第十四話 褥(しとね)

16.その夜


 仮眠を取った二人が起こされたのは、夜も更けて大分たってからだった。

 「眠れたかね」

 「はぁ……それが」

 「ぼんやりした夢の中で、何か優しい声で囁かれている様な気がして……」

 「何!」 厘海和尚の顔色が変わる。 「大丈夫だったのか?」

 「それが……」

 「ほら、走っている夢を見ると、ちっとも前に進まないとか言いますよね。 そんな風にすごくもどかしい感じがずっと……」

 「それで、あまりよく眠れなかったんです……」

 「それは……やはり『褥の怪』が君らを呼んでいたのかもしれんな」

 それを聞いて、今度は二人の顔色が変わった。

 「おそらく、疲れていたので眠りが深くなり『褥の怪』の誘いが効かなかったのだろうて」

 「じゃあ、睡眠薬か何かを使って深く眠れば!」

 霧木栗鼠の言葉に、轡虫が首を横に振った。

 「試してみる価値はあるかもしれないけど、睡眠薬を購入するには確か医者の処方箋が必要なはずだよ。 すぐに調達する

のは無理だ」

 「お前なぁ!」

 いきり立つ霧木栗鼠を厘海和尚がやんわりと制した。

 「まぁ落ち着きなさい。 轡虫の言うとおり、すぐに睡眠薬を入手するのは無理じゃ。 それより茂介の事じゃが」

 厘海和尚は、『褥の怪』から逃れたらしい男の名を口にした。

 「何か判りましたか?」

 「うむ。 記録によると、茂介が気がふれたと思われて、しばらく監禁されていたらしい」

 「監禁ですか?」

 「そうじゃ、大あばれしたとかで、縛られたうえで半月ほど納屋か何かに閉じ込められていたとの事じゃ」

 酷い扱いだが、侍が腰に刀を差していた頃の話だ、そういう事もあったのだろうと轡虫は思った。

 「それで?」

 「まずは、この茂介を真似てみるのが一番確実……ああ、どこに行きなさる」

 監禁されると聞いて、逃げ出した二人だったが、厘海和尚に襟首を掴まれてしまった。

 「は、離してください!」

 「逃げてどうするかね。 心配しなさんな、夜の間だけ体を拘束して、『褥の怪』に操られないようにするだけじゃよ」

 二人は、顔を見合わせた。 夜だけとはいえ、体を拘束されて閉じ込められるのは在りがたくない。

 「和尚さん、どこかにこもるだけでは駄目ですか?」

 「君らの友達は、部屋の中から消えてしまったんじゃろう? 最低でも手が使えないようにしないと」

 「……」

 二人はしばらく相談したが、他にいい手があるわけではないし、他に頼れる人もいない。 気は進まないが、厘海和尚の提案に

乗ることにした。


 「ここは?」

 「土蔵ですか?」

 二人が案内されたのは、寺の裏にある土蔵だった。

 「ここなら、騒いでも外には響かないだろう」

 「和尚さん?」

 「いや、モノのたとえ。 他意はない」

 何やら和尚の物言いに、不穏なものを感じ無いでもないがと思いながら、霧木栗鼠が中に入った。

 「……」

 床の上に布団が引かれているのはいいとして、そばにごついロープが置いてあるのを見て、霧木栗鼠が顔をしかめる。

 「縛るんですか」

 「他に道具がなくての。 すまんな」

 和尚と若い僧が二人がかりで霧木栗鼠を縛りあげると、彼を布団に座らせた。

 「次は君じゃな」

 和尚が轡虫の方を見た。 轡虫は手を顎に当てて呟くよう応える。

 「二人一緒で大丈夫でしょうか?」

 「うむ? そうじゃな、二人別々の方が良いかな?」

 「おい、俺だけここか?」

 四人はしばらく相談し、轡虫は本堂の一角にかくまう事になった。

 「それでは、朝までの我慢してくれ」

 和尚と僧は霧木栗鼠を土蔵に残し、轡虫を伴って土蔵から出て行った。

 「……」

 分厚い扉が締められ、霧木栗鼠は一人になった。 土蔵の中は静まり返って物音ひとつしない。 

 「ったく、なんでこんな目に」

 ぶつぶついいながら、霧木栗鼠は後ろで縛られている手首を動かしてみた。 鈍痛が手首の所で輪を描いていて、びくとも

しない。

 「閉じ込めるなら、縛らなくったて言いだろうに」

 文句を言いながら、しばらく痛む手を動かしていた。 と、ロープが緩んできた。

 「なんだ? いい加減な縛り方だな」

 霧木栗鼠は妙な文句をつけながら、緩んだ手首が痛まないように動かしていると、さらにロープが緩んでくる。 こうなっては

縛られている意味はない。 手首を動かして、手を抜き出すと、あとはあっさりと解けてしまった。

 「やれやれだな」

 ローブを隣に置いて布団の上に横になる。 仮眠を取ったとはいえ、ここ数日の寝不足が続いていた霧木栗鼠は、すぐに寝息を

立て始めた。


 ……

 ……

 ……火を

 ……火をつけて


 「……ん」


 ……火をつけて


 「きたか……」

 霧木栗鼠は目を閉じたままにやりと笑い、囁き声に応えた。

 「あいにくだな、今はこの土蔵に閉じ込められて、出られないのさ」

 そう言って霧木栗鼠は体をおこし、大きく伸びをする。 そして土蔵の扉の方へと向き直りながら目を開けた。

 「なっ!?」

 組みあがった行燈が、土蔵の床に置いてあった。


 ……火をつけて

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