫の話を手帳に書き取っている。 一通り轡虫の話を聞いて手帳に

書き留め、内容を読み返して難しい顔になった。

 「御住寺。 彼の話が事実だとしても、警察で対処することは難しいですな」

 警官の言いように憤然とする轡虫を、厘海和尚が制し警官に向き直る。

 「難しいとは?」

 「警察は……平たく言ってしまうと後始末が仕事なんです。 現実の被害がない時に、動くことは出来ないのですよ」

 「既に三人、行方不明者が出ている。 これはどうなるかね?」

 「失踪者の捜索には、家族かそれに準ずる人の届け出が必要です。 轡虫さんの友人三名の場合、行方が分から

なくなって一週間もたっていません。 当人から、身に危険を覚えている等の相談を受けていた訳でもないですし……」

 「つまり、大学生が三日ほど行方不明になったからと言って、警察が動くことは出来ないと?」

 とがった声で割り込んだ轡虫を、警官は穏やかな声で諭す。

 「君が友人を心配する気持ちは判るつもりだ。 できれば力になりたい。 しかし、警察に出来ることは限られて

いるのだよ」

 そう行って警官は彼らに向き直った。

 「何かしら事件性を示すものはないでしょうか。 例えば……その土蔵がひどく荒らされていたとか、血痕らしき

ものが残っていたとか」

 「いやそういう痕跡は……」と言いかけ、厘海和尚はポンと手を打った。 「そう言えば、土蔵にしまっていた古い

仏像が見当たりませんな」

 得たりという顔で警官が頷く。

 「それは大変だ、早速本庁に手配しましょう。 お手数ですが、盗難届を出していただけますか」

 「盗難届……そうですな、では」

 「あーご心配なく。 あとでお持ちしますから、それまでに仏像の詳細を思い出して置いて下さいますか」

 警官はあたふたと飛出し、土煙を上げてスクーターで帰っていった。

 「和尚様……土蔵の仏像とは、先だってシロアリに喰われてボロボロということで、供養して焼……」

 「おや、そうだったかな? 最近物覚えが悪くなってな。 まぁ、誰にでも間違いはある。 轡虫君、私と来てくれる

か。 今夜以降の事を話し合いたい」

 そう言って厘海和尚は腰を上げた。 呆気にとられて和尚と警官のやり取りを見ていた轡虫だったが、和尚に

促されて後に続いた。


 轡虫は厘海和尚の後を歩きながら謝った。

 「すみません、大変なご面倒に巻き込んでしまって」

 「気にしなくていい。 君たちの為ばかりでもない」

 「と言うと?」

 「霧木栗鼠君達が帰ってこなければだ、いずれ行方不明者として捜索願いが出されるだろう」

 「ええ、でもそれでは遅い……」

 「それだけではないよ。 彼らと最後まで一緒にいたのは誰かね? 君だよ」

 轡虫は愕然として足を止めた。

 「そ、それって……どうなるんでしょう」

 厘海和尚は、暗い顔で頭を振った。

 「無情な言い方になるが、君に何らかの疑いがかかるかもしれない。 また、私達の責任を問う声もあがるだろう」

 和尚は、拳で自分の頭をポクポクと叩いた。

 「だから警察に話したのだよ。 こうしておけば、後で手は尽くした、やましいことは何もないと胸を張れる」

 轡虫はちょっと感心したような顔をしたが、すぐに首を捻った。

 「その為だけに警察に話をしたのですか?」

 和尚は振り返って苦笑した。

 「いや、本当は警察を呼んで霧木栗鼠君を探してもらうつもりだったのだ。 しかし、あの様子だとすぐには動いて

くれそうもないな」

 「そうですね」

 「こうなれば、君だけでも守らねばならん」

 「……え?」

 轡虫は顔を上げ和尚を見た。 鎮痛な表情の厘海和尚がこちらを見ている。

 「和尚さん? じゃあ……霧木栗鼠達は……」

 「おそらく……もう戻ってこれまい……」

 和尚の言葉が鉄槌の様に轡虫の頭を打った。

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