第十四話 褥(しとね)

23.その夜、再び土蔵2 和尚の謎解き


 厘海和尚は行灯を持ち上げ、中を覗きながら続けた。

 「この行灯は? ここにあったのか?」

 若い僧が頷いた。

 「夜具をのべた時にはありませんでしたが、先ほど霧木栗鼠さんを探しに来たときには、ここにありました」

 「楓さん……『褥の怪』がここに置いていったのですか?」

 和尚は、僧と轡虫に行灯を示しながら語る。

 「『褥の怪』の仕業……と考えると、ちと合点が行かぬな」

 「霧木栗鼠が寝ている所に行灯を置き……そのままでていった事になりますね」

 「うむ。 そもそもの目的は君と霧木栗鼠だ。 自由に出入りできるのなら、行灯は関係あるまいて」

 轡虫が頭を掻き毟る。

 「ではいったい? 何故ここにこれが?」

 「これも霧木栗鼠くんが持ち込んだ、そう考えればどうかね」

 「和尚さん。 服を並べたのも彼だと言いましたよね。 僕たちは助けを求めてここに来たんですよ。 どうして

そんな事を?」

 轡虫は不機嫌な口調で反論する。 和尚は彼を制しながら言った。

 「まぁ怒らずに聞きたまえ。 君たちは、友達が消えたからここに来たのだろう」

 「ええ」

 「その前はどうだったかね? 『褥の怪』に驚き逃げ出したのに、時間がたつにつれ怖さは薄れ、ついには自分たち

からもう一度会いに行った」

 「はい。 僕たちが愚かでした」

 「責めているわけではないよ。 ただどう思うね? 『褥の怪』に会った君ら全員が、そろって同じ行動を取った

ことについて」

 轡虫は、狐につままれたような顔をした。

 「えと? どういう意味です」

 「いくら若くて、その方面の欲が有り余っているとしてもだ、物の怪と判っている相手を探しに行くのかね。 一人

ぐらい反対してもよいのではないかの?」

 「そ、それは……彼女達が……魅力的だったし……」

 「後で未練が湧くほどの女たちだったとしてだ、最初に会ったときに、一人ぐらい残る気になったのではないか? 

しかし君たちは全員が帰ってきた」

 轡虫は、考えながら応える。

 「たまたま……ではないかと……」

 「そうかもしれない。 ただ記録に残っている限り、『褥の怪』に会った者は、その後全員が『神隠し』にあった。 

縛られて動けなかったただ一人を除いてじゃ」

 「……」

 「そこでこう考えてはどうじゃ。 彼ら消えたのではなく『褥の怪』の所に自分で戻っていったと……」

 轡虫は目を見開き、手を握りしめた。 血の気の失せた顔が紙の様に白く見える。

 「霧木栗鼠が……自分の意志で此処を出て行ったと」

 「自分の意志とは限らん」

 和尚は、すっと立ち上がる。

 「君は、懐に彼女達からもらったロウソクを入れていた。 なのに覚えがないと言った」

 「ええ」

 「思うに、彼女たちは自分たちと床を一つにしたものに、暗示の様なものをかけるのではなかろうか」

 「暗示ですか?」

 「俗な言い方をすれば『催眠術』かな」

 しゃべりながら、和尚は長持や行李を開け、中を調べている。

 「自分たちの所に戻りたくなるような、あるいはその為の行動を無意識にとる様な」

 「無意識の行動?」

 「例えばそのロウソクじゃ」

 轡虫ははっとして手を見る。 彼はずっとあのロウソクを握りしめていた。

 「『ロウソクを手放してはいけない』と言う暗示をかけて、行灯と一緒に渡す。 そのロウソクからは何か呪いか……

匂いかもしれんな、それが君たちの心に働きかけ……」

 「彼女達にもう一度会いたいと言う思いを募らせ……夢を見せる……」

 和尚は頷いた。

 「そして最後には……こういう行動をとらせる……」

 和尚は大きな行李を引きずり出して開けて見せた。 空っぽに見えた行李の底に、作務衣が皺になって入っている

 「この行李には、古い作務衣が詰め込まれていたのじゃが……なくなっておる」

 「どういうことです?」

 「君の友人は中の作務衣の一着を着てここに隠れ、彼を……」 和尚は若い僧を目で示して続ける「……やり

過ごして外に出たのじゃろう」

 和尚は行李に蓋をして、奥に戻す。

 「これが『神隠し』のカラクリじゃて」

 「ちょっと待ってください? じゃあ霧木栗鼠は?」

 「君が本堂で見ていた夢の様に彼女らに取り込まれ、無意識のうちに行動して此処を出て行った……おそらく」

 轡虫は片膝をついて立ち上がり、和尚を見たまま尋ねる、答えの判っている質問を。

 「何処へ……」

 「『褥の怪』の元へ……じゃ」

 
 土蔵の中に重苦しい静寂が下りる。 轡虫は大きく息を吐き、沈黙を無理やり押しやる。、

 「でも、僕らは行きつけなかった。 霧木栗鼠も知らないはずです、どこに行けばいいかは」

 和尚は眉間にしわを寄せて考え込む。

 「そうじゃな……暗示が働き、無意識で行動しないと、行きつけぬようになっているのかも知れぬな」

 「何のために?」

 和尚はゆっくりと振り返った。

 「自分たち居所を知られぬようにするためじゃろう……獲物以外には」

 轡虫は、これ以上ないと言うぐらいの暗い面持ちで尋ねた。

 「では、霧木栗鼠がどこに行ったかは……」

 「判らぬ……うむ」

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