第十四話 褥(しとね)

22.その夜、再び土蔵


 轡虫と厘海和尚は、若い僧が淹れてくれた茶を飲みながら、彼の話を聞いた。 話が終わると、和尚が口を開く。

 「土蔵の扉に異常はなかったのだね?」

 「ええ。 鍵も扉もそのままでした」

 「むぅ……」

 むっつりと押し黙る和尚に、 轡虫が恐る恐る声をかける。

 「あの……と言うことは、どこに隠れていて無駄なのでしょうか」

 和尚は厳しい顔のまま、平手で頭をポクポクと叩いている。

 「『褥の怪』……確かに過去帳に記された人々は、いずこともなく消えた事になっておったが……」

 和尚は立ち上がり、本堂の中を歩き回る。

 「人が消えることなど……可能なのか?」

 和尚の呟きに、若い僧と轡虫が揃って首を傾げる。

 「あの……消えたというのは事実なのでは?」

 和尚は足を止めて振り向いた。

 「うむ、確かに『行方が分からなくなった』と書いてはあったが、『目の前で煙の様に消えた』とは書いておらん」

 「はぁ?」 「それが何か?」

 「例えばの話じゃが、人をさらう妖怪がいたとしよう」

 「はい」

 「その妖怪が壁も扉も関係なく、姿を見られることもなく自由に家の中に出入りできたとしよう」

 「はい」

 「では、その妖怪は家の中にいる人をさらうことができるかな?」

 若い僧と轡虫は顔を見合わせた。

 「それは……」 「簡単にできるのでは?」

 「拙僧はそうは思わん」

 厘海和尚は息を吐いた。

 「なぜならば、さらわれる方は只の人のだからじゃ」

 『あ』

 「目的の人物をこ……いや、害するのであれば、妖怪が身を隠すか、壁抜けできればよかろう。 しかし、ただの

人間を痕跡もなくさらうとなれば、妖怪であっても難しかろうて……念のために聞くが、君や霧木栗鼠君は、『壁抜け』

や『姿隠し』の術でも使えるかね?」

 轡虫はぶんぶんと首を横に振った。

 「無理ですよ、只の大学生にそんなこと」

 「……いや、そんなことができる人はいないと思いますが……ではどういう事なのです?」

 「わからん……いや、そうではないな。 どういう事か、調べてみよう」

 厘海和尚は立ち上がり、そしてよろめいた。

 「老体には、ちと酷じゃがな」


 三人は、懐中電灯を持って土蔵までやって来た。 扉は開け放たれ、中には布団が敷かれており服だけが人が

寝ている形に並んでいる。

 「あの行灯だ」

 行燈を見た轡虫が断定して中を検めた。 ロウソクは燃えきったのか中は空だった。 甘い残り香が鼻腔に絡み

付き、轡虫は慌てて顔を離す。

 「謎が増えましたね」 若い僧が呟いた。

 「そうじゃな」

 厘海和尚は曖昧な返答を返すと、床に顔を近づけて指で床をなぞた。

 「上は見たのか?」

 「ええ、ここに居なかったので上かと思いまして」

 「行李や長持は改めたか?」

 「いいえ? 探し物をしているわけではなかったので」

 「そうじゃな」

 厘海和尚は立ち上がって腰を拳でトントンとたたく。

 「残っている衣服はどうかね?」

 「別に……霧木栗鼠の服に間違いないですが」

 轡虫は、懐中電灯の先で服を探っていた。 友人とはいえ、男の服を触るのが嫌だったようだ。

 「まさか……溶けてしまったとか」

 青い顔で轡虫が言った。 素手で触らないのは、何か危ないものが無いか心配していたからのようだ。

 「下着は?」

 「トランクスです。 それが何か?」

 「君が履いているモノではないよ」 厘海和尚が苦笑する。 「服の中に下着は残っているかね? 溶けてしまった

のなら、当然下着も残っているだろう」

 「あ」

 轡虫はTシャツをひっくり返し、ズボンを広げてみた。

 「ありません! 中に下着が……ないと言うことは……」

 「どういう事でしょう?」

 轡虫と若い僧は、困惑した様子で厘海和尚に尋ねる。

 「ふむ……まぁ、想像するしかないが」

 和尚はどっかりと床に座り込んだ。

 「服の中に下着がないと言うことはじゃ、その服は霧木栗鼠が脱いだものを、それらしく並べただけと言う事じゃ

ろう」

 「並べた? 誰が?」

 「この土蔵の中には誰がいたかね?」

 「霧木栗鼠が!?」 「彼が!?」

 「他にいないとあれば、『神隠し』の答えはそれしかないじゃろう」 いいながら、土蔵の中をぐるりと見回した。 

「ま、想像じゃがな」

 『一体なぜ!?』

 轡虫と若い僧が声を揃える。

 「……うむ、そこが問題じゃて」

 和尚は、頭をつるりとなでた。

 「……何故じゃ?」

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