第十四話 褥(しとね)

15.午後


 轡虫と霧木栗鼠は本堂の床に座り込み、顔を見合わせて今後の事を相談していた。 厘海和尚は庫裡の方に行って、何か

調べているらしい。

「そう言えば、この間来たときはご本尊におまいりしていなかった」

 「取り敢えず、拝んでおこうか」

 本堂に安置してあるのは年季の入った阿弥陀如来で、二人は如来に正対する位置に座り、手を合わせて祈ってみた。 其処に

厘海和尚が若い僧をと共にやって来た。

 「お待たせしたのぅ」

 厘海和尚は、竹でてきた大きな葛篭を二人の前に置き、蓋を開けた。 かび臭い匂いとともに埃が舞い上がりと、二人は顔を

しかめて手を振って埃を払う。

 「なんですかこれは?」

 「『褥の怪』に関係した事が書かれた書じゃ」

 二人は目を丸くする。 葛篭の中には、巻物やら和綴じの本が数十も入っていたのだ。

 「こ、こんなに?」

 「姿を消したのは、坊さん一人じゃなかったのか?」

 霧木栗鼠の声には非難の色がこもっていた。 轡虫は彼を制し、再び厘海和尚に尋ねる。

 「和尚様、ずいぶん数があるようですが」

 「うむ。 誤解無いように言うと、これは寺に伝わる過去の記録の一部でな。 この辺りで行方不明になり、そのまま帰ってこ

なかった者について書かれた書だけを集めたのじゃ」

 「はぁ」

 「これがすべて『褥の怪』のせいとは限らないじゃろう。 山で遭難したり、川に流されたりしたものも混じっておるじゃろうから」

 轡虫は頷いて、書のひとつを開いてみた。 墨で書かれた文字は、全く読めない。

 「それで、これをどうしようと?」

 「うむ。 『褥の怪』によるものとはっきりしているのは、先だって話した僧の話だけじゃ。 しかしの、『褥の怪』がこの辺りに

現れる怪異であれば、他にも同じような目にあったものがおるやも知れん」

 「それは……そうかもしれませんが」

 「そうした目に会った者は、その体験を家人に話したかもしれん」

 「ははぁ、つまりその『体験談』がこの中にないかと?」

 厘海和尚は頷いた。

 「実はな、君らを返した後でな、もっといろいろと話すべきじゃったかと考えてな、暇をみてはこれらの書を読んでいたのじゃ」

 「それは……ありがとうございます」

 例を言った轡虫を押しのけるようにして、霧木栗鼠が和尚に尋ねる。

 「それで? 何かわかったのか?」

 「あまり大したことは判っておらん……」

 厘海和尚が訥々と語り出した。


 「行方知れずになったものが、何か言い残していたという記録は幾つかある。 しかし行方知れずになった当人ではなく、その

縁者から聞いた話であるので、それが『褥の怪』の話と同じがどうかは判らん。 ただ何か言い残して行方知れずになった者の

話は、どうも一定の間隔を置いて残っているようじゃ」

 「一定の間隔?」

 「うむ、大体60年ぐらいかの。 間がとんでいたりするので、確実ではないが」

 「60年ですか」

 轡虫は頷いてみせたが、それがどうしたと言う思いがあった。

 「さて、その『行方知れず』が60年置きに起きていると仮定し、改めて調べてみると、その『行方知れず』の言い残した話は

『化かされた』、『物の怪におうた』と『褥の怪』言い残しておった。 例の僧侶の話も見事にこの60年周期に当てはまっておった」

 厘海和尚はふっと言葉を切った。

 「そして、今年はちょうど60年目じゃ」

 言いようのない沈黙が本堂を満たした。


 「60年……それに何の意味があるのでしょうか」

 「正直判らんが……」

 頭を振りながら、和尚は言葉を紡ぐ。

 「これを調べておるうちに、一つの事に気が付いた。 先ほど間がとんでいたと言うたが、今から180年前、その年には『行方

知れず』が出ておらんかった」

 「はぁ……」

 「それでその年の記録を調べてみると、瀬田の茂介なる男が『竜宮に連れて行かれた』とホラを……いや奇妙なことを口走って

おったとの話が残っておった」

 「『竜宮』? ははぁ、ではその年の犠牲者はその茂介さんだったのでは」

 「うむ、じゃがな茂介はそれから5年後にはやり病で無くなっておるんじゃ」

 「5年後?」

 「じゃあ違うな……」

 「かもしれん。 しかし60年周期に一致する年に、『褥の怪』に在った様なことを口走る男の話が残っている。 偶然かのう」

 「でもその男は病気で、いかも5年もたってから死んでいる……」

 「!」

 ここまで、なんとなく話を効いていた霧木栗鼠が血相変えて立ち上がった。

 「ひょっとして! その男は『褥の怪』から逃げ切った!」

 「あ!」

 厘海和尚が頷いた。

 「わしもそう考えた。 ロウソクを遺棄することは叶わなかったが、まだ望みはある。 この茂介について、調べられる限りの

ことを調べておいた。 はっきりしたことは判らなかったが、そのなかに『褥の怪』から逃れる手がかりがあるかもしれん」

 二人の顔に生気が戻った。

 「夜も近い、私が見張っているから少し休みなさい」

 厘海和尚は、二人を僧房に案内した。 

【<<】【>>】


【第十四話 褥(しとね):目次】

【小説の部屋:トップ】